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Life Goes On 日々の冒険といつか来る最期の日と、それでもつづく日常と -day10/100日投稿シリーズ②-

朝起きてバスケ界のレジェンドの1人、コービー・ブライアント選手41歳が13歳の娘さんと事故に遭い亡くなったことを知る。

その直後、友人からLINEで深刻な病気かもしれないと相談される。寄り添って電話で話を聞き、自分に言えることを説明し、自分ならどうするか話し、自分に手伝えること、出来ることを伝える。祈りながら日常に戻る。


昨夜は、友人たちと自転車で小旅行に出かけた長男が、雨の中初めての冒険がいかに楽しかったか熱く語るのを聞き、男の子は冒険で成長するんだよなあ、なんてぼんやり思いながら呑気に感じ入っていたのに。

一昨日は、次男のバスケ大会での成長ぶりに、チームメイトたちの上達ぶりに、チームの成熟に、満たされた気持ちで感じ入っていたのに。

現実の出来事は、悲劇も悩みも不安もごちゃ混ぜに、理不尽に、暴力的に、不整合に、唐突に、それぞれの個人にやってくる。

そんな当たり前のことを思い出す朝の時間。

以前書いたように、宇宙のことわりを知るとより確かにわかる。

「宇宙はわたしたちのことを気にかけていない」

その一つの表現なのか、そうでないのか。

理不尽な現実と日常は、今日も淡々とつづく。

なんてことを感じながら一日過ごして、夕方にはまだ出会って数回しか話してない人や初対面の人と意気投合したり、妙に共感しあったり人生で大切にしている何かを分かち合えたりする。

人との出会いに感謝したりする。

孤独が薄まる感じがする。


我々が人である意味も、他者の存在がある意味も。時間が限られた人生であることも。

日常を引き裂く理不尽な現実のニュースで、よりくっきりと浮き彫りになることもある。

発見できることもある。

そういういろんな深刻な現実や理不尽さの前に立つと、子どもたちの成長や無心でボールを追いかけるスポーツの日常的な場面が、どれだけプレシャスで貴重で尊い瞬間か、幸せな場なのか、得難い人生の得難い時間なのか。

改めて驚くほどに輝いて見える。

だからこそ、コービーはバスケを愛し、誰よりも練習の鬼のような練習漬けの日常を、楽しんで過ごしたのかもしれない。きっと幸せに。

R.I.P 日本の土地に名前の由来を持つ偉大で、同時にただひたすらバスケを愛したバスケcrazyへ。


そして探求はつづく。

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バスケと子育て。同じテーマを探求するものとして心からの敬意と哀悼の意を。
ご冥福を祈ります

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