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98式イングラムは、空を見ている。

東京・吉祥寺に特車二課第二小隊が出動したと聞きつけて、出かけてきた。2014年4月13日に開催された、吉祥寺駅の南北自由通路開通のお披露目イベントでのひとコマだ。2010年のユザワヤ閉店あたりから、長年にわたってカオスな状態が続いてきた構内のダンジョンも、工事の大半が終わってすっきりしたのはしばらく前のこと。しかしパトレイバーの登場したこの日、そもそも通路など見えないほどの見物客がひしめき合った。

デッキアップ=キャリア上での立ち上がりで見上げるイングラムは、全長8メートル。ゆうきまさみの狙った「悪人が思わずブレーキを踏む巨人シルエット」にふさわしい威圧感と、全身のプロポーションに比して大きく見えるパトランプのオモチャ感が、好ましいバランスだ。実はこの「オモチャ感」こそ、息の長いパトレイバー人気の根幹を支えていると思っている。オモチャ感、という表現に抵抗があれば、接頭辞を加えて「いい年したオトナのオモチャ感」と呼んでもいいし、柳宗理を引っ張りだして「用の美」を唱えてもいい。ガンダムで萌芽し、ボトムズで確立した「道具としてのロボット」が近未来、あるいは疑似未来の中に登場する『機動警察パトレイバー』は、玩具業界のイニシアティヴから離れたところで産声を上げたことが幸いして独特なホンモノ感を得た。モーターショーで話題を集めるコンセプトカーの例を見るまでもなく、量産ラインに乗せられたプロダクトモデルは、たいていカッコ悪い。マジンガーZやエヴァンゲリオンに対して、パトレイバーにはホンモノのダサさがある。汎用機械としてのレイバーには内燃機関を採用したモデルもあるが、パトレイバーは充電式のバッテリー駆動であって、ミノフスキー粒子ではない。空も飛ばなければ、波動砲も撃たない。道交法の制約を受けるため認識番号の代わりにナンバープレートを掲示し、現場までは積載車で移動する。この七面倒くさい取り回しの悪さも、またホンモノ的なのだ。水道橋重工の「クラタス」が動くのを見て感じた興奮に通じる、まさに「油圧萌え」の夢と幻。メカニックデザイナーの大河原邦男はガンダムの造形で、運動エネルギーから想定される排熱容量や、構造強度と摩擦係数による関節機構のサイズを設定したと語っていたが、パトレイバーはその先を行った。全高8020ミリの98式イングラム、二足歩行で出動されたら電線を切りまくって、東京はたちまち大停電だ。

だから今回のデッキアップ展示では、作品世界を知らない通行人から「税金でこんなモンを作って、無駄だろがぁ!」的なヤジも聞こえた。この日のイベント、本来は早くに決まっていた武蔵野市内のジャズバンド、学校ダンス部、コスプレイヤーや、こちらも実物大だった象の花子のハリボテなどがパレードを繰り広げるものであって、集まった地元の人々の中には『機動警察パトレイバー』を見たことのない人も少なくなかった。そこに後から追加されたのが、実写版のプロモーションで初の「街頭デッキアップ」となったイングラムだ。そのうえ、そこら中に「警視庁」と大書してある。混雑整理や信号操作にあたるホンモノの警察官に混じって、背中に「特車二課」を背負った白ツナギの整備班員がウロウロしている。間違えたって仕方がない。それでなくても早朝から場所取りに集まった熱心なファンに加えて、通りがかりに足を止める一般人と、足を止めずに通り抜けたい一般人と、動線がまったく考慮されていない現場の仕切りで、吉祥寺の駅前ロータリー周辺は大混雑、大混乱な状況だった。その結果、ホンモノのほうの警察からの中止要請で、デッキアップはわずか2回で打ち切られ、劇場版『THE NEXT GENERATION -PATLABOR-』のメインキャストに抜擢された真野恵里菜も登壇することなく帰った……らしい。実はそこまで見届けるのも辛いほどのカオスだった。

で、ここからが辛口になる。今回のデッキアップ、展示の設定に大きな問題があった。イングラムのキャリアが停められたのは、先日まで吉祥寺駅の交番が仮設で建っていた場所だ。井の頭通りから右折してロータリーに横付けされた。仮設交番の脇でパトカーが待機していた場所だ。あの駅前の変則的な交差点で、交通障害にならない唯一のゾーンとして、この選択は理解できる。が、キャリアの頭は北を向いていた。

イングラムは仰向けで積載される。決して下向きに、うつ伏せているのではないのだ。デッキアップのあとキャリアの後方から降りていく設定は、さもなければ運転席の屋根をまたいでいかなければならないのだから当然だ。しかし今回の展示で、ロータリーのさらに北側、スターバックス側に渡る横断歩道の先にひしめいていた人の多くは、デッキアップしたイングラムの背中にがっかりして、駅方面へと押し合いへしあい、進んでいった。とはいえ、元々イングラムの正面側に陣取っていたファンたち、あるいはラッキーな一般人たちが場を譲るはずもなく、ロータリーと駅舎の間の狭いエリアでは、一時は身動きが取れなくなっていた。元旦の明治神宮レベルだ。そして98式イングラムは、予定を切り上げて眠りについてしまった……。

要するに、同じ場所でもキャリアの頭を南に向けるか、あるいはロータリーの中に入れてしまえばよかったのだ。そうすればもっと安全かつ合理的に人がさばける展示が可能になって、多くの人がその勇姿を堪能できたはず。観客の安全な滞留が可能な領域を、展示物の正面に確保する──これはイベントの大原則だ。

こんな簡単なことができなかったのは、残念ながらこの日のイベントの運営サイドに基本的な理解が欠けていたからだろう。武蔵野市にはProductin I.Gがある。タツノコプロがある。スタジオディーンがある。アニメの街、と呼ばれるにふさわしい陣容だ。しかしながら武蔵野市には、その意味するところを正しく理解している人が、あまり多くない。市内の公的、半公的イベントでいつも残念に思うことなのだが、端的にいえばこの日のイベントの運営サイドでも、決定権を持っている関係者の中に、過去に『パトレイバー』のために自分の時間を割いたり、財布を開いた経験のある人がいたとは、とても思えないのだ。それなのに実写版で話題のパトレイバーが「稼働できますよ」というオファーに、よく知らず、なのに調べもしないで安直に飛びついた……としか思えないのだ。せめて誰かひとりでも「これ、向きが逆っすよね」と、指摘はできなかったのだろうか。

そんなわけで、例によって残念感をたっぷり残した吉祥寺アニメ系イベント史の新たなページとなったが、レアなチャンスをものにしたファンには、本当に胸熱な時間だった。なにしろイングラムが街なかにウイィィィィンと立ったのだ。パトランプをグルグルグルと光らせたのだ。時間が許せばリボルバーカノンの実射とか、間近に見ることができたかもしれないのだが(笑)それはまた次回、どこかの街角かイベント会場での楽しみとしておこう。

そして、その日のために覚えておかなければならない──パトレイバーの勇姿と向き合いたいのなら、決して積載車両の前方に陣取ってはいけない。キャリアの上の98式イングラムは、上を向いているのだから。[了]

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