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B-29の美しさはなんなのだろう

前回エントリからの続き。B-29はなぜ美しいのか。
あまり書くのも憚られるが、B-29は僕が大好きな飛行機(のひとつ)だ。
好きというより崇敬と言ったほうがいいと思うが、その時代における航空機技術の到達点を体現した、B-29の姿に魅せられるのだ。

僕が多くの教えを受けた飛行機マニアの先人が、飛行機を好きになったきっかけは「少年時代、名古屋空襲のときに見たB-29の美しさだった」と言っていた。燃える名古屋の上空を飛ぶ銀色のB-29は、さぞかし衝撃であったろうと思う。

中学生か高校生の頃、父親から「どうしてお前は電車や自動車ではなく飛行機(が好き)なんだ?」と聞かれて、僕は「電車や自動車はどんな形でも走るが、飛行機はあの形じゃないと飛ばないんだよ」と即答したことがある。
どんな飛行機も理由のある形をしていて、その理屈を読むことが飛行機を見る楽しさである。

空を飛ばねばならない飛行機は、必ず翼を備えていなければならないし、重量を最小限にしなければならない。任務に必要な胴体の形状や搭載物も、重量や空気抵抗との兼ね合いで制約を受け、妥協の中で最適化されるのが飛行機の形である。

さて、それではB-29の美しさは「機能美」なのであろうか?
そもそも「機能美」とはなんなのか。
それが前回のエントリで触れた本の問いでもあった。

人は工業製品に「機能美」という言葉を使いがちだが、その「美」は「機能」とほんとうに関係があるのか。機能のために形状が設計されたとしても、それが美しいかどうかは別の話であるはずだ。
むしろ人間は、工業製品の姿や形を「美しい」と追認しているに過ぎないのではないかと思う。

スポーツカーなどは「カッコよく」デザインされるが、それは人の目に「美しく見える」ようなデザインを選んでいるのであって、自然の物理的な制約や要請によるものではない。流線型やウェッジシェイプというのは、あくまで「高性能」をイメージさせる「装飾的デザイン」だ。
通勤電車の車両が真四角なのは、主に容積効率や生産性の問題だろう。だから車両の四角い形を「機能美」と言ってよいのかどうか、それはちょっと怪しく思える。
ふつうの飛行機は、翼を左右に伸ばし、釣り合いを取るための尾翼を持っているが、こうした形は「空を飛ぶ」機能のために生み出された。しかし、この形を人間が先験的に「美しい」と思うわけではないだろう。

飛行機やスポーツカーに見られる「流線型」の美しさは、流体から受ける抵抗を低減する形状として、イルカや魚などの海棲生物や鳥類に見られるので、自然界の「美しい」造形モチーフを工業製品に用いていると言えるかもしれない。
しかし、相手となる流体のレイノルズ数も違うため、そのまま自動車や飛行機の形状に最適とは言えないので、動物に見られるとおりの造形が飛行機に見られることはほとんどない。

戦前の日本で、陸軍が美術学校の生徒に「速そうな形を描いてみよ」という「お題」を出した、という話を読んだことがある。戦前の「流線型ブーム」の一端だろうけど、科学的には単なる思いつきの域を出ない。

さて、B-29なんだけども、この飛行機は実にシンプルな外形を持っている。
下の図はB-29とB-17を並べてみたものだ。

B-29とB-17

B-29の機首は半球状に近く、従来機のように段の付いた風防部を持っていない。これは操縦士や爆撃手が乗るキャビンが与圧されているためだ。在来型の機首形状で与圧すると、角部に荷重が生じて強度が持たないから、こういう形状にしたのである。

B-29の前胴与圧セクション

主翼はB-17が先細りなのに対して、B-29はあまりテーパーがなく、付け根から細く伸びている。こういう細長い(アスペクト比が大きい)主翼は、揚力に対して抵抗が少ないため、航続力には有利なのである。
しかし、アスペクト比を大きくすると構造強度が厳しくなるし、翼面積も小さくなるため、実用機では妥協が必要だ。B-17の場合、翼根部の弦長を大きくして先細りにし、強度や面積を稼いでいる。その代わりアスペクト比が小さくなるので、効率は妥協している。
B-29はそうしていない。翼根部から細い翼を伸ばし、大きなアスペクト比を実現している。そのせいで翼面積は小さい。

機体が大きくなると、重量が増えるので翼面積を増やす必要がある。機体の形を変えずに長さを2倍すると、面積は$${2^2}$$だから4倍になるが、重量(体積)は$${2^3}$$だから8倍になる。機体が大型化すると、それ以上に翼面積が大きくなるのが普通なのである。

A380の巨大な主翼

上の図は世界最大の旅客機エアバスA380だが、右下に描かれた小型旅客機A320と比較すると、機体のサイズに比して巨大な翼を持っている。機体重量を翼面積で割った値(翼面荷重)を、A320とほぼ同じに抑えるためには、これだけ巨大な翼が必要なのだ。

A380
・最大離陸重量:560,000$${kg}$$、翼面積:845$${m^2}$$、翼面荷重:663$${kg/m^2}$$
A320
・最大離陸重量:78,000$${kg}$$、翼面積:122.6$${m^2}$$、翼面荷重:636$${kg/m^2}$$

B-29はそうなっていない。B-17よりも圧倒的に高い翼面荷重を許している。

B-29
・離陸重量:63,503$${kg}$$、翼面積:159.8$${m^2}$$、翼面荷重:397$${kg/m^2}$$
B-17
・離陸重量:30,783$${kg}$$、翼面積:131.9$${m^2}$$、翼面荷重:233$${kg/m^2}$$

Wikipediaのデータより

このために、B-29はB-17よりも速度性能では有利な設計だが、低速で飛行することが困難になるため、B-17よりも長い滑走路が必要になる。
B-29の出撃基地となったサイパン島などでは、アメリカ軍の優秀な建設工兵隊によって、短期間で広大な滑走路が建設された。日本軍には真似のできないことで、こうした技術があったアメリカだからこそ、B-29の設計は成立している。

そのほか、防御武装がリモートコントロール化され、砲塔がコンパクトであることや、2000馬力を発生する巨大なR-3350エンジンなど、時代の水準を超えた技術がB-29の外形には多く表出している。

戦時中、B-29を見て「美しい」と感じた日本人には、技術的な理屈なんか関係なかっただろうが、洗練された姿にそれまでの飛行機とは違うものを感じたとしても不思議はない。迷彩塗装も廃止し、ジュラルミンの地肌を輝かせて飛んでいたことも、強烈な印象を与えたはずだ。

ここで話を戻して、B-29の美しさは「機能美」なのかどうか。
そもそもB-29が求めた機能は、たくさんの爆弾を敵地に落とすことであり、そのための飛行性能であり防御武装である。だから、ゴテゴテと防御武装を張り出したり、滑走路や機体強度の制約で妥協した形状こそ、機能のための形と言えると思うのだが、B-29はそうした妥協が非常に少ないのが特徴だ。つまり、「爆撃機という機能」ではなく、飛行機として「空を飛ぶ機能」のための理想に近いのが、B-29の形だと思うのである。
より多くの荷物(爆弾)を積んで、より遠く、より速く、より高く飛ぶという飛行機の理想が、戦略爆撃という非道な機能を呑み込んで、洗練され尽くしたのがB-29である。

これを「機能美」と呼ぶのが適切なのかどうかはやはり疑問だが、そもそも「美しい」と表現すべきかどうかも、僕にはよくわからない。
しかし、多くの人が「美しい」と感じたB-29を、僕も「美しい」としか表現しようがなく、その「美しさ」の正体がなんなのかは、これからも考えなければいけない気がしている。

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