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タピオカ侍、殴りて候

「タピオカ侍だって!?なんてふざけた野郎だ!」

 SNSに表示された親分の指令を権六が読み上げると、昼餉を楽しむ一同から笑いが上がった。四半刻もすればそのふざけた何者かがこの谷を通るので、始末しろという。県が差し向けた討伐隊を何度も追い払ってきた彼等にとっては容易い仕事である。

「甘く見るなよ」

 だがまとめ役の権六は厳しく言った。

「一人であちこちの山賊を潰してる凄腕らしい。単なる英雄気取りだろうが、そう噂されるだけの何かはあるだろう。全力でかかれ」

 皆の表情に凄みが増した。余裕と嘲りの笑みから、暴力の応酬を受け入れる笑みへ。時に己の血さえ啜り楽しむ気迫が無ければ、この業界で長く生きることは出来ない。

 一同は手に手に刀、槍、手斧、弓矢を持って小屋を飛び出し、権六もまた愛刀を担いで戦場へ赴いた。だがこの日、彼が幾度も敵と弱者の血を吸わせてきたエリー・アンド・デイヴ社製の大太刀は、無残にへし折れた。

「そんな馬鹿な」

 強烈な打撃の痛みに悶えながら、権六はもはや用を為さぬ己の刀と、谷に倒れる手下たちの間で視線をさ迷わせた。

「痛いよね」

 この光景を作り出したタピオカ侍が呟く。彼女の黒塗り化粧には一滴の汗も溶けず、金に染めた髪はあくまで艶やかになびいていた。

「あんた達が踏みにじってきた村の人は、もっと痛かったんだよ」

 気にくわない物言いだった。弱い者から奪って何が悪い。そう返したかったが、権六の全身は痺れ抗弁も立ち上がることも出来ない。

 タピオカ侍は踵を返し、自動販売機ほどもある謎の機械を操作した。彼女が重そうに背負って来たものだ。やがて機械から液体の入ったカップを幾つも取り出すと、「ま、タピオカでも飲みな」そう言いながら倒れる者達の側に置いて回った。

 権六の顔の傍にもカップが置かれ、彼女が思いがけず優しい笑みを浮かべていることに気付いた時、大型バギーに乗った男が巨大な金棒でタピオカ製造機を粉砕した。親分だ。

【つづく】

#逆噴射小説大賞2019

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