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第1話 俺みたいな奴がまともに転生できる筈もなかった #1

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 俺は部活の帰りだった。

「あー疲れたなあ。えっ!?」

 キキーッ!ドカン!

 俺は暴走トラックに轢かれてしまった。俺の意識は薄れていった・・・

 
 気がつくと俺は白い空間にいた。俺の目の前には女神の様な人がいた。

「俺はどうなったんだ?あなたは誰ですか」
「私は運命の女神。あなたには申し訳ないことをしました」
「どういうことですか」
「私の手違いで、まだ死ぬ運命ではなかったあなたがトラックに轢かれて死ぬことになってしまったのです」
「そんな!なんてことを」

 女神がすまなそうにしているので今一つ怒れなかった。

「お詫びにあなたに新しい運命を与えます。命を蘇らせるのは不可能ですが、お望みの条件で新しい人生を送ってください」
「それなら剣と魔法のファンタジー世界に生まれ変わらせてください。『魔戦ウォリアーカイザー』の変身ブレスと、『たしか魔術の古文書に』の……」
「お前、カイ信か」
「えっ」

 女神の態度が変わった。

「カイザーは糞だ」

 さっきまでのすまなそうな感じが消えてこっちを睨み付けている。まずい、カイザーアンチだ。

「カイザーの何が駄目なんですか。過去ウォリアーもいっぱい出てきて面白いじゃないですか」
「うるさい、全部噛ませ扱いだろうが! 単なる最強厨で今までのウォリアーに対する敬意が無い!」

 典型的なアンチの言い分だ。でもこちらも大好きなカイザーを否定されて退く訳にはいかない。

「子供は常に新しいヒーローを求めてるんだ! 過去ウォリアーの敬意とか言ってるのはあんたが老害だからだ!」
「うるさい! その年齢で子供のつもりか!」

 胸にグサッと来ることを言った女神の両手が光りだす!

「な、なにをするんだ!」
「お前みたいな俺つええのチートジャンキーがヒーロー番組を腐らせるんだ! 異世界の底辺にでも転生してろ!」
「うわーっ!」

 光が広がって俺の意識は途絶えた・・・

 
 全てを覆った光がやがて収束した時、男の姿は何処にも無かった。感情のままに力を行使した彼女は大きく息を荒げたが、その顔には満足げな笑みが浮かんでいる。
 男の自我パルスは別の世界に転送され、無事に彼女の管轄から離れた。あの不快なカイザー信者を目にすることは二度とあるまい。
 ざまあみろ、と呟く彼女の背後で空間が長方形に切り取られ、ドアを開くようにして上司が顔を覗かせた。

「リンネル君、ちゃんとやったかね」
「あっはい、大丈夫です!」彼女は慌てて姿勢を正す。「先方も条件に納得されましたので、今お送りしたところです。とても喜んでましたから、クレームは無いでしょう」
「そうかね、良かった」

 頷きながら“部屋”に入って来るが、事の仔細に興味は無さそうな顔である。担当世界の運命と因果を管理するこの神は、自分のミスから生じた事態が丸く収まるという結果だけを求めていた。尻拭いはいつもリンネルの役目だ。
 定位置に戻る上司を横目に小さな溜め息を漏らしてから、彼女も通常業務に戻った。もう何人目か知れない転生者のことは気にも止めていなかった。



 意識が戻ってきた。いつもの寝起きみたいな気だるさがある。それと全身が水に浸かっている感覚。一体何が起こったんだ?

 視界が徐々に明るくなってくると、目の前に血色の悪いじいさんの顔があった。めちゃくちゃ驚いたけど、何故か声が出なかった。体が思うように動かない。

 じいさんはどこかの民族衣装みたいな見慣れない服を着ていて、なんと言うか……ひどく人間離れした姿だった。皺だらけでニヤニヤと笑みを浮かべる顔の上、頭頂部が…… まるでキノコみたいだ。髪の毛じゃない、額のあたりから本当にキノコの傘みたいに広がっている、キノコ人間だ。

「フォホホ、もうこちらを見ておるわ」

 じいさんの嬉しそうな声がくぐもって聞こえる。いや、お前なんか見たくない。俺は動かない体で苦労してなんとか目を閉じた。じいさんの笑い声が聞こえて、その後は他の誰かと話している様だった。

 どうしてこんな風になっちまったんだ? あの女神の顔が思い浮かぶ。彼女のせいなのか? それともトラックに轢かれたとこから全部夢なのか? そうなら早く醒めてくれ──

 また意識が戻ってきた。状況は変わっていなかった。俺は水に浸かっており、体は動かない。ただあのキノコじいさんはいなかった。代わりに何人かが……キノコほどじゃないけど人間とは思えない何人かが動き回り、何かの作業をしている様だった。

 そのうちの一人がたまにこちらを見て、俺は思わず目を閉じる。暫くして目を開くとそいつはまた別のことをしている。なんだか物扱いで、定期的にチェックされている様だ。声も出せず何のコミュニケーションも取れない俺は、ひたすら空想に逃げるしかなかった。もう一度カイザーを視聴できる日は来るんだろうか。

 何度か寝て起きてを繰り返し、キノコはいたりいなかったりで、俺はようやく周囲の様子を探ることを考え始めた。連中がこちらを見ていない隙に全力でもって眼球を動かし、出来る限り広範囲をハッキリ見ようとする。まるでカメラのピントが合うみたいに視界がクリアになった。

 で、見た。幾つも並べられた巨大なガラス円筒。満たされた液体の中に浮かぶ小さな何か。時折泡をたてるそれは生物の脳みその様にも見えて、僅かな肉片と目玉がくっついており──その中の一つがこちらを“見た”。

 ようやく現在の状況が理解できた。俺は悲鳴をあげたつもりだったが、声は出なかった。口が無いんだから当然だ。ガラス筒に浮かぶ脳と眼球、それがいっぱい並べられていて、今の俺もそのひとつなんだ…… ああ、ああ、ああ!!

【続く】

#小説 #異世界転生

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