ハガクレ・スチール #03

03 J地区

 緊急ライトが点滅し警報音が鳴り響く。激しい揺れはしばらく続いた。
「ひいいいっ!!」
 なんとか手近なものに掴まるナニカノ博士。悲鳴をあげながらも、脳は既に複数の可能性を推察している。乱気流への突入、何らかの質量体との衝突、外部からの攻撃、爆弾等による破壊工作……
 博士の思念に答えるように操縦ロボットの機内放送が届いた。
『操縦システムニ異常発生。格納庫ハッチガ解放サレマシタ。誤作動ト思ワレマス』
「何、なに!?」
『コントロール回復シマシタ。格納庫ハッチヲ閉鎖。姿勢制御ニ移行』
 機体は徐々に安定を取り戻したが、博士に一息つく暇は無かった。
「パープ、大丈夫!?」
 床を転がっていたクマのぬいぐるみを抱え上げ、損傷が無いことを確認する。プライベートルームは小物やコーヒーが散らばり悲惨な状態だが、愛しのパープルクローだけはひとまず安置した。
「よし…… 大丈夫よパープ、何があったのかすぐ調べてくるわ!」

「何があった!?」
 再び操縦室に飛び込んだ博士を、ロボットの無感情な声が迎えた。
『操縦システムニ一時的ナ異常ガ発生シマシタ。格納庫ハッチガ解放サレ、収容物ガ機外ニ転落シマシタ。現在ハコントロール回復、格納庫ハッチ閉鎖完了。安全ニ飛行シテイマス』
 精査すべき情報をいくつも並べられ、さしものナニカノ博士も理解に数秒を要した。そして目下最大の問題を認識するに至り、その顔がサッと青ざめる。
「待て。コンテナが、落下した?」
『ハッチ解放ト同時ニ固定ロックガ解除サレ、機外ニ転落シマシタ』
「はあああ!?」
 慌ただしく走り出した博士は、プライベートルームを通り過ぎて機体後部へ。密閉ドアの電子ロックを解除した先には、戦車十両分の重さを収容できる格納庫が広がっている。
「……無い」
 そして今、格納庫はがらんどうだった。出発前日に積み込んだ、今日の学会で発表する筈の研究成果が、そこには無い。
 ナニカノ博士は打ち上げられた魚めいて口を開閉させ、よろめいて壁に手をついた。まさかの事態だ。思考せよ、思考せよと己に言い聞かせる。まずは状況確認だ。

「J地区か……」
 ひとまず輸送機を低速旋回させるよう命じ、博士はパープルクローを抱きながら操縦室の情報モニタを睨みつけていた。
 特別文化保護地域・J地区。絶海の孤島。もっとも近い海洋国とは数百年前まで交流があったが、文献によれば急激な海流の変化により人の往来が途絶えた。それから現在に至るまで、世界の歴史や科学技術の発展から取り残されたまま独自の社会を維持している。
 衛星写真を見るに、島の大部分は森林と山だ。現地住民は沿岸や山間のわずかな平地に居住区を築いていると思われる。博士の大切な荷物は、まさにこのJ地区に落下したのだ。

 破損の心配は無い。荷物を収容しているコンテナもまた博士の特許品であり、強い衝撃を感知すれば内部を防御ジェルで満たし収容物へのダメージを防ぐ。さらに動体検知、姿勢制御などの事故回避機能を備えているため、もし人里へ落ちたとしても最悪の可能性は避けらるだろう。
 それに加えて、ドアを開くにはパスワード入力とDNA認証が必要である。間違っても現地住民が内容物に接触することはあり得ない…… 筈である。

 しかし、すでに格納庫ハッチの解放という得体の知れない誤作動が起きている。電子機器に影響を及ぼす何らかの現象が起きている可能性もあるのだ(自分の設計ミスを疑うのは最後だ)。
 ならば、この事態にどう対処すべきか…… ナニカノ博士の優れた頭脳は間も無く答えを導き出した。

「今こそ出番だ、SG-01……!」

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