呪導鎧ベニテング

 あの時、母は彼を救おうとしたのか、見殺しにしようとしたのか。今でも迅駆丸には判らない。化け物のいる方向に背中を押され、転げながら振り向くと母は背後から別の化け物に串刺しにされていた。いつも優しかった母の印象を塗り潰す苦悶の表情。ふとした拍子に蘇る忌まわしい記憶が胸をざわめかせ、たまらない思いで「母さん」と呟いた。

『キモいよ、迅駆丸!』

 通声管を伝わって聞こえていたのだろう、迅駆丸を我に返らせたのは槙那の叱責だった。「キモくない」言い返しつつ、迅駆丸は己の居場所を確かめた。ここは呪導鎧ベニテングの継体室。彼は呪導鎧を操る纏装者としてここにいる。会敵直前なのだ。迅駆丸は気を引き締め、通眼鏡に映る地平線を見据えた。

 曇天の下に蠢く影は山ではなく、母を殺した化け物の同類“クラビキ”だ。ざっと見て大型が数体、小型が百余り。大型をしとめるのが迅駆丸の仕事だ。大型クラビキは十丈はあろう巨体を有するが、迅駆丸たちが操る呪導鎧もまた劣らぬ大きさを持つ。

 通眼鏡をかけたまま首を巡らせれば、ベニテングもまた首を巡らせた。味方の呪導鎧は三体。見慣れているのは槙那のシロハツだけだ。ほか二体を操るのはたまたま近所に滞在していたオランダ使節護衛官のウィリアムと、朝鮮通信使付武官のユハン。異国で呪導鎧がどう呼ばれているかは知らないが、現場では纏装者同士の名前が判れば十分だ。

「行こう」

 迅駆丸はベニテングの巨体を悠然と歩かせた。呪導鎧を操る方法は難しくなく、ただ我が身を動かす如くそうあれと考えるだけでいい。ベニテングは迅駆丸の意思のまま左腰に佩く刀を抜いた。槙那のシロハツは薙刀を構え、ウィリアムは弓矢、ユハンは二刀。クラビキどもの忌まわしい姿が近付いてくる。奴らはいつでも人間を殺められるよう常に攻撃態勢だが、今回はこちらが先手を取らせてもらう。

 迅駆丸が斬り込もうとした時、ベニテングの右腕が吹っ飛んだ。何が起こった?

【つづく】

#逆噴射小説大賞2019

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