私を離さないもの

「あなたのことなんか全員大嫌いですよ」と上司に言われて、大勢の同僚にも無視されるという夢を見た。女だらけだったので、高校か、大学か、前の職場かもしれない。沈み込んだ気持ちで起きて、パンを袋から出す。こんな時は朝から血糖値を爆上げしないとやっていられない。冷え切った部屋のエアコンを入れて、ゆっくりと起きあがり、バナナを切ってパンに乗せる。上からチョコレートを置き、溶けるまで焼く。朝は痛み止めが切れているので、傷がじんじんと痛む。オリーブオイルをかけて、頭痛寸前の甘いトーストを食べる。
夫に最悪の夢を見た!と連絡したら「いまだにそんな夢見てるの?!君は魂が傷つけられているところがあるから仕方ないよなあ」と返ってきて、た、魂が??とよくわからなかったが、その後すぐに送られてきた「みんな君のことが好きだよ!」という一言に笑ってしまう。私は人に嫌われることを何故こんなに恐れてるんだろうなあ。

生体肝移植のために移植外科というところに入院していた。四人部屋でそれぞれカーテンを閉め切っているので顔はわからないのだが、看護師や医者の回診、会話で事情や症状がなんとなくわかる。
私の手術の前日に、こんばんはと言って隣のベッドの女性がカーテンをのぞいて訪ねてきた。「ドナーさんやんな?」と問いかけてきた彼女は8年前に旦那さんから腎臓をもらって、おかげでぴんぴんしてますわ、だから成功を祈ってる、と涙ながらに応援してくれた。私が大部屋に戻った時はもういなくなっていてきちんと御礼を伝えることが出来なかったが、退院してまた元気に過ごしているといいな。また、途中から部屋に来た女性は二人の子どものお母さんで、どうやら上の子に何かの臓器を提供するらしかった。夜、下の子が泣き止まない、と彼女の家族から電話がかかってきていて、ミルクがどうの、と話していたので乳飲み子を家に残してきたんだろう。彼女に比べたら私の術後など大したことないな、と思い、踏ん張れた。(術後しばらくは2㎏以上のものを持ち上げないように、と言われているので家に帰っても赤ちゃんを立ってあやすことが出来ないだろうから)

すごいねすごいね、よく決心したね、と言われ続けて、そうかなぁ、別に大したことしてないのになあ、と思っていたから、同じ境遇の人がいるだけでものすごく心強かった。よかった、ここでは私は普通だ、と思えた。
祖母から大量に届いたりんごを小分けにして配っていたのだが、義母にあげる分が10個を超えてしまい、いけるだろ、と思って持ち上げて数分歩いたらその後ずっと痛くて後悔。身体と相談しても無理なもんは無理なんだなあ〜。エビデンスを疑ってすみませんでした〜。ということは牛乳と油が切れたから、明日はそれを買って終わりか。ふ、不便!
身体がおもうように動かないとか、重いものを持たないというのは数十年後の自分に待っていることを先取りしているようだ。痛みを抱えていると伸びるのがきついんだな、とか寒いと身体が緊張して痛むんだな、とか。信号を渡るのを諦めたり、食べる量が少なくなったり、少しずつ手放さなければいけないことが増えてくるだろう。その時寂しいなんて思わずに、よく生きたな、歳をとるのも嬉しいものだな、と夫と過ごしていられますように。

「もし傷ついても都度俺の愛で塞いでいくからね!」と術後の傷口も塞がってない夫が、文字の向こうで笑っている。

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