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天使なんかじゃない

私が月刊誌りぼんを買い始めた頃連載していた、矢沢あいの「天使なんかじゃない」という漫画がある。新設された高校で主人公の翠が一期生として入学。生徒会に入り恋や友情を育む王道のラブストーリー。翠は天真爛漫な性格で、周りから天使のようだと言われていたが、恋人の晃と大きなすれ違いが起こった時に「私は天使なんかじゃない、普通の女の子だよ」というモノローグが展開されてタイトルの意味を知ることになる。

私は脳みそ沸騰クソバカおまんこパワー女なので(最近友人に言われた強いお言葉)、何か問題が起こると他に問題を作ってそこに注意と終わりが向かうようにしていた。数年前恋人との間に決定的な溝が出来たなと感じたことがあり、私は職場のクソみたいな同期とクソみたいな浮気をした。
私の家の換気扇の下で恋人と二人で煙草を吸っている時に、難しい顔をしながらスマホを眺めているので何を見ているのかと尋ねると「最近興味あって調べてるんだけど」と二重スリット実験について噛み砕いて説明してくれた。私は、「めちゃくちゃ面白い・・・ずっと考えてたらわかる気がする!人が死ぬ時に21g減ることと関係するのでは!あっ、視線を感じるとかいうし、宇宙は全て粒!哲学!あと、職場の同期とセックスしました!」と流れるように告白してしてしまった。何故か今だ!と思ったんでしょうな〜。セッ・・・くらいのところで鬼の形相になった彼を見て吹き出してしまった。ここで笑うのは人間的にもステディな関係としてもヤバいと思えば思うほど止まらない。こちらを鋭い視線で射抜く彼を見ると、さすが大学生の時のあだ名が修羅なだけのことはある、顔が怖い、とちびまる子のようにひーひー笑い転げてしまった。そんな私を見て、つられて戦闘神も笑ってしまっていた。君のことは何でも知りたいし興味があるから、なんでか聞かせて、と途中で質問を交えつつ朝まで経緯を聞いてくれた。数日か数週間かかけて溝もどうにか埋めたり補修できた。「浮気したことよりもわざわざ普通より傷つくような相手のチョイスが残念だし腹が立つけど、君のことは全然嫌いになれない。君はそういう女じゃないですか最初から。さすが俺が見込んだ女だなって思っちゃったなあ(しみじみ)。願わくば君のセックス中の可愛さを他の男と語りたいんだけど、無理かな?もうみんな集めて座談会しようぜ!」とまで言い出した。また一生いじられ続けるネタを与えただけだった。

思えば出会いからふざけていた。
私は社会人になったばかりの頃で、歳下の大学生のセフレのことを好きになってしまっていた。好きとか言うんやったらもう二人で会われへんがお前と喋るのはおもろいから、とセフレとセフレの友人と三人で会っていた(なんで?)。セフレが席を立った隙に「あーーちんこ舐めたい」とため息混じりに言った私に惚れたというのでどうかしている。柴漬け食べたい、でしか許されない口調で漏れ出たのがツボだったらしく、大笑いされ、その後何十時間も電話で口説かれた。
私は当然セフレとは縁が切れているが、二人の友人関係は続いており(なんで?)、たまに帰省してくる元セフレと会った後などは私の話で盛り上がったよ、などとからかってきた。私が般若のような顔をすると、膝を叩いて笑っていた。

恋人が病に伏してから数年経った。俺が死ぬこと自体は本当にどうでもいいんだけど、と前置きして「君のことだけが心配だ」といつも私のことばかり気にかけている。よりによって君だもんなあ、と冗談まじりにこちらの感受性の強さにため息をつく。こんな状況にまでなってそんなことを言わせてしまって、心底情けなかった。ベッドから私を見上げる弱々しい視線に、なんとか笑顔をむけていた。延命治療は嫌だなあ、という彼に「本当に辛くなったら私が電源切ってあげるから合図を決めておこう。喋れるうちだったら、修学旅行の夜みたいに、ねぇねぇもう死んだ?とかふざけているうちに死にたいよね」といつもと同じようにへらへらと冗談で返した。力なく腕をあげて私の頬を撫でながら「君は天使みたいな子だな」と微笑みながら言うので、耐えきれずわんわん泣きじゃくってしまった。眉間に皺を寄せながら、子どもみたいに泣くもんなあ、本当に9歳みたいだよ、とぼたぼたと落ちてくる私の涙を眺め、涙まで綺麗だ、愛に形があるなら君そのものだね、と彼も少しだけ目を潤ませた。

人生に伏線回収などというものはないが、少女漫画を読みまくっていたせいで憧れていたシチュエーションというのは沢山あった。恥ずかしくて大学生の頃やっていたブログにものせたことはなかったし、誰にも打ち明けたことはなかったのに、恋人は全て叶えてくれた。
雨の日は先に車を降りて傘を差して助手席まで来てくれるとか、真夏のウィスキーボンボンの包みを剥がすみたいに、本当にそっと私に触れてきたりとか。視線が熱い、壊れものに触るみたいにそっと、などという使い古された言葉の意味を初めて感じた。お姫様抱っこをしてベッドまで連れて行ってくれたこともあった。セックスというのは最高の愛情表現なんだね、伝説のヤリマンとか目指しててごめんね、としゅんとしていたらそういうところが好きなんだよ、と笑われた。

それが、こんな悲しいかたちで、恋人から天使みたいだと言われることがありますか。

50年後の君も今と変わらず愛してる、というトレンディドラマのセリフをずっとふざけて言い続けてきた。彼はいつも困ったような顔をして笑い「そうだといいね」と返すだけで、約束はしなかった。これからもよろしくやっていこうな!と私の頬をむにむにとチョキの形で挟む。一生この感触を忘れたくない。

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