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ハイパーリバ邸6周年&管理人引き継ぎのお知らせ、今後のことも少し。

昨晩酔っ払ってメガネを破損しました、ハイパーリバ邸管理人こと寮母ぼりです。

タイトルのまんまのお話になります。

ちなみに本日7月18日は、6年前に挑戦したハイパーリバ邸立ち上げのクラウドファンディングが終了した日です。おめでたい。

立ち上げから6年、住んだ期間3年。長らくお世話になったハイパーリバ邸ですが、2023年3月末に管理人を卒業することにしました。

このnoteは管理人を卒業しようと思った理由や引き継ぎに至った経緯について。
あと、ぼく自身はハイパーリバ邸出てからどうすんのか、みたいなとこも含めて近況報告みたいなことをしたいなと。

たぶん今が最高潮、だから辞める。

一応はじめに断言しておきますが、ハイパーリバ邸は7年目を迎えた今も最高に絶好調です。

本来8人しか住めない前提で運営してるのに、今はなぜか曖昧な住民も含めて14人います。(バグ)

家が(物理的に)傾いてる以外は治安がいいのなんて当たり前どころか

・住民同士でイベント主催の企画をしたり

年明け1発目の特大イベント「スナックまい」

・ラッパーしてる住民のMV撮影とか

これ、住民だけで全てやってるのすごない?

中には、フリーランスで独立してからリバ邸の創設者である家入さんが代表を務めるCAMPFIRE社に入社した人までいる。

正直、ハイパーリバ邸はどこのシェアハウスにも負けないくらい「いい状態」で盛り上がり続けてると思ってます。(勝ち負けじゃないよね、わかってるよ)

ただ、あえて言うと正直これは当たり前(でなければいけない)の状態だと自分では捉えていて。

ぼくがハイパーリバ邸管理人になったのは2016年、29歳のとき。
それから全国のシェアハウスをまわって自分で石川県能登半島の空き家を活用してシェアハウスを立ち上げたりと、とにかく「シェアハウスの人」として6年間活動してきたんです。

そしてぼくは今35歳、会社員の方とかで言えば管理職とかの立場だと思うし、そんなやつが全力で運営してるシェアハウスだもん。

そりゃ安定感あって当たり前だし、そうそう揺らぐことはない。

ただ、逆に今が最高潮のような気もしてて。

すごい現実的な話なんですけど、改めましてぼく今35歳なんですね。アラフォーです。

でも今ウチに住んでる住民さんて年齢を平均で出したら23〜4歳くらい、アラサーですらないの。もはや親戚のおじさん。

シンプルに「若者向けドミトリーシェアハウスの管理人」としては歳とりすぎたなと。

で、今まさに最高潮だと思ってるけど、このまま最高潮が続くかと言ったらそうでもないよなって思ってて。

きっと、緩やかに衰退していくと思う。

で、絶頂を越えても管理人というポジションにしがみ続けて、後々になって寂しい終わりを迎えるくらいなら絶好調の今、この席を空けたいなって思いました。

閉鎖も考えたけど辞めた。

で、実は自分が管理人を辞めようって思ってから、一度は閉鎖を考えたんです。

自分がずっと愛し続けてきたこの場所、そして席を誰かに譲るってのがどうしても考えられなくて。

なので、ぼくの誕生日である2022年3月29日の誕生日会の日、住民のみんなには2024年3月末での閉鎖をお伝えしました。

1年後閉鎖をお伝えした日の集合写真

かなり覚悟を決めてお話したし、住民さんも驚いてた。

で、住民さんへの報告をしてからしばらくして、リバ邸創設者の家入さんにも閉鎖の報告をしました。

そのときに問われたことがすごく心にひっかかって。

「誰か管理人をやりたいって人がいたら譲らないの?なんで自分のエゴで誰かの居場所をなくすって判断をするの?」と。

その瞬間にはパっと考えられなかったんだけど、たしかにハイパーリバ邸は当然ながらぼくのものでもないし、もしぼくがいなくなってもあり続けてほしいって言ってくれる人がいるのだとしたら。

そんな居場所をぼくのエゴで閉鎖するのはあまりにもおこがましいなって思って。

前言撤回はとても恥ずかしかったのですが、すごく大事だと思ったんです。

で、住民さんに改めて
「閉鎖すると言ったけど、もし誰か管理人を引き継いでくれるって人がいたら、この席を譲ります」
って話をしたら手を挙げてくれたのが魚永くん(通称「魚くん」)です。

管理人バトンタッチ!魚くん!

住民のたまり場「モリッシーん家」にて

魚くんは元々CAMPFIREの社員さんで、うちに住んではないけどよく遊びにきてくれる人で。

最初はただのチャラいやつって思ってたんだけど、実際にはちょっとチャラいくらいのやつでした。

も少しまじめに紹介すると、ハイパーリバ邸をめちゃくちゃ愛してくれている人。で、すごくリビングの空気をみてる人だなって思う。
あと、いい意味でおせっかい。で、ちょっとかまちょ。

この方に、ハイパーリバ邸の管理人はバトンタッチされます。

ハイパーリバ邸の管理人、正直けっこう重いと思う。

バトンタッチをするものの、正直ハイパーリバ邸の管理人を引き継ぐことはけっこう重荷だろうなって思ってて。

言うて「ハイパーリバ邸=ぼり」ってのは知ってくれてる人の中ではめちゃくちゃ積み重ねてきた印象で存在してると思うので。

その重みくらいはぼく自身でちゃんと自覚してるつもりなので、手を挙げてくれた魚くんにはホントに感謝しかない。

ので、みなさん魚くんのサポートよろしくね。

ぼく自身はバトンタッチした後はうざいOB老害おじさんにならないように、求められることがあったときだけサポートする人になっていきたいと思います。

自分の話、2024年4月以降のこと。

ということで、ぼくは2024年3月末を以てハイパーリバ邸の管理人をバトンタッチすることは決定しました。
その上でそれからどうするのかってことも、今の時点で考えてる内容を報告します。

ぼりちゅに邸に”1ヶ月間だけ”帰省。

ぼくはハイパーリバ邸とは別に、地元である石川県の能登地方「穴水町」にてぼりちゅに邸というシェアハウスを持っています。

ただ、このぼりちゅに邸がある場所はいわゆる限界集落で。

2019年にコロナが流行り始めたタイミングで町民の方から「いろんな地方から若者が来るのは怖いので避けてほしい」って言われて。

ごもっともだったので、それ以降ずっと運営をストップしていました。

1ヶ月の期間限定での帰省ですることは2つ、「内省」と「清算」です。

【内省】4年間の振り返り

株式会社リバ邸ができてから4年間、まずはどうにか会社が潰れないように文字通り息をつく暇もなくノンストップでいろんなことに挑戦してきて。

最近はキャンプ場つくったり、本を出版したりしました。

自分が想定していた未来ではなかったこと、自分のキャパ以上のことにどんどん挑戦できたのはすごく良かった。

けど、ちょっと立ち止まって、改めて「自分はどうしていきたいのか」って内省する時間を取りたいなって思いました。

その期間を、あの何もない集落で1人の時間を取りたいなって。


【清算】ぼりちゅに邸の閉鎖

これもこれですごい悩んだのですが、ぼくはそもそもずっと、都会とド田舎の2拠点居住をしたいと思っていました。

田舎でスローライフしながら時折東京で刺激に触れる、みたいな生活。

でも、今はまだたぶんスローライフなんてしてる場合じゃない。
もっとリバ邸をはじめとしたいろんな経験を積み続けるときだなって。

ぼりちゅに邸に移住したときの目標は「集落をつくる」って感じでした。

空き家にどんどんいろんな人呼んでって、集落を成り立たせる。

この目標は変わってないのだけど、まだまだ先で、もっと自分自身にいろんな力をつけてからにしたいと思います。一旦、先送り。

こんな感じで、一旦1ヶ月間の振り返りと清算の期間を取り、改めて東京に戻ってこようと思ってます。

ハイパーリバ邸という原点を離れると決めて。

  • ハイパーリバ邸管理人のバトンタッチ

  • 1ヶ月間の内省期間の確保

  • ぼりちゅに邸の清算

これが今回の報告でした。
で、改めて、最後にハイパーリバ邸に対しての愛というか想いの部分を。

ハイパーリバ邸はぼくが当時働いてた料亭での板前修業をやめて独立するきっかけとなった場です。

当時一緒に住んでいたメンバーはみんなそれぞれ自分の人生の転機を迎えていたメンバーで。

だからこそ刺激にも励みにもなった。きっと、ぼく1人で独立してたらどこかで潰れてしまっていたか、今のような形の生き方・働き方にはなっていなかったと思う。

フリーランスという働き方に触れたのも、CAMPFIREクラウドファンディングに触れたのも、CAMPFIRE解体新書の出版メンバーに出会えたのも、全てがこのハイパーリバ邸という場所ときっかけを通して生まれたもの。

改めて、中学校の同級生である宮森はやとに、この場を作ってくれたお礼を伝えたいと思います。ありがとう。

6年前の写真

7年目を迎えたハイパーリバ邸はこれまで、数えてみたら80人以上の人が住んで、この場所を人生の通過点として過ごしてくれました。

これまで住んでくれた人がいたからこそハイパーリバ邸は成り立ってきました。ありがとう。

そしてまたこれから住んでくれる人によって、続いていくんだと思う。よろしくお願します。

ぼく自身も人生の通過点として過ごした人として、来年の3月末までお世話になるし、いい形でバトンを渡せるようにがんばります。

いうてまだ半年以上あるから、みんな遊びに来てね!

ちゅに

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