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【幸運のヤギを奪え! 陸軍対海軍(と空軍)の悪戯合戦】

米陸軍士官学校では最下位の成績で卒業した者をGOAT(ヤギ)と呼び、最も讃える文化があるとTwitter/Xで紹介した。

https://x.com/AiPinfu2003/status/1781551699813167561

そして陸軍士官学校にはヤギにまつわる伝統がもう一つある。
それは海軍士官学校の幸運のヤギ(本物)を奪うことだ。
この戦いには長い歴史がある。

まずヤギは昔の船乗りにとって重要な家畜だった。
食料の冷蔵技術が無い中で、ヤギは小さくて船の揺れにも強く牛よりも飼いやすい新鮮なミルクの供給源だったからだ。
昔の海軍も同様に軍艦にヤギを乗せていた。

On board a U.S. Navy battleship, circa 1907-1908. Collection of Chief Quartermaster John Harold. (U.S. Naval History and Heritage Command).

そして米陸軍士官学校と米海軍士官学校は創立当初から毎年アメリカンフットボール対決を行っている。
1890年の試合では海軍士官候補生が軍艦で飼っているヤギを会場に連れてきた。
その試合はなんと24-0で海軍の圧勝だった。
幸運のヤギ伝説の始まりだ。

またある年の試合では海軍は劣勢に立たされていた。
劣勢で落ち込むチームを鼓舞するために、一人の海軍士官候補生がヤギの皮を被りフィールドを走りまわった。そして最終的に海軍は陸軍に逆転勝利することができた。

これらのエピソードから海軍士官学校においてヤギは幸運をもたらす象徴となったんだ。
そのため海軍士官学校ではヤギが代々飼われており、全てがビルと名付けられ可愛がられている。

ヤギのビル(何代目かは不明)
https://www.usna.edu/PAO/faq_pages/BilltheGoat.php
海軍士官学校のロゴ

対してライバル心剥き出しの陸軍士官学校は悩んだ。
米陸軍士官学校と米海軍士官学校は永遠のライバルで、その勝敗は名誉に関わってくる。
『幸運のヤギがいると陸軍チームが負けてしまうかもしれない』
そして彼らはある答えを出した。
『試合の前に幸運のヤギを奪ってしまえばいいんだ!!』
こうして1953年、陸軍士官候補生たちは海軍士官学校に忍び込み、クロロホルムを用いてビルを眠らせて奪うことに成功した。
これを皮切りに試合前に幸運のヤギを奪取することは、陸軍士官学校の壮大な悪ふざけとして定着した。

ヤギのビルに「海軍を沈めろ」と落書きされている。おそらく陸軍士官候補生による悪戯。
作者不詳。引用元 https://www.history.navy.mil/browse-by-topic/heritage/customs-and-traditions0/goats.html

ただし海軍士官学校も黙ってヤギを奪われていた訳ではない。
試合前にはヤギの場所は機密となり、また海兵隊の護衛も付けられるようになった。
しかし陸軍側は数ヶ月も前から作戦を立案し、時に海軍士官にスパイを潜入させる、ハニートラップを用いるなど様々な手段でヤギを奪った。
エリートたちはその優秀な頭脳を悪ふざけのために惜しみなく使った。
そしてこのヤギ泥棒を行ったものは陸軍士官学校の中で英雄視されるようになっていった。

ヤギを奪ったことを宣言するために出された新聞広告
引用:https://int.nyt.com/data/documenthelper/497-1972-army-ad/0182fed90c441185a285/optimized/full.pdf#page=1

ただ海軍士官学校もやられっぱなしではなかった。
陸軍士官学校はヤギではなくラバがマスコットとして可愛がられている。
そして海軍士官候補生たちはこのラバを奪うことにした。
1990年、『Operation Missing Mascot』 と名付けられた作戦は特殊部隊Navy SEAL隊員のアドバイスの元で立案され、17名の海軍士官候補生が参加した。

海軍士官候補生たちは陸軍士官学校の電話線を切って侵入し、警備員を猿ぐつわで縛り上げロバを4頭全て奪った後、車で逃走するという大掛かりな特殊作戦だった。
逃走する車両は陸軍のヘリコプターで追跡されたが、海軍士官学校へ無事に逃げ切った。
この作戦はヤギの盗難され続けた海軍が陸軍に行った初めてのリベンジとして、海軍上層部から盛大に祝われ、作戦に参加したものたちは”ラバ勲章”を授与されることとなった。

実際に授与されたラバ勲章
引用:https://int.nyt.com/data/documenthelper/505-order-of-the-mule/347430ef3f08cca7c5f7/optimized/full.pdf

これらのマスコット奪い合いの悪ふざけは各士官学校で伝統として愛されている。
紹介が遅れたが空軍もこのマスコット争奪戦に参加しており、爆撃機を用いて海軍の幸運のヤギを2回奪っている。

ただこの奪い合いは正式には禁止されている。
人間と動物に被害が出てしまう可能性があるからだ。
先ほどの『Operation Missing Mascot』では警備員が拘束されたし、また警察も出動する騒ぎになっている。
これを受け1992年に各士官学校でマスコットの強奪を禁止する共同協定が結ばれた。

しかし禁止されてもこの風習は続いている。
そしてこの風習の一番の被害者は空軍士官学校のマスコットのハヤブサ、オーロラだろう。
この美しいハヤブサは2018年に陸軍士官候補生に目を付けられ誘拐された。
ただその誘拐した際の搬送方法が不適切であり、オーロラは怪我を負い一時は生命の危機まで陥ってしまった。(後日回復しており、後遺症も残っていない。)

引用:https://www.af.mil/News/Article-Display/Article/138699/academy-protects-falcons-from-west-nile/

これを機会にマスコットの安全を第一に考えながら『強奪』するように(一応)配慮されている。
2021年のヤギ強奪の際は逃走経路上に「ヤギが怪我した時のための」動物病院を想定していた。

陸軍士官学校は前述の通りこのヤギ強奪を禁止している。
ただその犯人は厳罰に処されることはない。(もちろん軽い処罰はある)
むしろ陸軍上層部、つまり陸軍士官学校OBには、この悪戯を心の内では賞賛しているものが多いからだ。

陸軍士官学校はその厳しい規律で知られている。
刑務所より厳しいという卒業生もいるくらいだ。(自衛隊の幹部候補生学校も厳しかった)
そして卒業生は陸軍の幹部として部下を率いて戦場に行くことになる。

戦場では言われた命令を守るだけでなく、創意工夫して困難を乗り越えて行かなくてはならない時がある。
このような創意工夫する能力、大胆さ、チームワークを育むのにヤギ強奪はピッタリだと考えている節があるようだ。そして時には仲間の勝利のために命令に背く勇気も必要だと。

軍関係者以外からも否定的な意見はほとんど出ていない。
陸軍士官候補生たちは卒業して過酷な戦場に向かうことになる。
彼らが仲間たちと本気でふざけることができるのはこれが最後だ。
戦死して2度と会えない可能性も十分にある。
それを知っているからこそ社会全体でこの大きな子供達の悪戯は見守られているのだろう。

終わり。

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