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垣根をとっぱらう、ささやかなスパーク

だれもが無意識にもっている心の垣根。それって、意外と簡単にとっぱらえるんだ。

国際交流ボランティアをしている。

留学生に、地元の商店街を体験してもらうイベントがあった。留学生がふだん利用するのは、コンビニや大きなスーパー。地域に密着した商店街を利用する留学生は、ほとんどいない。

留学生自身が生活する地域のことを多く知り、地域に愛着を抱いてくれたら、と考案された地元の商店街でのイベントだ。

30名を超える留学生が集まった。留学生は、それぞれ希望する店舗で職業体験をする。必要に応じ、ボランティア通訳が同行する。

昔ながらの商店街には、いろんなお店がズラリ。弁当屋、寿司屋、ケーキ屋、パン屋、食堂などの飲食店。保育所やデイケアなどの福祉施設。畳屋、学生服専門店、歯医者、整体院など。

私が担当するのは、フィンランド・ベトナム・ベルギーの留学生合計5名。デイケア施設での職業体験を希望している。5人とも、日本のデイケア施設に行くのは初めてだ。

到着するとすぐに、スタッフが施設の説明をしてくれた。登録利用者は60名、その日の利用者は40名ほど。施設でどのように1日を過ごすのか。施設ではどんなことに取り組んでいるのか。説明をしながら、各部屋を案内してくれる。

入浴サービスで使っている浴室も見せてくれた。車いすに乗ったまま入浴できるお風呂。寝たきりの人でも使えるお風呂。それらを目にした留学生たちは、興味津々の様子。

談話室では、利用者の方たちがくつろいでいる。10台のテーブルに、5,6人ずつ座っている。ケアのレベルが同じ利用者が、1つの同じテーブルを囲むスタイル。

留学生は各テーブルに分かれて座り、利用者とコミュニケーションをとる。言葉の橋渡しをするのが私の役目。

女性はやはり、好奇心旺盛な方が多い。突然現れた、“はじめまして”の留学生にも、臆することなく日本語で話しかけているのは、ほとんど女性だ。

人懐っこい笑顔を浮かべたおばあちゃんは、日本語で次から次へと留学生に質問している。

「どこから来はったん?」

「どんな食べ物が好きなんや?」

「将来は何になりたいん?」

質問されたフィンランドの女子留学生は、自分の国のこと、家族のこと、なぜ留学先として日本を選んだのかを、1人1人の顔を見ながら話す。

おばあちゃんたちが、

「フィンランドなんて、行ったことないわぁ。どんなところかねぇ。」

と言うと、彼女はスマホで、フィンランドの自然や町の様子の写真を見せる。

「あれまぁ。寒そうなところやねぇ」

「遠いところから、日本までわざわざ来てくれはったんやなぁ。ありがとう。日本の夏は暑いやろ」

「フィンランドの子は、どんなことをして遊ぶんかねぇ。うちらが小さい頃は、こんな遊びをようしとったねぇ」

と言いながら、1人のおばあちゃんがお手玉を披露。すると、ライバル心に火がついたのか、他のおばあちゃんたちも、3つ、4つとお手玉を操りながら、技を見せてくれる。

お手玉を見るのは初めてのフィンランドの留学生。おばあちゃんの手から放たれ、空中に上がり、また手のひらに戻ってくるお手玉を、次々と目で追っている。

お手玉から心地よい音が聞こえてくるのを不思議に思った彼女は、お手玉の中身は何なのかをおばあちゃんたちに質問する。

こんな風に、少女の心に返ったおばあちゃんたちと、留学生のおしゃべりが弾む。

隣のテーブルでは、ベトナムの女子留学生が、おじいちゃんと折り紙をしている。この様子に一番驚いたのが、施設スタッフの方たち。

半年以上、この施設に通うおじいちゃん。他の利用者とあまりコミュニケーションをとることがない。折り紙をする姿は、一度も見たことがないそうだ。

そのおじいちゃんが、はにかみつつもベトナムの留学生に、カラフルな模様の折り紙を見せている。一緒に、折り鶴を折りはじめた。

スタッフの1人がおじいちゃんに、
「○○さん、器用やなぁ。上手に折るやん。」

と声をかけた時の、おじいちゃんの照れた笑顔が素敵だったこと。

留学生とのコミュニケーションのため折り紙をしたんだろうなと思うと、おじいちゃんの、その想いが嬉しい。

隣の食堂では、おじいちゃんやおばあちゃんが、昼食のおむすびを作っている。その様子をじっと見ているのはベルギーの留学生たち。

コンビニやスーパーでおむすびを見たことはあるけど、自分では作ったことがない留学生たち。施設スタッフのご厚意で、一緒に作らせていただくことに。

「利用者さん自身で自分が食べるおむすびを作るのは、手の運動も兼ねてるんですよ」

というスタッフの言葉に、ベルギーの留学生は、なるほどなるほど、と大きく頷いている。

結ぶときに、手のひらがご飯粒だらけになっている留学生。なかなか三角にならないおむすびに、苦戦している留学生。

そんな姿に、おじいちゃんやおばあちゃんたちが、こうすればいい、ああすればいいと、アドバイスをする。

まん丸の、おむすびらしきモノが完成すると、留学生が笑顔でガッツポーズ。おじいちゃんやおばあちゃんたちから、拍手が起こった。

デイケア施設のスタッフの方たちからいただいた言葉。

「利用者さんの、普段とは違う一面を見ることができた。貴重な体験だった」

いつもは無口な人が、留学生のいる輪に自分から入ったり、留学生に優しく言葉をかけたり。

「いくつになっても刺激は必要なんですよ。今日は、たくさんのいい刺激をありがとう」

施設のスタッフの方が、留学生たちにそう伝えてくれた。

この体験を通して、留学生たちも、それぞれの想いを抱いたようだ。

社会学部で学ぶ留学生は、“日本は世界一の超高齢化社会。その日本が、高齢化に対してどんな手立てを打っていくのかを知りたい”と感想を述べてくれた。

社会保障が充実しているフィンランドの留学生は、“徴収される税金と、高齢者に使われる社会保障費用のバランスが、フィンランドと日本では、どう違うのか調べてみようと思う”と言ってくれた。

施設のあちらこちらで目にした、心温まるシーン。これなのだ。草の根レベルの国際交流をやめられない理由は。

異文化の人とほんの少し触れあう。そんなとき、口元をふっとゆるめ、まぁるくて柔らかくて、何ともあったかい表情をするのだ。小さな子供も、若者も、大人も。恥ずかしさを抱きつつ、それでも何かが伝わればいいな、という想いが表情にのっている。

たとえバックグラウンドや言葉が違っても、そんな垣根をとっぱらって、人と人が繋がる瞬間が必ずある。ささやかなスパークが生まれる瞬間が、必ずある。

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