考え事#34 Spark状態とは
新年早々からとりあえず毎日記事を書いてみている。毎日書くと、ちょっとずつ自分の中にある突っかかりみたいな何かが成仏していく感覚がある。
毎日書こうとしてみると、日常の中でいかに多くの思考や疑問を零して生きているのか鮮明になる。
今日は書きたいネタがあんまり降って来ないので、ちょっと前からまとめたいと思っていたSparkという状態について考えてみたい。
Sparkとの出会い
頭の中がSparkしている
というのをいつどこで自分が表現するようになったのかいまいち覚えていないが、結構昔からある感覚だ。閃きが連鎖しているように感じられる状態を僕はSparkと呼んでいる。
一応、Sparkの意味をオンライン辞書から引用しておく。
やっぱり言語ってすごいなと思う。ひらめきとか活気が英語では同じ語句なんだな。
過去を振り返ると、大学入試に向けて勉強していた時に、数学や物理の解けない問題について解説を見るのが負けな気がしていて、とにかく自力で頑張ってみるということをよくやっていた。
1問に30分とか考えて、あーでもない、こーでもないと思案して心が折れる。袋小路にハマった状態で、気分転換にシャワーを浴びに行ったりする。
シャワーを浴びていると、急に先程行き詰っていた問題の解法が降ってくるときがある。
慌てて部屋にもどり、降ってきた方法を試してみると、不思議なほどに驚くほど簡単に解ける、みたいな経験だ。
これが僕にとってのSparkとの出会いである。
いつだかテレビで、"閃き"について脳科学の視点から扱っている番組があって、それを見てものすごく納得したのを覚えている。
脳科学的には、"閃き"の時の脳の状態と、"リラックス"の時の脳の状態はかなり近いらしい。シャワーを浴びたり、朝起きた瞬間に何かの解決策が"降ってくる"現象は、この理屈で説明できそうだ。
意図的にSparkが起こせるかもしれないという仮説
教員として仕事をし始めてからも、何度もこのSparkを経験してきた。
教材を作るとき
エクセルでまあまあ複雑な関数を組むとき
そして、これらとは少し別の状況として、
自分の考えや実践を何かしらの形でアウトプットして、フィードバックをもらったときというものがある。
そもそも、考えていた仮説はこうだ。
とりあえず記事を1週間書いてみて、Sparkが起こった時と起こらなかった時があることが観測されたので、どうやら1月1日時点でのSpark仮説は間違っていたようだ。
でも、記事を読んで反応をくれた読者の方がいたり、連絡をくれた知人がいて、書いた内容のテーマでディスカッションが起こると、Sparkが起こることが分かった。
ここからまた新たな仮説を立てたい。
2種類のSparkモード
1つ目のSparkモードは、前述したような自己の脳内での閃きだ。
これは割と自己内で発生し収束していくものだから、内的Sparkと呼びたい。
そして今回見えてきた2つ目のSparkモードは、アウトプット+他者とのディスカッションのセットがトリガーとなっていそうな印象を受けている。
なので、こちらは集合的Sparkと呼んでみたい。
アウトプットした自分の論理構造に対して、他者というのは全く別の思考回路で色々なことを考えてくれる存在だ。
そして、その思考回路をぶつけてくれる他者が現れたとき、その思考回路が仮に元の論を肯定するものであっても、否定するものであっても、そこには2つの思考回路の衝突→拡張という現象が起こることになる。
こういう拡張状態で起こるSparkが、集合的Sparkだ。
一年はだいたい52週間だ。
今日で2024年も1/52が終わる。
今年はどれだけ沢山Sparkが起こせるか、ちょっと意識してみたい。
まずは、自分が何かをアウトプットすることだ。
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