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職場の防災


序文

3年前、自分は当時勤務していたサービス付き高齢者住宅で、新型コロナによるクラスターに見舞われた。
この時は職員の実に3割が感染した。通常の業務の他に、館内全ての消毒や全入居者への食事の配達、さらにコロナごみの処理などが加わった。
職場の主力を担っていた人たちもゴッソリ欠け、他所属からの応援の人たちが来るまで、残った職員で職場を回さなければならなかった。、
この時、災害対応には人手が必要だとつくづく感じた。

今回の能登半島地震では、福祉の施設では半数足らずの職員しか出勤できなかった等の事態が相次いだと聞く。
出勤した人たちは、自分たちや家族も被災した状態でありながらも、休息を
取ることも交代することもできずに、数週間にわたって業務に当たらざるを
えなかったという。
もちろん、出勤できなかった人たちを責めることもできない。自宅の損壊や
家族の安全、交通の寸断など、やむにやまれぬ事情があっただろうからだ。

近い将来に発生するであろう首都直下地震や南海トラフ巨大地震では、能登半島地震をはるかに上回る被害が確実視されている。
日本の人口や産業が集中する地域で、しかも途方もなく広範囲が被災するため、交通・物流・通信が途絶する中、被災地の外からの救援・応援は容易ではないだろう。

このことは、他の地域や所属からの応援をしばらくの間は当てにできないということを意味する。災害の発生時から応急対応、復旧へと続く流れの中で
基本的に各々の職場の限られた人的・物的資源の中で対応していくしかないであろう。

そこで、災害対応に当たる人員をどのように確保すればいいか、職場における事前の備え、事後の対応も織り交ぜながら考えてみたい。


人員の確保

とにかく、人がいなければ災害対応はできない。

◎昼間の時間帯に発災した場合は、職員は防火、避難誘導、安否確認、救助         
 救出などの応急対策や、施設・設備の被害状況の確認等に当たる。職員に         
 は171災害伝言ダイヤルやスマホ・携帯電話の災害伝言板を使って家族    
 と連絡を取ってもらい、安全の確保が確認されたならば職場に残ってもら
 う。下手に帰宅しようとすると、交通の途絶や駅での滞留に巻き込まれ、  
 帰宅困難者を増やすだけである。とにかく、災害対応の初動とその後の
 事業継続には人手が必要である。

◎夜間に災害が発生することも、充分想定しておかなければならない。
 特に、福祉などの24時間体制の職場では、夜勤の職員は初動対応の要で
 ある。火災対応や避難誘導など初動時で最優先の事項は、繰り返し訓練し 
 なければならない。火災報知設備の熟知や消火栓・消火器の使用方法の熟 
 知、AEDの使用を含む心肺蘇生法の熟知等が夜勤職員には求められる。
 夜勤職員は、たとえ幹部職員と連絡が取れない状況下でも、災害対応が可 
 能でなければならない。とはいえ、少人数の夜勤職員の対応は明らかな限
 界があり、他の職員が参集してくるまでの、いわばつなぎである。
 夜勤職員向けの防災教育には、自衛消防講習の受講も考えていいと思う。
 
◎夜間及び休日など時間外に災害が発生した時には、各職場で職員の参集が
 定められている筈である。ただ、「震度5以上で全員参集」等の参集基準   
 は幹部職員のみが知っているのではなく、全職員が共有することが大事で
 ある。
 県や市町村などの自治体や大手企業などでは、管理職は各々の職員の参集
 時間を把握している筈であるが、各々の職員の家族構成等にも留意して
 参集できる可能性が高い職員をピックアップしておくことも必要と考え
 る。その際、当該職員とも事前に良く話し合うことが大事だと考える。

◎各々の職員が、地震等の発生による交通途絶下での徒歩や自転車による
 職場への複数の参集ルートを考えておく。
 崩れやすい崖や傾斜地の下やトンネルを通るルート、崩れやすいブロック 
 塀があるルート、崩壊した家屋が行く手を塞ぎそうなルート、中小河川に
 架かる古い橋を通るルートなどは、できるだけ避ける。
   ただし、職場が津波の予想浸水エリアの中にある場合等は、地震発生後に
 すぐ参集することは避け、津波の脅威が確実に去った後に参集する。

◎たとえ初動対応や災害応急活動に間に合わなくても、自身が傷病を免れ、
 家族の安全等を確保できたならば、遅くなってもいいから参集していただ 
 きたい。初動時から働き詰めで疲労困憊している職員と交代してあげると
 いう重要な役割がある。

 

事前の備え(対策)

  • 幹部職員のみに防災を任せるのではなく、職員一人一人が防災を自分事として考えなければならない。

  • そのために、職員間で防災について話し合う機会を多くしなければならない。定例の職員会議等で防災を議題とするのもお勧めである。

  • 火災対応や避難誘導、それに安否確認や傷病者の搬送、応急手当など、初動時で最優先の事項は、夜勤の職員も含めて、職場で繰り返し訓練する。

  • 非常時の指揮代行権の順位を明確にしておく。

  • 夜勤職員は幹部職員と連絡が取れない場合でも、自力で災害対応ができる防災力を身に付ける。

  • 年2回の消防訓練に、救助救出、搬送、応急手当等の震災対応の訓練をプラスする。もしくは、別個に実施する。

  • 実働訓練だけではなく、イメージトレーニングによる図上訓練も非常に有効である。

  • 防災マニュアル等により、職場の全職員で防災情報を共有しておくことが非常に大切である。

  • 防災マニュアルはBCP(事業継続計画)、消防計画書と連携し、相互に整合性を保つようにする。

  • エレベーターのある事業所は、エレベーター閉じ込めの事態の想定も必要。エレベーター内との通信手段を確認しておく。設置・メンテナンスの会社がすぐに救援に来ることはまず無理なので、エレベーター内に水・食料・携帯トイレ等の常備が必要(すでに実施している職場もある)。

  • 福祉関係では入居者・利用者の傷病の治療のために病院と、また薬の確保のために最寄りの薬局と、自家発電設備のある事業所では燃料の補給等のために最寄りのガソリンスタンドやホームセンター等と、さらに災害用消耗品等を購入・確保するために最寄りのスーパー等と、事前に協定を結んでおくのが有効と考える。

  • 一つの建物に複数の事業所が入っている場合は、防災に関して事業所同士が事前の話し合いを持ち、互いに連携し、役割分担する(例えば、ある事業所が救助救出・搬送のための人手を出せば、同一建物内の医院は応急手当・簡易な治療を請け負うといったような)。

  • すでに常識であるが、職場の棚やOA機器類等の転倒防止・固定。特に冷蔵庫や自動販売機は要注意である。厨房のような場所でも必要と考える。

  • 広いガラス面のある食堂等、大勢の人たちが集まる場所では、ガラス飛散防止フィルムを貼るなどの措置が必要と考える。

  • サービス付き高齢者住宅等では、入居者のベッドに家具等が倒れ込む可能性はないか、普段から確認が必要だと考える。近頃では、自治体が家具等転倒防止の補助をしているので、活用も考えてみる。

  • 「災害対策指揮所」「救護所」「使用禁止」といった貼紙は、平時のうちに作って準備しておく。災害時のアナウンスの雛形も同様に準備。


事前の備え(物品等)

  • 1週間程度の水・食料の備蓄(福祉の職場等では、職員は勿論、入居者・利用者の分も)。

  • 簡易トイレ、1週間程度の携帯用トイレの備蓄(これも、福祉の職場等では職員の他に入居者・利用者の分も)。                ※ 携帯用トイレの必要数は  人数  ✕ 1日5回 ✕ 7日 で計算

  • 複数の懐中電灯、または災害用ヘッドランプ(両手がフリーな状態で作業ができる)の備蓄。

  • 必要となる電池等の備蓄。

  • 複数のカセットコンロの保有。それに伴うカセットボンベの備蓄。

  • 特に福祉の職場では、ウェットティッシュ、紙おむつ、トイレットペーパー、女性用生理用品の備蓄。

  • 携帯カイロの備蓄。

  • 複数の毛布、寝袋の備蓄(寝泊まりして働く職員が必ず出るため、必須である)。

  • 閉じ込め等の救出に使うバール、大ハンマー、ジャッキ等の救出用用具の保有。

  • 負傷者搬送用の簡易担架の保有(訓練では、実際に使用して搬送してみる)。

  • 救急箱の保有。

  • 発電機と燃料の保有(これも、訓練で実際に稼働させてみる)。

  • 拡声器の保有。

  • 職場用防災ラジオの保有。

  • 虎ロープ、ブルーシートの備蓄。

  • 作業用軍手の備蓄

  • 使用済みの携帯用トイレの臭いを押さえる消臭剤の備蓄。

  • 大量のゴミ袋(コロナのクラスター時に大量に使用した。震災時でも、様々な用途で大量の使用が予想される)。

  • 給水車からの給水に使う、10L入る水タンクまたは給水袋。能登半島地震の支援情報を見ていたら、被災者側で用意するようにとの掲示もあった。特に福祉の職場では、入居者や利用者に対する給水も仕事となることが予想されるため、大量に必要となる可能性がある。

  • スマホ用電池式充電器の保有。

  • コロナ等の感染症対策に、消毒液や手指消毒液の備蓄。

  • マスクの備蓄。


発災後の対応

  • 地震による揺れに襲われたら、まずはわが身を守る行動を取る。        机の下に潜ったり、落下物・転倒物を避けたりする。

  • 地震の揺れが収まったら、職員同士で声をかけ合い、互いの安否を確認する。

  • 福祉施設等では、同時に入居者・利用者の安否確認をする。コール等が繫がらない場合には、職員間で分担して入居者の部屋に行き、直接確認する。

  • 火災報知設備が作動したならば、職員はすぐに現場に急行し、火災の有無を確認する。火災であったならば、ただちに消火栓を使って鎮火を試みる。他に職員がいたならば、分担して避難誘導にあたってもらう(もし夜勤が1人しかいない状況であれば、1人で消火と避難誘導をしなければならないが、消防職員でもない一般人ができるかと問われれば、非常に難しいと答えざるを得ない)。

  • 加えて、津波浸水エリアにある福祉の事業所では、地震発災後、津波の到来前に下層階にいる入居者・利用者を上層階まで避難させるという業務がある。自分が以前に勤務していたサービス付き高齢者住宅では、1階にも入居者がいて、しかも自力では階段を上れない人もいたので、職員が抱き抱えて搬送せざるを得ない。これにも人手がいる。時間も限られる。

  • 安否確認で負傷者が確認されたならば、ただちに救護所に指定された場所まで搬送し、応急手当を施す。

  • 昼間の発災であれば、職員間の業務分担により対応のしようもあるが、夜間の発災であれば、少人数の夜勤の職員ができることには限界があり、他の職員の参集を待つしかない事態になると考えられる。

  • エレベーター閉じ込めの事態が起こることも考えられる。必ず確認し、閉じ込めが発生したならば、中にいる人と連絡を取る(自分が前に勤務していた職場では、事務室内にエレベーターと繫がる通話装置があった)。 閉じ込めが発生していない場合でも、エレベーターは使用禁止とし、「使用禁止」の貼り紙を貼る。

  • 職場の放送設備が使用可能ならば、状況に応じた適切なアナウンスを流す。できれば、事前にアナウンスの雛形を用意しておいた方がいい。

  • もし職場の自動車があれば、職場の周囲の様子、道路の状況を見て、傷病者を病院に搬送する(119番通報が全く繫がらない状況の時)。このためにも、地元の病院とは協定があった方がいいと思われる。

  • 停電した時には、通電火災に備えて各部屋のブレーカーを落とし、コンセントを抜く。

  • 地震の後は、トイレを使用禁止にする。配水管の安全確認が取れるまで水を流さない(集合住宅やサービス付き高齢者住宅、さらに一般のビルでも下の階への漏水等の事態が起こり得る)。

  • 断水した時には、水道の蛇口を閉める。

  • 職場内にある水槽など、使用できそうな水のありかを確認する。

  • 断水に伴い、給水車からの水の運搬等も業務に加わると考えられる。職場の自動車リヤカーリヤカー等を使って運搬する。かなりの重労働である。

  • 断水・トイレ使用中止に伴い、携帯用トイレを多数使用した時は、みんなの分をまとめて大きい生ゴミ用のゴミ袋に入れ、消臭剤を使い臭いを軽減して保管する。屋外で保管する時は、ブルーシート等を活用する。

  • 震災に付随して、ゴミ処理や片付け等多くの業務が発生すると予想される。

  • 発電機は室内ではなく、屋外に設置する(室内だと一酸化炭素中毒になるため)。前もって、コードリールの長さなどを計算して配置を決めた方が良い。

  • ガスの遮断に伴い、カセットコンロは職員・利用者・入居者の食事のため必ず必要とされると思われる。

  • ダンボールは、職場に多少予備があった方がいい。床に横たわって仮眠を取る時、下に敷くと体感温度が随分違う。

  • 取ってある新聞紙も、保温などいろいろな用途に使えて重宝。

  

まとめ

これまで長々と書いてしまったが、どうかご容赦いただきたい。
世の中には、いざという時にも応用力に富んだ対応ができる方もいるが、日頃からみんなが備えておけば、職場全体として、より良い対応ができるだろう。防災は、職場の全員が共有しなければならない。
自分の乏しい経験からも言えることは、職場の日頃からの互いに助け合う関係こそが、いざという時の最大の防災力になるということである。
稚拙な文を読んでくださり、まことにありがとうございました。

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