振付師      羽生結弦 Ⅲ

 フィギュアスケイトにおける<振付け>とは、どのような位置付けにされるのか、門外漢の私に判らない。
しかし、ニースの羽生結弦の<ロミオ>のように総合的に完成されていると思われる作品を繰り返し観ていると、フィギュアスケイトにおいても<振付け>は、演劇やバレエ(特にM.ベジャールのような)同様、更に其れに準ずる表現芸術に於ける<演出>という位置であってしかるべきではないかと思うようになった。
未だ原石ながら、たぐいまれな才能をうかがわせるエレメントに、C.アームストロングのサウンドトラックを基盤として、N.ベステミノア、I.ボブリンによる完成された<振付け>が、見事に効を奏した例を見ると、勿論スポーツとしての部分が最重要なのだが、それを効果的に支える<振付け>が作品を創作する上で確かなヴィジョンをもって構成されていなければならないのではないか?
 ロシアには、素晴らしい舞台芸術(バレエ、演劇、等)の伝統がある。
フロイドの心理学を踏まえていると言われるC.スタニスラフスキーの演劇論には、役を生きる芸術とか、演ずるたびに登場人物の感情を経験する必要性があるとか、有機的で潜在意識的な反応を引き出す、などフロイドの精神分析に思い当たるようなフラーゼが至る所に散りばめられている。
 スタニスラフスキーを語りだすときりがなく、テーマとかけ離れてしまうので、いったんここで止めておくが,機会があれば論じてみたいものである。
ともかく、そのような文化的土壌のN.ベステミノアとI.ボブリンは、目の前のエレメンツに創造可能な彼らの作品を考えたのではなかったか?つまり、一つの作品を構成するるための演出家としての意図である。
 異論があろうことは充分承知の上で、私は、ソチオリンピックで羽生結弦が演じたN.ロータのサウンドトラックによる<ロミオとジュリエット>を担当したD.ウィルソンの<振付け>に疑問を持つ、とあえて言う。
D.ウィルソンは、この美しいN.ロータのサウンドというカンヴァスに、羽生結弦というエレメンツの可能性を熟考したうえで、いかなる羽生結弦の<ロミオ>を描こうとしたのか?演出意図はなにか? 
彼の<振付け>は、映画<ロミオとジュリエット>の監督F.ゼフィレッリの演出同様、焦点がぼけている。演出意図が全く見えない。一つの作品としての印象がばらけている。それは、羽生結弦の演技が不完全燃焼であったからではない。不完全燃焼させるほど振付師としての、本来あるべき確かな演出意図がなかったからである。
それに比べ、J.バトルは見事であった。彼は,羽生結弦という素材の質を見事に見抜き、完全に生かし切っている。
<パリの散歩道>は、G.ムーア、J.バトル、羽生結弦による最高傑作の一つと言って良いのではないか。
 D.ウィルソンに関しては、<Notre- Dame de Paris>において更に疑心が深まる。
 まだ少年の面影が色濃く残っている18歳の無垢な若者に、醜い人間社会の底辺を這いずり回って生きてきた醜いカジモドの複雑な心の葛藤など A.クインかK.キンスキー(彼がこの役を演じなかったのは真に残念だ)、A.ホプキンズでなければ演じられないようなテーマを選ぶということ自体、D.ウィルソンの<振付師>としての力量を疑わざるを得ない。
言わずもがな、羽生結弦の演技には消化しきれていないことが明白で、彼自身、一応形としてまとめてはみたが納得してはいないということが、顔に現れていた。
 R.コッチャンテによってミュージカル化された<NotreーDame de Paris>は、スケールの大きな作品で、私は初演をTV中継で見ている。
 羽生結弦の<Notre -Dame de Paris>には、コステゥームにネガティヴな意味で驚いた。ストロベリークリームソーダに不均等にぶち込まれた巨大な十字架、という意味不明なバービードールかと見紛う衣装で氷上に現れた羽生に、我が友、ファッション関係の仕事をしていたフランス人は思わず「Mon Dieu !」と絶句した、と後に語った。

 羽生結弦は、非常に個性の強い人間である、と私は思う。その個性を見抜き、引き出し、生かすことのできる(L.ヴィスコンティとM.カッラスやM.ベジャールとG.ドンの出会いに見るように)振付師でなければ、彼の卓越した才能を開花させることは不可能である。
 しかし、羽生結弦は冷静で非常に聡明な頭脳の持ち主である。その彼がこの二つの作品の、不完全燃焼に終わった原因を分析しない筈はない。
次に彼がとった行動は、新しい作品で使う音楽を自らの意思で決め、振付師も自ら指定する。それがいかなる効を奏したかは、彼の見事なその後の成長ぶりを、我々は目の当たりにする事によって納得する。
そして、彼が望んだ日本の古典芸能界の人物との出会いによって、羽生結弦は更に成長し開眼したのである。
                         M.Grazia T.


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