多様性という言葉に逃げていないかな?
小学校の先生で、2児の父、雄剛です。
最近、職員室でこんな言葉をよく聞きます。
「いろんな特性をもったお子さんがいるからねぇ…。」
なんか違和感を感じながらもやもやしているときにこの記事に出会いました。
危惧しているのは、本当はできるはずの人が多様性という言葉で見逃されていないか…
確かにいろいろな特性をもった子が、教室にはいます。専門の知識がなければ対応できないケースもたくさんあります。感覚的にこれまでよりも増えているかもしれません。ただ、中には「本当はできるはずの人」は紛れていないでしょうか?前年度まで大変だった子が担任が変わった瞬間に劇的に変わるというケースはよくありますよね。
では、「特性をもっていて教室で学習が無理な人と、きちんと指導すればできる人の境界線は?」と言われるとその見極めが非常に難しいですが…。
とにかくできうる限りの方法を試してみる。特性に合わせて効果的な関わり、クラスでの生かし方を試してみる。専門機関で検査する。「多様性の時代で特性をもったお子さんだからね…」と諦めるのはそれからでも良いのではないでしょうか?
初めから「多様性の時代だから」と諦めてしまうと、学級が、学年が、学校が成り立たなくなってしまいます…。
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