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従軍慰安婦問題の本質(11)

 ※-1 本稿「従軍慰安婦問題の本質(11)-『幼稚と傲慢の首相』安倍晋三が『慰安婦問題』をめぐり,これを否定することが〈日本の名誉・威信〉になると虚説を打ち出したその「二面相」ぶり

 すなわち安倍晋三は,ブッシュ(息子)米大統領を前にしてはこの問題で「アメリカに対して」謝罪していたにもめげず,朝日新聞社に向かってはこの問題をまっこうから否定する価値「感」を前面に打ち出し,それも必死になって権力濫用の猛攻撃をくわえた。
 付記)冒頭にかかげた画像資料は後段の記述中に利用されており,出所はそちらに記載されている。ここにも借りてみた。

 つぎの新聞切り抜きは2015年4月中に発行された『北海道新聞』の記事である。国会で辻元清美は質問主意書を提出していた。その文書の住所(リンク先)もつづけて指示しておきたい。

『北海道新聞』2015年4月

 なお「本稿(11)」は初出の2014年9月12日,更新の2021年9月28日を経て,本日2023年9月2日に改訂した。この3つの日付の関係で記述内容のなかでは,いちいち日付の指定・確認を断わってもいる。あらかじめ諒解をお願いしておきたい。

 吉田清治による「朝鮮人女性の従軍慰安婦」「強制連行」物語の創作話に〈日本の名誉〉を短絡させうる安倍晋三の浅薄さは,ともかく従軍慰安婦問題は否定し,なにもかも無にさせておきたい欲望に淵源していた。

 歴史の上に記録されており実在してきた慰安婦問題であっても,否定する方向でしか「認められない(?)」のが,安倍晋三の立場:イデオロギーもどきの考えであった。
 

 ※-2 安倍晋三は,『朝日新聞』〔だけではなく他紙も同様に報道していたが〕による「慰安婦」誤報問題を最大限に使い,朝日新聞社のすべてを破壊したかったその欲情的な盲動ぶりだけはピカイチであったとはいえ,そうしたところで,歴史問題である従軍慰安婦問題が抹消できていない

 さきに「本稿(11)」の要点を列記しておく。

 要点・1 従軍慰安婦問題を自国の汚点である「歴史の事実」として認めていたからこそ,これを必死になって否定し,隠蔽したがった安倍晋三

 要点・2 朝日新聞社に対してだが,従軍慰安婦問題に関する「吉田清治の本2冊」から発していた問題を手がかりに猛攻をしかけた安倍晋三は,権力の濫用によってことを優勢に展開できたとはいえ,従軍慰安婦問題の存在じたいに関しては,かつて自分自身も間違いなく認定済みであった,というお粗末な経緯が記録されていた

 要点・3 それゆえ,つぎの甲と乙にそれぞれに登場する安倍の姿は,自己矛盾・自家撞着の好例・見本であった,一方の「甲のアベ」の面相と他方の「乙のアベ」の面相とは,彼の政治屋として二面相(ヤーヌス)をありのままに表現している 

 【甲】 安倍晋三が「慰安婦問題で首相『謝罪の意』,米大統領〔ブッシュ〕は受け入れを表明 - 米国」『AFP BB News』2007年4月28日 1:13,https://www.afpbb.com/articles/-/2217454 という発言を確認しておく必要があった。

 以前,アメリカのブッシュ(息子)大統領に向かい,じかにそう語っていた記録は,安倍自身にとってきわめて都合が悪かった。

 というのは,安倍晋三はさらにそれ以前に,NHKが従軍慰安婦問題「特番」の放送を準備し,これを放送する予定にしていた直前に,中川昭一とともにNHKに圧力をかけて妨害を入れ,その内容を変更させていたからである。

 【乙】 永田浩三『NHKと政治権力-番組改変事件当事者の証言-』岩波書店,2014年8月は,つぎのごとき宣伝の謳い文句で発売されていた。公共放送であるらしいNHKのいかにも国営放送らしい対応に注目したい。

 政権党の有力政治家が2001年にNHK最高幹部に「圧力」をかけることで,慰安婦問題を扱った「ETV2001」はいちじるしく改変された。担当プロデューサーによる苦渋に満ちた証言は,この事件の全過程を照らし出し,放送現場で戦時性暴力をどう取り上げるべきかであったかを問いかける。公共放送NHKによる政権党への癒着を厳しく批判する 

安倍晋三君自身の立場に顕著であった二面相の矛盾

 1) その安倍晋三がブッシュに対して告白したと(前段のように)報道された話題については直後に,日本のネット記事が,たとえば「安倍首相『慰安婦への強制性』認めた? 英訳記事は誤報なのか」『J-CASTニュース』2007年05月02日19時52分,https://www.j-cast.com/2007/05/02007365.html などと,疑念を抱く理解をもって報じていた。

 安倍晋三首相は米ブッシュ大統領と面会し,旧日本軍のいわゆる「従軍慰安婦」についてあらためて謝罪した。日本政府に謝罪を求める決議案が米下院に提案されたことに,安倍首相が「強制性はなかった」などと発言し,米メディアの報道が過熱していた。

 今回,安倍首相が謝罪して,米メディアの批判的報道は沈静化したかにもみえる。しかし,米メディアに安倍首相がインタビューで「慰安婦の強制性に責任がある」と発言したかのような英訳記事が掲載され,「従軍慰安婦=旧日本軍の強制」,つまり女性を「強制連行」して売春を強要した,と解釈されるのではないかと心配される状況だ。

 安倍首相は2007年4月27日,ブッシュ大統領とワシントン近郊のキャンプデービッドで会談し,「人間として首相として心から同情する。慰安婦の方々がそういう状況になったことに対して申しわけない思いだ」と従軍慰安婦について謝罪を表明。大統領もこれを受け入れる,とした。しかし,この安倍首相の謝罪をめぐっては,「誤訳」とも思える「謝罪」が海外メディアによって報道されている。

『J-CASTニュース』の記事

 このネット記事は「日本側の解釈」としての〈心配や懸念〉を前面にかかげる論調であった。はたして,「申しわけない思い」という表現の含意に「謝罪」の意味はありえないとでもいいたいのか?

 「謝罪」という語彙が「申しわけない思い」といった表現と,いったいどのように異同があるのか,分かりにくい解釈が語られていた。さらに『J-CASTニュース』の引用をつづける。

 〔2007年〕4月27日のBBC(インターナショナル)は安倍首相の発言について, 「きわめて痛ましい状況に慰安婦の方々が強制的に置かれたことについて大変申しわけなく思う(I feel deeply sorry that they were forced to be placed in such extremely painful situations.)」と英訳して報じている。  

 この「強制された(forced)」という言葉は,日本メディアは総じて報道しておらず,安倍首相の発言を英訳するさいの「誤訳」の可能性も十分にある。しかし,この「強制」という言葉がこのように報じられるのは,海外メディアでは今回に限ったことではないようだ。

 今回の訪米に先立って安倍首相のインタビュー記事を掲載した米週刊誌『ニューズウィーク』〔2007年〕4月30日号は,安倍首相の発言をつぎのように紹介している。

 「私たちは,戦時下の環境において,従軍慰安婦として苦難や苦痛を受けることを強制された方々に責任を感じている(We feel responsible for having forced these women to go through that hardship and pain as comfort women under the circumstances at the time.)」

 ♠「いったん罪を認めたら,終わりであった」はずである ♠  

 安倍首相は当初,「狭義の意味では強制ではなかった」として,旧日本軍が組織的かつ強制的に従軍慰安婦を連行したとの見方を否定していたが,この英訳をみるかぎり「狭義の意味での強制」さえも認め,1993年に日本政府が出した「河野談話」以上の謝罪をおこなったと解釈されてしまう危険がある。

 補注)ここでの議論「教義か広義か」をめぐる概念規定の問題は,従軍慰安婦を歴史の問題としてあつかう場合,意味がない。広義なら認めるが,教義には認めないとするこの問題に対する接近ないしは処理の方法は,ある識者が途中から登場させていた。この便法的な論理の運び方じたいが,問題外の脱線論法であった。

 NHKディレクター出身で現在(当時),上武大学大学院教授を務める池田信夫さんは『ニューズウィーク』の記事に「強制」という言葉が入っていることを先んじて自身のブログで指摘。「これで日本政府は『有罪』を自白したことになる」としたうえで,

 「これは痴漢の疑いで逮捕された容疑者が,『正直に認めないと家に帰れないぞ』と脅されて『自白』したようなものだ。いったん罪を認めたら,終わりである。植草一秀被告のように,あとになっていくら『やってない』と主張して,大がかりな弁護団を組んでも無駄だ。世界史にも『日本軍が20万人の女性に性奴隷を強要した』という,とんでもない『史実』が残ることになるだろう」。

 補注)池田信夫はもともと,安倍晋三寄りにしか聞こえない発言が多い人士であった。従軍慰安婦問題について有罪だとか自白だとかいったコトバを充てて議論しようとする志向(嗜好)そのものは,この “議論を始める前からきちんと偏倚していた” この池田の立場・イデオロギーを,正直に告白していた。さらに,植草一秀への言及は枝葉末節どころか,そもそも,蛇足ともいいえない,余計も余計とでもいうべきな雑な言及であった。

 2) 山本健太郎「〈主要記事の要旨〉従軍慰安婦問題の経緯-河野談話をめぐる動きを中心に-」『レファレンス』国立国会図書館,第752号,2013年9月3日,
 ⇒ https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8301279_po_075204.pdf?contentNo=1

 この論稿は,従軍慰安婦問題の日本における騒がれ方を,冷静になって整理しつつ吟味をくわえている。できれば直接読んでほしい記述内容なので,ここでは以下に,リンク(住所)も案内しておく。

 ただし,この論稿が最後(本文・末尾)で橋下 徹の発言を借りだしてまとめようとした意図はいただけない。はっきりいって,その段落のみは完全に醜悪かつ反理性の筆法になっていた。不要の付け足しであった。

 かといって,NHKに安倍晋三や中川昭一が圧力をかけて従軍慰安婦に関する特集番組の内容を変更した(一部を削除させその部分の放送を妨害した)事件について,この表は触れていない。

 ここでは,この論稿からつぎの年表のみ紹介しておく。

従軍慰安婦問題に関する年表一例

 

 ※-3「国際社会における日本の名誉とは」?

 昨晩〔ここでは,2014年9月11日〕に視聴していたあるテレビ・ニュースのなかで,突然,安倍晋三の発言をそのまま直接伝える映像が流れていた。このニュースについては,今日〔2014年9月12日〕の『日本経済新聞』朝刊「政治」4面が,その発言をベタ記事で紹介していた。

 「日本の名誉が傷つけられた-朝日新聞報道で首相-」という見出しで,安倍晋三が自分の価値観で「日本の名誉」に,つぎのように語ったと言及していた。

 安倍晋三首相は11日のラジオ番組で,朝日新聞による従軍慰安婦をめぐる一連の報道について「慰安婦問題の誤報によって多くの人が苦しみ,国際社会で日本の名誉が傷つけられたことは事実だ」と語った。そのうえで「報道は国内外に大きな影響を与える。正確で信用性の高い報道が常に求められている」との認識を示した。

 この記事は『日本経済新聞』2014年9月12日朝刊のものであって,本ブログ筆者がテレビ番組の放送で視聴できた範囲内では,安倍晋三は同時にまた,「報道機関がどのように報道するかはその社が独自におこなうことではあるが……」というふうに,いちおう断わっていたことも,公平を期すために申しそえておく。

 以上のごとき報道は,『朝日新聞』が以前,吉田清治の創作物語--著書として『朝鮮人慰安婦と日本人-元下関労報動員部長の手記-』新人物往来社,1977年,『私の戦争犯罪-朝鮮人強制連行-』明石書店,1983年--にもとづく「朝鮮人慰安婦の強制的な狩りだし」「従軍慰安婦問題の歴史的事実」に関する報道で誤報を犯したとされる点について,これを安倍晋三が批判して述べた見解(コメント)であった。

 しかし,吉田清治が〔以下はむろん筆者の観方・解釈でもあるが〕,ほかに存在した〔かのような人物であった〕「下関労報動員部長(?)」などから,朝鮮人従軍慰安婦に関するくわしい関連事情を聞き出して,前段の2著を執筆したと推理する。

 それが筆者の受けとめ方である。吉田が書いた朝鮮人女性の従軍慰安婦への狩りだしを描いた歴史模様は,慰安婦問題で数多く公表・公刊されてきている資料・文献において実証されている構図そのものである。

 これは不思議でもなんでもない。吉田がフィクションとして書いたその材料(ノン・フィクションの史料)がどこかにあった,それを相当にくわしく触れてしり創作したのはなかいかと,本ブログの筆者は推測している。

 なお,この推理に疑いをもつ人は,吉田の著作とほかにたくさんある「従軍慰安婦」問題の関連文献などから何冊はひもとき,相互の比較対照の作業をしてからもう一度,問いかけて(反論なり批判を)ほしいものである。

 安倍晋三のいいぶんはとりわけ,従軍慰安婦問題を否定したい立場(政治的イデオロギー)から,ともかく否定できる部分についてはこれをできるかぎり針小棒大にしておおげさに,そして,慰安婦問題の全体像をその否定観でもってさらに覆い隠すことにのみ熱心であった。

 そうかといって,従軍慰安婦の強制性の問題点はこれを否定することはできていない。この事実は現代史の研究者が専門的な次元で解明しており,実証的にも確認されている。政治家(「世襲3代目の政治屋」)のいうことが百%正しいのであれば,この従軍慰安婦問題に関して発言する専門家は要らないという顛末になる。

 にもかかわらず,吉田清治のノン・フィクション化された朝鮮人慰安婦物語の問題,およびこの吉田自身の発言に依拠して誤報をしたという『朝日新聞』の問題性に対して,ともかくなにがなんでも1点集中的に非難・攻撃をくわえ,従軍慰安婦問題の全部までなにもなかったかのように必死に強説した安倍晋三の発言は,不自然を通りこして意図的に過ぎていた。つまり,その意図がみえみえだった「歴史の歪曲・否定をしたい観念論」でしかありえなかった。

 従軍慰安婦問題そのものが旧日本軍においては,いっさい存在しなかったのが真実だったというのであればともかく,安倍晋三の祖父・父の世代は,日本軍が戦場近くにおいて慰安所を無数設営していて,そのさい,一部・少数の将兵を除けばみな,その女性たちに「性行為の相手」をしてもらってきた歴史の事実を否定できる者は,いない。

 かつて日本軍の将兵たちが,中国の戦場などで「三光作戦(殺しつくし・焼きつくし・奪いつくす行為)」を,日常茶飯事に犯してきたことを否定できない。そしてこれにはさらに,「女性を犯しつくす行為」も付加しておかねばならない。その関連で従軍慰安婦の存在もあった。

 以上の議論については,本ブログ内ですでになんどもくわしく議論し,批判してきた。ところが,安倍晋三が「日本の名誉(ないし威信)」といったところの実体は,『朝日新聞』の慰安婦問題に関する誤報によって,簡単に帳消しにされるような「歴史の記録」ではない。

 

 ※-4 安倍晋三と中川昭一の従軍慰安婦問題否定・抹殺活動

 安倍晋三は自民党で第1次内閣を組閣していた時期--2006年9月26日~2007年9月26日よりだいぶ以前に,仲間の議員中川昭一といっしょにNHKに圧力をかけまくり,従軍慰安婦問題の放映内容を変更させてきた〈実績〉があった。

大の仲良しだったこの2人

 補記)『月刊現代』2005年9月号に掲載された記事として,魚住 昭(ジャーナリスト)「巨大メディアは何を誤ったか,『政治介入』の決定的証拠 証言記録を独占入手! NHK vs. 朝日新聞『番組改変』論争-中川昭一,安倍晋三,松尾武元放送総局長はこれでもシラを切るのか-」があった。

 この『月刊現代』2005年9月号のこの記事は,つぎのネット記事として転載されている。リンク(住所)を下記しておく。本ブログ筆者の自宅書庫には,この9月号が処分されずに保存してあったので,引っぱりだしてみた。

 しかし,読みなおす前に念のため,ネット上で探したらこのようにその全文が公開されていた。興味をもてる人はぜひとも読んでほしい。かなり長文になる,本格的な記事である。なお,つづく後段にこの記事からは「本日におけるこの記述」なりに,若干の段落だけになるが引用しているので,こちらを読んでもらうことでも,おおよその大意は汲みとれると思っている。

 いまから16年も前すでに,この安倍晋三という政治家は従軍慰安婦問題は「ないものとしておきたい」歴史〈観〉を明確に顕示していた。これは彼なりの一種の「戦後レジームの否定論」(!)であった。

 しかし,そうだとすると同時にまた,「戦前・戦中レジームの肯定論」(?)になるゆえ,従軍慰安婦問題は当然(!!そして??)前提のなかに含まれていなければおかしいし,そして認知されてもよい現実問題になるはずである。否定するにせよ,そうではないにせよ,である。

 安倍晋三のこうした価値観--もっとも彼自身は「まともな歴史観に相当するもの」を,実際のところでは “もちあわせていない” ことに注意したい--に照らしても,本日のこの記述がとりあげた,前掲のごとき「昨日(ここでは2014年9月11日時点)の発言だったが」も,聴いておく余地がある。

 『月刊現代』2005年9月号における当該記事の全文は,前掲のリンク画像を参照してもらえばいいのだが,ここでは以下にあらためて,魚住 昭の寄稿から若干引用する。なお,飛び飛びの引用であり,ごく一部分の参照となる。はじめの2頁分(28-29頁)は,画像資料としてもかかげておく。

『月刊現代』2005年9月号

 要は「歴史は繰り返されている」ということであった。いま(当時)は2014年9月。NHKの会長(マダラ・ボケのファッショ的な最高幹部〔これは当時の会長籾井勝人のこと〕)や理事数名(安倍晋三応援団)は,安倍晋三の息のかかった人事として実現していた。もはや完全にNHKは「国営放送化」された。 

 今〔2005〕年1月,朝日新聞の報道で明るみに出たNHKの番組改変問題が再燃の兆しをみせている。NHK側は7月13日,番組制作にかかわった幹部らの東京高裁あて陳述書を公表し,「政治的圧力によって改変された事実はない」ことを強調した。

 一方,朝日側もこれまでの取材経過を紙面で再検証し,記事の正当性を主張した。いったいどちらのいいぶんが正しいのか。私はそのナゾを解く大きな手がかりとなる松尾 武・元NHK放送総局長らの「証言記録」を入手した。

 そこには松尾氏らが朝日の取材に語ったことのすべてが記されている。それをお読みになれば,これまでウソをつき,われわれを誑かしてきたのは誰かということがはっきりおわかりになるだろう。そしてNHKという巨大な放送局が抱えこんだ闇の深さにあらためて驚かれるにちがいない。

 この経過で明らかなように「放送中止」の圧力は,右派団体・若手議員の会→NHKの国会担当職員→野島〔直樹〕局長→伊東〔律子〕番制局長・松尾〔武〕総局長の順で伝わっている。

 折からNHKの予算審議の時期だったこともあって,NHK上層部はこれに敏感に反応し,松尾総局長が野島局長とともに「説明」に出向くことになった。松尾氏は〔当時〕安倍官房副長官らの対応で「つけ入るスキを与えてはいけないという緊張感」をもち,「みんなが不安」になって番組改変がおこなわれたことを朝日に認めている。(引用終わり,〔 〕内補足は筆者)

 補注)朝日新聞は安倍晋三にとってみれば「天敵以上の最大の仇敵のひとつ(=言論機関)」である。この新聞社をやっつけることができるならば,なんでもやるというのが彼の基本姿勢であった。

 だから,読売新聞や産経新聞,日本経済新聞のほうは,ほおずりしてでも挨拶したい新聞社である。だが,安倍晋三にとっては朝日新聞ほど憎くくてたまらない新聞社はなかった。

 今日〔ここでは2014年9月12日〕の朝日新聞は,「3・11の東日本大震災」時に誘発された原発大事故に関する『吉田調書』(当時の東電福島第1原子力発電所所長吉田昌郎)に関する誤報についても,これを社長みずから謝罪する記事で,何面もが埋められていた。そのころはまさに,安倍晋三にとっては朝日新聞をやりこめる絶好の機会になっていた。

 しかし,安倍晋三が政治家としていままでかかわり,実際におこなってきた諸行為は,従軍慰安婦問題の歴史的な事実に目をつむって,絶対に「聞きたくない・みたくないとする姿勢」をもって実行されてきた。安倍はただ,この問題を否定するだけでなくて,問題じたいが歴史に存在しなかったのだとまで思いこみ,相手に対して問答無用の姿勢で強硬に発言してきた。

 安倍晋三のその基本的な姿勢というものが,けっして意図的でなかった(?)と受けとめられるとすれば,これは,ひたすら「歴史に対して基本的に必須である感性」を完全に欠落させた「〈幼稚で傲慢〉な態度」の持主であった彼の,歴史問題にかぎらない一般教養「度」の低水準さから発していた問題を示唆した。

 そうかといって,「河野談話」について現政権(安倍晋三などの)が,この文書をよく読んで理解できていたのかどうかはさておき,ともかく吉田清治の関連は明確には触れておらず,特別になにかの意見・指摘は出していなかった。しかし,吉田の関連問題になると,あたかも「鬼の首でもとった」かのように騒ぎたててきたのが,安倍晋三側に着いていた人びとの反応であった。
 

 ※-5 慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話 ,1993年

 いずれにせよ,安倍晋三の立場に関しては1993年,つぎのように公表されていた政府側の正式文章が議論の前提になっていた。

 今次調査の結果,長期に,かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され,数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は,当時の軍当局の要請により設営されたものであり,慰安所の設置,管理及び慰安婦の移送については,旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については,軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが,その場合も,甘言,強圧による等,本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり,更に,官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また,慰安所における生活は,強制的な状況の下での痛ましいものであった。

 なお,戦地に移送された慰安婦の出身地については,日本を別とすれば,朝鮮半島が大きな比重を占めていたが,当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり,その募集,移送,管理等も,甘言,強圧による等,総じて本人たちの意思に反して行われた。

 いずれにしても,本件は,当時の軍の関与の下に,多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は,この機会に,改めて,その出身地のいかんを問わず,いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され,心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また,そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては,有識者のご意見なども徴しつつ,今後とも真剣に検討すべきものと考える。

 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく,むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは,歴史研究,歴史教育を通じて,このような問題を永く記憶にとどめ,同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。

 なお,本問題については,本邦において訴訟が提起されており,また,国際的にも関心が寄せられており,政府としても,今後とも,民間の研究を含め,十分に関心を払って参りたい。

 註記)http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kono.html

河野談話,1993年

 しかしながら,この河野談話に示された歴史の事実は,まだ控えめの表現に留まっていた。1995〔平成7〕に公刊された吉見義明『従軍慰安婦』(岩波書店)を代表的な論著にして,従軍慰安婦問題に対する歴史実証的な研究・解明は,その後において大幅に進展している。その意味でいえば,河野談話の歴史的な意義には評価されるべき内実があった。

 ところが,安倍晋三のような自民党極右の政治家は「戦後レジーム」も問題だという決めつけをしたうえで,そのような河野談話が提出されたのだと反発を示していた。そうだとすると,戦後レジームのもっとも重大な問題であちつづけている在日米軍基地は,安倍晋三の立場(「戦前回帰」の観点)からすると,文句なしにただちに撤去させねばならないはずである。

 だが,こちらの重大な関連の問題について安倍晋三は「実質,なにもいえなかった」。それだけでなく,関係する発言のなにひとつとしてできていなかった。それどころか,集団的自衛権行使を認容する閣議決定をしたあげく,日本軍=自衛隊3軍を,よりいっそう米軍の傭兵部隊であるかのように,しかもアメリカの世界戦略のもとに頤使させられる軍隊にしてしまったのである。

 現状における日本国の軍事事情はそもそも,安倍自身の主張に対して真っ向から矛盾するだけでなく,売国的な行為〔→日本の軍隊を無条件にアメリカ軍の指揮下に差し出すこと〕になってもいる。その意味に即していえば,「戦後レジームからの脱却」という標語的な発想は,野垂れ死と同然になっていたに過ぎない。
 

 ※-6 吉田清治『朝鮮人慰安婦と日本人-元下関労報動員部長の手記-』1977年,および『私の戦争犯罪-朝鮮人強制連行-』1983年

 さて,吉田清治が朝鮮人従軍慰安婦〔の要員化〕問題を小説風に仕立てて「創作」した2著,『朝鮮人慰安婦と日本人-元下関労報動員部長の手記-』1977年,および『私の戦争犯罪-朝鮮人強制連行-』1983年の物語は,歴史的に展開された日本軍の国営的慰安婦施設の実在を前提に書かれていた。

 その内容は,前後して専門的な研究の成果として公表されていた従軍慰安婦問題に対する,歴史的な解明を参考にして記述されたかのような中身にも読める。

 したがって,本ブログの筆者は,吉田清治が戦時中に関係者から事情を聞いたりして執筆したのではないかと推測してもみた。そうでなければとうてい書けないような中身で充満しているからである。

 前段に挙げた吉田の2著,『朝鮮人慰安婦と日本人-元下関労報動員部長の手記-』1977年,『私の戦争犯罪-朝鮮人強制連行-』1983年は,「嘘にもとづいて」書かれたとは思えない内容である。

 ただし,吉田がこの著作にみずから登場して書かれたとおりの人物自身ではないことが,のちに判明した。だから,その内容すべてが虚偽であるという受けとられ方を生じさせていた。

 安倍晋三の理屈はみえすいていた。大前提の話からして,従軍慰安婦問題は認めない〔認めたくない〕とした時代錯誤の歴史〈観〉(?)を,堅く抱いている。なにを聞いても・なにをみせられても,自分のその価値観に合わない〈事実〉は,頭から否定するほかできない人であった。

 そうした安倍晋三と同じ価値観をもつ人びと(政治家たちも)は,従軍慰安婦問題を歴史的に解明した研究の蓄積には,絶対に「目を向けたくない立場」に立っている。「彼らの立場」と「彼らに対立する人びとの立場」とのあいだに,もとより対話や議論がなりたつ余地などありえなかった。

 だから,両者が話しあって「なにか・共通する理解なり認識」がえらえれる可能性は絶無であった。ほとんどが宗教戦争に近い「価値観での絶対的な対立」しか介在しえていなかった。

 いま〔ここでは2014年時点のことだから「当時」において〕日本国首相の地位にいた安倍晋三は,自分の主観的な意見として「慰安婦問題の誤報によって多くの人が苦しみ,国際社会で日本の名誉が傷つけられたことは事実だ」と語った。けれども,その結果として指摘されている「現在的な『事実』」とは,歴史的に実在した「過去的な『事実』」になんら関連性をもてない別物の想像体であった。

 その「現在的な『事実』」というものは,実は安倍晋三の主観的な心中にのみ存在するだけであって,個人的な見解に過ぎない。従軍慰安婦問題とは異質の別次元にある自分の個人な感情問題を,いかにも「日本の名誉(ないしは威信)」の問題であるかのように装いすり替えていた。

 ある女性が,従軍慰安婦問題に対してだが,こういう感想を述べていた。この発言は問題の核心に控えている重要な1点を間違いなくとらえていた。「売春の社会学」といったたぐいの名称を付した本の1冊でも読めば,この女性の発言が示唆する女性側の辛さを理解できないはずがない。

 「従軍慰安婦が,強制的に日本軍から捕らえらて連れてこられたとか,現地の女性が自発的にお金のために,とかいろいろ議論はあるみたいだけど,どっちにしても女性は好き好んでやっていたわけではないはず。胸に秘めた好きな男の人もいたはず。同じ女性として,そのことを想像すると,とてつもなく辛い」。 

 ともかくいま〔2014年時点のこと〕は安倍晋三が日本国の首相である〔であった〕。この首相の立場からは,マスコミ界・言論界に対する自身の価値観を,容易に押し売り的に宣伝できていた。この次元に即してとなるわけだが,『日本経済新聞』に今日〔2014年9月12日〕のベタ記事に紹介されたような安倍の発言,「慰安婦問題の誤報によって多くの人が苦しみ,国際社会で日本の名誉が傷つけられたことは事実だ」というものも放たれていた。

 しかし,従軍慰安婦問題が「日本の恥辱」である歴史的な事実になんら変わりはない。安倍晋三は「国際社会における日本の名誉」をウンヌンしていたけれども,その「国際社会」とは,本当のところ,「日本社会」のそれも「安倍極右政権」を主軸・地盤とする狭い圏域だけを意味するものでしかありえなかった。

敗戦前の日本は悪いことはなにもしていない?

 安倍晋三という人物は,集団的自衛権行使容認の議論のときもそうであったが,それを行使する想定場面としては現実的にはありえない「仮想例」を挙げて得々と説明していた。その説明の方法は徹底的に,日本国民を愚弄する,つまり愚民視するものであった。

 しかも,その「愚弄されてしまったほうの国民」が投票する選挙によって〔とはいっても有権者総数の2割5分ほど支持しかえていなのが衆議院自民党であるが〕選ばれた首相が,集団的自衛権行使容認問題のときと同じ種類の「幼稚で傲慢」な思考方式でもって,「従軍慰安婦」問題にさいしてもつたない理屈を開陳し,これを全国民に対して披露していた。

 もちろん,その程度の弁舌でもネトウヨ的世論には大いに受ける話法かもしれない。だが,21世紀も20年(以上)が経過してきた「今後におけるこの日本国の舵とり」をさせる首相にしては,あまりにも稚拙であって,それも理性を完全に欠如させた〈対話の仕方〉であった。

 補注)2020年9月16日,安倍晋三から菅 義偉に首相が交代したけれども,自民党的に無教養かつ無見識で,なおかつ品位も品格も感じられない政治屋がその座に居すわりつづけている。要は,現状における日本政治のあり方には,なにも変化が生まれていない。

 補注)2021年10月4日からは,岸田文雄の新政権が発足していたが,この内閣がまた安倍晋三や菅 義偉の執権よりもさらに「日本の政治を空洞化」させてきた。「世襲3代目の政治屋」の見本市みたいな国政がいつまでつづくのか,この日本の凋落ぶりは観るも無惨な地点にまで来ている。

 つぎに紹介する金子 勝の語りは当たっているだけに,痛快だという以前に落胆させられる。この題名は「ダッチロールのように墜落する日本」・

 ⇒ https://www.youtube.com/watch?v=ESRDMSidPhc

〔本文に戻る→〕 安倍晋三流にみせてきたとくに「対話の仕方」は,この首相が国際会議に出席したさいに,たびたびみせてきた失態・醜態にもつながっていた。この事実についての日本国民側の把握が甘い。

 要するに彼は,「内弁慶」を唯一の取り柄とするだけの世襲3世の政治屋であった。あとは,ただ「幼稚と傲慢・暗愚と無知・欺瞞と粗暴」を特性:取り柄とする「初老の小学生・ペテン総理」(ブログ『くろねこの短語』命名)に過ぎなかった。

 安倍晋三は,第2次安倍政権の首相になってからちょうど1年目となった2013年12月26日,靖国神社参拝をした。この参拝に対しては世界中から批難を受けた。アメリカ政府は安倍晋三に対して「失望」という言明をした。これは,最大級の非難を意味する外交上の修辞であったことを忘れてはならない。
 

 ※-7 従軍慰安婦に強いられた性的奴隷としての仕事

 従軍慰安婦は靖国神社に1人も合祀されていないというではないか。戦争中は日本軍兵士に対してぼろ切れも同然に,現地妻であるかのごとき役割を1日に何十人もの男子のセックスの相手させられるかっこうで強要されてきた。だが,その兵士たちで戦没死した者はほとんどが靖国神社に合祀されている。

 補注)いちがいにはいえそうにもないが,とりあえずここでは,従軍慰安婦が相手をさせられる兵隊の人数は「1日に40~50人」が相場であったと推定しておく。1人の相手に5分を充てても,「5分 × 50 人」=「250分」(4時間と10分)になる。

 参考にまで,小沢昭一・永 六輔『色の道商売往来-平身傾聴裏街道戦後史-』筑摩書房,2007年から,つぎの段落を引用しておく(307-308頁)。なお,久保木 × × はポン引きであった人物。

 小沢昭一  ひと晩に,多い妓でいくつぐらいまわしとるわけですか。   久保木 × ×  ふだんの日で10人ぐらいとる。

 小沢  いや,まわしをですよ。
  久保木  そう,まわしだけで,売れっ子,お職は,正月なんか1日に50人ぐらいとる。昼間から昼夜兼行ですよ。お正月は書き入れだ。30人以上とると痛くなるそうだ。2階に上がれないという。だからふのりをつける。ここの道具に……。いまの吉原病院の隣に三業事務省があって,そこでふのりを売っていた。

 小沢  ふのりを塗ると,どうなるんですか?
  久保木  ツルツルする。摩擦が少なくなって,痛みが少ない。そして,客がちょいと手をやったら,なんだ,おまえ,ずいぶん気分がいっているじゃないかって,早めに……。

 小沢  そのときツルツルしても,,,あとでバリバリになりませんか(笑)。   
  久保木  洗浄器で洗わせますよ。

 小沢  そこまでやったら,腰がぬけちゃうだろうな。
  久保木  大急ぎで,はりしてやったり,おきゅうすえてやったり,ケツをたたいて「ああ,もう大丈夫だ,いってらっしゃい」(笑)。

 小沢  あのなかは,痛くならないものなんですか?  

(以下にも延々とこの手の話がつづくが,これでお終い)

 かつて,戦場で「彼らの現地妻」という過酷な性的な労役を強制されていた「彼女ら」は,どのくらいの人数になる兵士たちを相手にさせられていたのか,あらためて考えてみたい。

 兵隊が戦争をしていない時で “混んでいる” 状況にあって彼女らは,小沢昭一がいう「まわし」でもって,40~50名(以上)を相手に,毎日「やらされていた」。忙して,ひどい時は,女性のほうは小便垂れ流し,食事は横に用意したにぎり飯を食べながらでも相手をさせられた,という話もある。

 戦況が日本軍側に不利になった時期だと,慰安婦たちは戦場に相当近い場所にいて,とばっちりを受けて死んだ場合もあった。ところが,敗戦を待つまでもなく,そのうち「彼女ら」は消耗品(よりも以下!)のあつかいとなり,「ポイ捨て」に放棄された。

 なかには,兵士とは縁ができて戦後に夫婦になったという例がないわけではない。もちろんきわめてまれな出来事であったが。

 従軍慰安婦たちは戦争の関係で命を落としていても,彼女らが靖国神社に合祀されたという話は聞かない。従軍していた彼女らであっても,軍人年金(天皇からの恩給)とは無縁の存在であった。

 ところで,最近(その後)におけるアベノミクスは,どうなっていたか?

 経済学者やエコノミストの意見は大勢として,その「失敗となりつつある状態=結果」への逢着をきびしく指摘してきた。このごろの〔まだ生きていて現役の総理大臣であったころの〕安倍晋三は,のちになればなるほど,首相としての立場から経済問題にはほとんど言及しなくなった。それはそうである,失策の結論が出ている経済政策の行方になっていたからには,いっさい触れたくなかったからである。

 補注)しかも,このアベノミクスに関した言及は,いちおうこれでも2014年9月段階のものであった。それが,2023年9月のこの時期となれば,もう徹底的になんでもボロクソに酷評可能……。

 なにせ,2010年代においてだったが,この日本の政治・経済をクタクタのヨボヨボにしつくしたが,安倍晋三であった。政治には倫理も道徳もなにもなくさせ,経済では3流国化,つまり「発展下落国」に突き落とすといったまったく下手くそな為政,つまり失政を犯しつづけてきた。

 ということで安倍晋三は,当時まででもすでに結果が明確に出ていた「経済政策」の無策ぶりによる大減点を,従軍慰安婦問題や,この問題に絡めてなのだが,朝日新聞の “吉田清治関連の誤報問題” をあげつらう戦術に出た。これによって国民たちの関心:目先を変えさせ,自分への支持を少しでも挽回したかったと分析できる。

 つまりは,その程度の小細工しか思い浮かばなかったのが,この「幼稚と傲慢・暗愚と無知・欺瞞と粗暴」を誇る「初老の小学生・ペテン総理」の政治屋としてのせいぜいの,すなわち「本当の力量」であった。

 以下に,安倍晋三君の実績を一覧できる諸表などを挙げておく。

統一教会と緊密であった関係は
国民だけでなく自民党本来の立場すら
裏切っていた
統一教会・2世の山上徹也に銃殺されたのは
「歴史の単なる誤算的な皮肉:安倍晋三」だけだったとはいえない
国民のためになにかいいことをやったのか?
つぎの「罪と罰」ならばてんこ盛りであったが
このような内政と外交の実績のために
安倍晋三君が首相を辞めるときの理由が
いつも腹痛であった
安倍晋三の悪政は菅 義偉を経て
岸田文雄に乗りうつっているからには
いまの日本は最悪の状況
半世紀前の対ドル円安は庶民の生活を痛撃中

 この元首相は当時からたびたび,世界中を飛び回っていたが(外遊のこと),近い隣国である韓国1国を相手にした本格的な外交は,とうとうできずじまいであった。「内弁慶の資質」は海外への活動にまで反映されている,ということであった。

 主に「世襲3代目の政治屋」が大きな顔をして偉ぶりつつ,総理大臣になっているかぎり,この国はとうてい上向きの国勢を回復することはできない。従軍慰安婦問題は単に「昔の問題」ではありえず,「現在の政治・問題」への取り組みまで判断できる〈試金石〉でもあった。

 「忘却の歴史観」よ,さらば……。

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