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16歳

 長女が生まれて、もうすぐ16年。

 16歳、難しい年頃である。子どものような、大人のような、曖昧な存在。狭間にいて、揺れ動く。ある時は子どもの顔なのだけれど、ふとしたときに大人の顔をみせる。

 私が叱られることもある。ムッとするけれど、一理ある時は、できるだけ素直に謝ることを心がけている。でもやっぱり、くやしい。16年分の経験を積み重ねてきて、自分なりの考えもあるのだろうけど。時々、ハッとすることを言う。


 母の私からみると、手はかかるが、小さな頃からおもしろみのある子だった。どのように育つのだろうと、楽しみであり、心配でもあった。いつもキラキラとした目をして、好奇心旺盛。おしゃべりで落ち着きがなく、よくケガをする。トラブルに巻き込まれることが多く、敵を作りやすい。我が強い部分があるからだろう。情に厚く、優しいところもあるのだけれど。いつまでたっても甘えん坊で、それでいて芯が強く、そして実は繊細だ。

 小さい頃から、ヒトとコトを別に考える傾向がある子だった。印象に残っているエピソードは、保育園の大好きな先生に対しての報告だ。

「今日先生は、お友達にこんな事(親から見てもあまりよくない事)を言っていた。お友達がかわいそうだ、ひどいと思う。」


 先生のしたことに関して、自分の感じたままに良い悪いを判断していたようだ。幼い子であれば、大好きな先生が言ったことを、そのまま素直に受け取ってしまうのかなと思っていた。まだ幼いながら、好きであることと、その人の行動とは切り離されているのだな、と思った。これだから好き、といった条件で好きなわけではないのかもしれない。その後も、先生のことは変わらず大好きだったけれど、時々先生の言動に納得できない時は、家に帰って報告していた。


 小中学生になってからも、嫌いなクラスメートができたりしたが、それでも、

「嫌いだけれど、ここに関してはすごいと思う。」

と、自分の感情とは切り離して評価することが多かった。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、とはならないようだ。見習いたい。


 親としては、周囲の人に娘の良いところを知ってもらえるといいなと思う。改善すべきところもたくさんあるが、良いところもたくさんあるのだ。高校生になり、人とのトラブルは減ってきたようだ。今まで仲の悪かった子とも仲良くなったりと、人間関係での変化があり、いい傾向のように思える。


 いつも、「もっとほめてよ。」というので、ほめてみた。すると、

「それ親フィルターだから!」

と、素直には受け取らない。やっぱり難しい年頃だな。でもきっと内心はうれしいはず。

 とにかく、縮こまらずのびのびと、今のまま自由な気持ちを持って、成長していけますように。



「16歳おめでとう。」

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