見出し画像

クモとわたし

 秋になるとクモが多くなるのは何故だろう。洗濯物を取り込むとき、新しいクモの巣ができている。クモに申し訳ないなと思いながら、壊すのだが、次の日にはまた作っている。嫌われ者のクモだが、私は、クモが嫌いではない。目が8個もあるなんて、何だか素敵だと思ってしまう。8個の目で見る世界は、どんな世界なんだろう。


 忘れられない思い出がある。

 私が高校生の頃の出来事だ。実家の裏には山があり、虫が多かった。カブトムシやカナブンが飛んでくることもあったし、ムカデやクモなんかもよく出ていた。

 ある時、部屋で勉強していたら、何かの気配を感じて振り向いた。そこにいたのは、アシダカグモだ。家にいる中では、最大ではないかと思う大きなクモだ。床の上から、こちらを向いていた。
 いるだけならいいかと思い、そのままにしておいた。それからというもの、そのクモは私の部屋に居候することを決めたようだった。普段どこに隠れているのかは知らないのだが、時折姿を見せた。心構えしていない時に鉢合わせすると、びっくりするのだが、何となくその子に対してのほのかな愛情も湧いていた。割と臆病で、私が動くと逃げてしまう、恥ずかしがり屋さんだった。

 私は、その子に「マリアンヌ」と名前をつけて、こっそり「マリアンヌちゃん」と呼んでいた。もちろん性別は分からなかったのだが、何となく女の子の気がしたのだ。マリアンヌちゃんは、相変わらず時々現れては、どこかに消えていくことを繰り返していた。


「アシダカグモはゴキブリを捕食してくれるらしい」

 そんな情報を仕入れた私は、マリアンヌちゃんが、ゴキブリを退治してくれるのを期待していた。マリアンヌちゃんは、私にとって、ゴキブリを退治してくれる心強いルームメイトのようなものだった。マリアンヌちゃんが現れてから、部屋ではゴキブリを見ていなかったからだ。

 私とマリアンヌちゃんのルームシェア生活は穏やかに過ぎていくと思われたが、ある日突然に終わりを迎えた。
 学校から帰ると、父が私に言った。

「cotyledonの部屋にクモがおったけん、お父さん退治しとったで。」

 私はショックだったが、父は良かれと思ってしてくれたこと。何もいえなかった。当たり前だ。高校生の娘の部屋にクモがいたら、退治するだろう。まさか、名前をつけてルームシェアしているとは思わない。


「ありがとう。」


 泣きそうになりながら、それだけ言うのが精一杯だった。


 その晩のことだ。私の部屋にゴキブリが出たのは…。たまたまかもしれないが、やはり、マリアンヌちゃんが働いてくれていたんだなと思った。
 クモを見ると、マリアンヌちゃんを思い出さずにはいられない。あの時、私とマリアンヌちゃんは、触れ合いはしなかったけれど、友達のようなものだったと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?