ユーザーがAmazon.comを訴えられなかった、その理由

前回ノートで、「セール価格」表示が不当との裁判判決になったOverstock.comの話を書きました。

問題になった「Comparative Pricing」(あの値段と比較してこの値段なのでお得!)はどのオンラインショッピングサイトでもやっていて、Overstockだけが槍玉にあがっていたわけではありません。

Law360というブログのこの記事がとても参考になりました。Overstockの判決が2014年2月で、その後一年ほどの間に8件のケースがありました。

(ちなみにOverstockの件はCalifornia False Advertising Actに基づいた、カリフォルニア州地区裁判所の判断だったので、判例としての直接的適用範囲はカリフォルニア州ではありますが、その他の州や連邦政府レベルでの訴訟には間接的なレファレンスになってしまい、効果はやや弱まります。)

(1)当然ですが、Amazonも問題になっていました。

8件のケースにはAmazon.comもありました。言わずと知れたオンラインショッピングの王様的存在なので、Amazonに対する判決が業界に及ぼす影響はウルトラ級です。前回ノートにも引用しましたが、Amazonの価格表示ももちろん、「List Price」➖「Price」=「You Save」といった値引き表示が高い割合で出てきます。

AmazonによるComparisonは問題ではないのか?

Amazonにもユーザーから訴訟提起があったのですが、残念ながら裁判にいたりませんでした。なので判決も何もなし。つまらないですね。

その理由は、ユーザー利用規約にあります。

NDAと同じくらい、あるいはそれ以上に読まれずにサイン・同意されるユーザー規約。私は職業病的に読む(目通し)することありますが、99%以上の人が読まずに「同意します」にクリックしていると思います。クリックされた時点で拘束性のある契約が成立するので、時々見て見る価値もあるかも知れません。(利用規約の話題だけでNote複数書けそうなのでいつか取り上げたいと思ってます。)

Amazon.com の利用規約はCondition of Useと呼ばれます。「利用条件」というニュアンスですね。「Terms of Use/Service」(利用規約)の方が一般的なのですが、Amazonは何かここにこだわりがあったのでしょうか。

以下のDispute Resolution (紛争解決)の条項が効を奏し、ユーザーからのクレーム訴訟を却下させ、私的仲裁に持ち込みました。

Any dispute or claim relating in any way to your use of any Amazon Service, or to any products or services sold or distributed by Amazon or through Amazon.com will be resolved by binding arbitration, rather than in court. (Amazonサービスの利用、およびAmazonから購入した製品・サービスに関連するクレームや紛争は裁判所でなく、拘束力のある仲裁で解決します。)

問題となったクレームの流れはこんな感じ:

(1)「Amazonは他ショッピングサイトに比べて誇張した値引率を表示している」とユーザーが訴訟を起こす。場所はカリフォルニア州南部の地区裁判所。(詳しく調べたい場合、ケース名はFagerstrom v. Amazon)

(2)AmazonはConditions of Useの紛争解決条項に基づき、このクレームは裁判でなく仲裁で争うべき、と訴訟取り下げを要求。

(3)裁判所の判断:仲裁条項は有効であり、裁判所はこのケースを扱う場所ではないので、仲裁で解決して下さいとの判断。

仲裁は「Private arbitration」なので、内容は公開されません。なので、紛争の行く末は明らかではないですが、最終的には何らかの示談にいたったようでした。

(2)そんな簡単に仲裁で事を納めてしまっていいの?

「大企業 対 ユーザー」対決は裁判において大企業側が不利になる傾向があります。頑張ってクレームする個人ユーザーと、立派な出で立ちの大企業役員とか弁護士とかが並ぶと、同情票はもちろんユーザーに入りますよね。裁判内容も全て公開されるので、内部情報が露呈されたり、メディアにたたかれたり、いい事なしな状況が多いです。さらに頭が痛いのは「Class Action」(集団訴訟)を起こされた場合です。集団相手の訴訟は手続き的にも煩雑となり、もちろんコストも嵩ます。

なので、企業にとっては私的仲裁で静かに事を納めるメリットが多々あります。ユーザー規約で集団訴訟はしません、紛争は仲裁で解決します、との約束を取れれば非常に有り難や、ですよね。

誰も読まない(読めないくらい長い・複雑)、交渉不可な利用規約。サービス提供企業とユーザーの間のいびつな力関係を考慮し、仲裁条項・集団訴訟回避条項は契約として無効、と長いこと考えられていました。

ところが2011年にアメリカ最高裁判所の判決を受け、仲裁条項が有効となる事例が認められました。(ケースの名前はAT&T Mobility LLC v. Concepcion。長いですが、こちらのWikipediaページもどうぞ。)AT&T はアメリカ最大手の通信会社。最高裁判所に行く前はカリフォルニア州で訴訟が展開されていました。紛争のもとは実は小さなもの(私から見ると)でした。

ざっくり言うとこんな文句:

「0円携帯電話」として販売しているのに、買うときには携帯機種の小売価格相当に対する消費税を払わせる。これは不当表示広告で、詐欺だ!」

AT&Tのやり方に不服だったConcepcionさん親子が訴訟提起して、その上さらに、同様の被害を受けたAT&Tユーザーを巻き込んだ集団訴訟を起こしました。

本当に不当表示だったかどうかはさておき、そもそもこのクレームは裁判でなく仲裁の場で解決するものでしょう、とAT&Tは携帯サービスの利用規約の仲裁条項を持ち出しました。

そんな条項は見てもないし、アンフェアだとConcepcionさん側は拒否しました。

裁判か仲裁かの訴訟に対し、カリフォルニアの裁判所の判断(地区裁判所および控訴裁判所の両方で)は「仲裁条項は無効、よって裁判OK」と出ました。(Concepcionさん達に軍配)

負けたAT&Tがさらに最高裁判所まで控訴し、そこでやっと仲裁条項の有効性が認められました。裁判は取り下げさせられ、仲裁に進んだわけです。

(4)アメリカの利用規約における仲裁条項

AT&Tの例にならい、利用規約は仲裁条項が一般化するでしょうと予測されてましたが、一概にそうでもないようです。

「仲裁条項」にも良し悪しあり、その中でも「超優良」なものでないと無効化される可能性もあって、導入には注意が必要です。また、AT&Tの場合は「裁判とか仲裁になる前に問題を解決する体制がある、場合によってはクレーム額よりも多い金額をユーザーに払い、ユーザーのクレームには十二分に真摯な対応をしている」ことが評価ポイントの一つでした。ユーザーをハッピーにする体制を整え、紛争防止に努めることも必要ということですね。

(私の個人的経験ではAT&Tのカスタマーサービス対応はかなり良い方です。)

最高裁の判決ではまた、「契約的有効性が高い、ユーザーフレンドリーな仲裁条項」の具体的なガイドラインも示してくれています。(判決文は先日亡くなったScalia判事(以前のノートで書きました)が執筆しました。)長いので割愛しますが、読みたい場合はこちらのWikipediaページにどうぞ。

主なポイントは:

*利用規約は分かりやすく、短いものを、いつでもアクセスできるようにする
*ユーザーの仲裁コスト負担を抑える配慮をする(自分の負担を増やす)
*仲裁場所はユーザーに合わせる
*小さいクレームならビデオとか電話会議でもOKにする
*クレーム内容によっては裁判手続きもOKと認めてあげる

というものです。ユーザー贔屓な利用規約にするか、裁判覚悟にするか、悩ましいですよね。

最後に、Amazon.co.jp の利用規約はこちら。日本では普通に「利用規約」になっていますね。準拠法は日本法、紛争解決は裁判所で、になります。ご参考まで!

今日も読んでいただきありがとうございました。


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