NDAで㊙︎って言われても、脳裏に焼きついちゃってるものはどうすればいいの?

前回Noteに続き、NDA(秘密保持契約)の話です。

今日のメニュー:

前菜:NDAって、数も種類も多いのです
メイン:Residuals (「残留情報」)の扱いと、契約のポイント
デザート:社内弁護士泣かせのNDA

まずは前菜。NDAの種類の話から。

世の中に存在する契約の中で、圧倒的に数が多いのがNDAかもしれません。

最初のミーティング申し込みから契約締結にいたるまでに、複数のNDAが必要になることも珍しくありません。

前回書いたように、オフィスの入り口でサインするNDA。
商談を進めるためにまた違うNDA。
数年経って、話し合いを再会することになったら「前のは古い雛形だったので、新しいので結びなおしましょう」と念のためNDA。
本契約に進むと、その契約に入れ込むNDA条項。

あとは、開発系の話だと、開示する情報がハイレベルで取り扱い注意なものになるので、「開発向け」 NDA (Developer NDA)というのがあります。他に比べて長文になり、 「Residuals Clause」というのも頻繁に登場します。

Residuals(残留情報)とは何でしょう?

Residualの普通の意味合いは、「そこにあったものが、どこかに移動したんだけど、元あった場所に残してきたもの」という感じです。たとえばシールを剥がしたときにどうしても残ってしまう「ベタベタ」部分です。きれいに気持ち良くはがせて、残留物ほぼゼロのシールもあるけど、全然はがれなくて、接着剤がベタっと残るものもありますよね。

(可愛いジャムの瓶をとっておいて、保存容器とか小物収納に使うのが好きなので、ラベル剥がしが楽なのを見つけるとそればかり買うようになります。おすすめはジャムそのものも美味しい、Bonne Maman。)

第三者の秘密情報に触れたあと、自分の目に入り、耳に入り、手で触れたものをきれいに剥がしとることは至難の技ですよね。秘密情報として意識してても、脳内に残った記憶を他のもと別パッケージとして分別できるほど人間は器用ではありません。

エンジニアに限らずどんな仕事でも、仕事の過程で「自然に」学んだことはたくさんあります。私の弁護士業務で言えば、あの問題を解決するときに使ったポイント、 この契約の条文、交渉理論、全て自分の経験値となっていきます。あるクライアントの案件でリサーチした法律問題が、次のクライアント案件に直接・間接的に役立つのは止めようがないですよね。相手方弁護士から学んだことも多々あります。

どんな仕事でもそういうプロセスを経て知識が拡散・向上して、全体的な英知が底上げされていくものだと思います。情報の自由な流通があるおかげです。

そんな綺麗事はさておき。。。

シリコンバレーのNDA(あるいは契約に組み込まれたConfidentiality 条項)には良く、このResidualsをめぐる交渉が出てきます 。

「シリコンバレーの大手IT企業から来たNDAで良く見かけます」、というようなくだりで紹介していたこのブログがとてもわかりやすくてよかったです。サンプル契約条項も含め、ぜひ読んでみてください。

一般的には、"unaided independent memory” に残っているもの、と定義されます。文書等に依存なく、自分の自主的・個人的記憶にあるもの。持ち合わせたほかの知識と一緒に咀嚼・消化されたもの、って感じでしょうか。

Residualsについて厄介な点:

(1)誰にとってResidualsなのか?

記憶力抜群で、一回みたものは絶対忘れない人。Photographic memoryといって、一回見たものを100%脳内写真にできる人。彼らには全てがResidualsになってしまうでしょうね。

なので、「一般的常識範囲内の記憶」という表現を入れることが多いです。(どうやってそれを証明するのか、ちょっと想像しにくいですが。)

(2)Residualsは契約対象から外れるのか?

Residualsが定義できたとして、その扱いをどうするか、二つの考え方があると思います。(1)ResidualsはConfidential Informationの定義から除外する、(2)ResidualsはNDAの開示禁止・使用制限義務から外す。

(1)の場合、そもそも契約の対象外となるので、セーフ(自由)ゾーンになりやすい感もありますが、Residualsかどうかの線引きがそもそも難しいことは変わりません。

(2)は契約義務が課される部分ではないので自由に使える感じがしますが、そうでもありません。

なぜなら、Confidential Informationである限り、文書化された情報だろうが、Residualとして誰かの意識に残ったものだろうが、開示した相手の所有物であることが変わらないからです。

どのNDAでも Confidential Informationは開示者 (disclosing party)が所有権等の権利を留保する、となっています。(例:"The Discloser retains all ownership, intellectual property, and other proprietary rights in the Confidential Information.")

他人の所有物を使うときは「使っていいよ」とのお許しが必要なのは世の常。

Residualsがあるのはわかった。でも「使っていいよ」とは言ってないよ、とのお咎めになってしまいます。

上で紹介した弁護士の方のブログでも解説していますが、「使っていいとは誰も言っていないからね!」との一般的文言はこんな感じ:

“Nothing in this paragraph (about Residuals), shall be deemed to grant to the receiving party a license under the disclosing party’s intellectual property rights.”

開示する側にとって、Resisdualsが一人歩きして、競合相手の案件に使われちゃったよ!というのが一番大きな懸念だと思います。なので開発受注を受ける会社にはResidualの使用制限に加えて、競合他社の開発を請け負う場合は担当チームの人間を混ぜないでくれ、という条件を課すこともあると思います。

何気に奥が深い話ですね〜。

最後にデザート。NDAがなぜ弁護士泣かせなのか。。。

まず何より、数が多いのです。スタートアップ企業の最初(かつ唯一)の社内弁護士(つまり法務部長!)に華麗な転職をしたお友達を何人も知っていますが、

「『NDAちょっと見てほしい』ってお願いが毎日のようにあるんだけど、自分一人しかいないので、もう大変。もうNDAレビューはうんざり!」というコメントを良く聞きます。

組織が大きくなるとNDAレビューはどんどん下の人間にふられるようになって、大きなところではparalegalに任せられることも多いです。毎日ひっきりなしに社内のどこかでNDAが発生するので、内容交渉に加えて契約書の管理・保管システムも必要になります。

たかがNDA、されどNDA。リスクが高いエリアって言えばそうだけど、単独では問題になりにくいもの。おざなりにはできないけど、そんなにリソースをかけることもないので、その辺のリスク判断のさじ加減が大事ですね。

今日も読んでいただき、ありがとうございました。

次回は「契約実務にちょっと役立つ(といいな)言葉」を書きたいと思っています。



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