業務の質を保てればそれでよい?「誰にでも出来るようにすること」に潜む危険を考察する

終身雇用や年功序列に代表される日本的経営のかげり、ジョブ型雇用の普及をはじめとした人材の流動性が高まっている昨今。離職者が出て人材の補充が必要となった場合、その新しい人材が会社のこと、特に文化や業務上の作法を知らずとも、離職者と同レベルの能力を持ってさえいれば離職者が行っていた業務を遂行できる体制を構築する必要がある、そのために業務内容を体系化し、規程・仕組みを整備するといった「業務をマニュアル化すること」、いわゆる属人化の排除が肝要であるとの論調が目立ちます。

確かに業務のマニュアル化により業務の質を一定に保つことができれば、それは素晴らしいことです。しかし、そのための業務のマニュアル化にはいくつかの危険が潜んでいます。今回の記事ではその「マニュアル化に潜む危険」について考察していきましょう。

目的と手段のはき違えによる業務の形骸化

ほとんどの業務マニュアルは「手順書」の意味合いが強く、業務上の行為が中心に記述されています。誰にでもその業務をこなせるようにするためには、まずその業務で何をすれば良いのか、すなわち行為を説明することは当然必要です。ただし、気を付けるべきなのは、その行為自体が「目的」ではなく、ある目的を達成するための「手段」だということを常に認識して説明しないと「手段の目的化」が発生してしまう、という点です。

たとえば、店舗における接客マニュアルに「お客さま来店時には『いらっしゃいませ』、お帰りの際には『ありがとうございました』とお声がけすべし」と書かれているとします。この 「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」と声をかける行為そのものは目的ではありません。接客の目的は、あくまでお客さまに商品やサービスをお買い上げいただくことです。「いらっしゃいませ」は、歓待している旨を表明し、お客さまにリラックスしていただくために、「ありがとうございました」は謝意を表することでお店に対する好感を与え、後日の再訪、そしてリピーターになっていただくための手段です。その目的意識を忘れ、マニュアルに書かれている「お声がけ」という行為そのものを目的化してしまうと、「とりあえず言っとけ」的な、投げやりな「いらっしゃいませ」や、気の抜けた「ありがとうございました」が発生してしまいます。これでは、形式的にはマニュアル通りのオペレーションであっても、本来の実質的な目的が達成できないどころか、その目的にとって逆効果となりかねません。

責任感の希薄化と行き着く先

業務をマニュアル化すれば各自のやるべきことが明確になるため、責任の所在が明らかになると思われがちですが、実際はそうではない場合もあります。なぜなら、「やるべきことを明確にする」ということは、同時に「やるべきことが限定される」ということでもあるため、「これさえやっておけば文句は言われない」あるいは「これだけやっておけば自分の責務は果たした(それ以外はあずかり知らぬ)」という、自らの責任を限定する発想に繋がる危険性を孕んでいるからです。そのような考え方に陥ってしまうと、業務本来の目的を達成しようという責任感が希薄化し、ただ決められたことを粛々と進めるだけの業務遂行となってしまいがちです。

監査部による内部監査は、事前に作成した監査計画・監査方針・監査チェックリストに基づき、社内規程の整備状況などの形式的かつ外形的な確認のみに終始しており、実効的な業務監査が行われず、多数の不正行為や審査の機能不全の兆候が見過ごされた

これは、収益不動産ローンの不正融資問題により、現在金融庁から一部業務停止命令の行政処分を受けているスルガ銀行の事案を調査した第三者委員会の調査報告書にある同社の内部監査体制に関する記述です。実際に監査をされていた方々の意識にどの程度自らの業務に対する責任感があったかは知る由もありませんが、不正の防止・検知という監査本来の目的を達成できず、会社が倒産を噂されるような状況に追い込んでしまったことは事実です。もし責任を持って監査という業務本来の目的を達成するつもりであったなら、形式的かつ外形的な確認にのみ終始せず、なぜもう一歩踏み込んで実効的な業務監査を行わなかったのか?という批判は免れないでしょう。

形に出来ないノウハウ・知見の喪失は会社にとって損失である

属人的なノウハウや知見などには、業務のマニュアル化時に業務フローや資料に組み入れることの難しい、あるいはそもそも不可能なものが相当数あります。たとえば、店舗における接客において、ベテランの販売員にはお客様の容姿や表情、仕草、声のトーン、視線、また天候や曜日などの環境的な要因などを踏まえてそのお客様への販売可能性を判定し、自らがそのお客様に割くべきリソースの配分を決めるノウハウが備わっていることがあります。このノウハウをマニュアル化時に取り入れることはたいへん難しいでしょう。なぜなら、そのようなノウハウは体系化されたものではなく、その販売員が今までの自身の経験から体感的に導き出した「直観」のようなものであるケースが大半であり、本人でさえ何でそうなのかを説明することが出来ないということも、往々にしてあるからです。

もちろん、そのノウハウが現実的に役立っているのであれば、背景に何らかの理論が存在するはずです。最先端のAIを駆使し、予測モデルを構築すればその本質を突き止めることは可能かもしれません。しかし、費用対効果という面で考えた場合、とても採算がとれるとは思えませんし、ましてやそれを他の販売員に実装する(?)手法がそう簡単に確立できるとも思えません。

このようなノウハウは、かつては誰かがその販売員の「弟子」になり、時間をかけてその人から技術を盗み、継承していました。しかしそのようなやり方は属人化の排除というマニュアル化の本質に反する手法です。従って、そのようなやり方がマニュアル化と並列に設けられることはまずなく、結果としてこのようなタイプのノウハウは失われてしまうことになります。「それはそれで良い」と割り切る経営的な考え方もあるでしょうが、私はこのようなノウハウの中に商品・サービスの質や生産性の向上、危機回避(トラブルの発生を未然に防ぐノウハウ)、従業員のモチベーション・マネジメント(社内コミュニケーション系ノウハウ)などに資する何かが隠されているのではないかと考えています。そしてそれを失うことは、会社にとって損失であると捉えています。

業務本来の目的を意識する。業務の継承は慎重に

業務のマニュアル化は決して悪いことではありません。冒頭でも述べましたが、同等の能力を持ってさえいれば、誰でもその業務を一定の質で行うことが可能になる業務体制は、人材の流動性が高まっている昨今、企業にとっては大変心強いことでしょう。しかし、そのやり方次第では、マニュアル化したことによるメリットよりデメリットの方が強く出てしまうことがある、ということは心に留めておくべきです。

業務のマニュアル化に際しては、そのマニュアルに則って業務を遂行する従業員が常にその業務本来の目的を意識し、業務本来の目標達成に責任感を持ち、場合によってはマニュアル化出来ないようなノウハウや知見を会得する機会を得られるように心掛けることをお勧めします。

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