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田園散歩、ヌスビトハギのこと

低山が点々としている掛川市西郷の街を歩いた。新興住宅が建ち並ぶ道を抜けると、唐突に田園風景が広がる。RPGゲームのフィールドのように、住宅街と住宅街が山や川、田畑に区切られているのが面白い。

山を越えて隣町に行こうとすると、犬の散歩をしている初老の男性に呼び止められた。山の中にイノシシの巣があって危ないらしい。男性の指差す方向を見ると犬小屋のような格子状の罠があった。「今月は十五匹もかかってる。畑の周りに建ってるライトも全部イノシシ避けだよ」とのこと。忠告を聞き入れて別の道から隣町を目指すことにした。

バイパス道路の歩道はセンダングサ、ヌスビトハギに侵食されていた。いわゆるくっつき虫と呼ばれる類の植物だ。センダングサの細い棘とヌスビトハギの茶色い鱗のような莢(さや)まみれになる。「てぶくろに盗人萩の実を付け来」(辻桃子)。

センダングサの棘は取りやすいが、ヌスビトハギの莢はマジックテープのようにズボンに張り付いて非常に厄介。まさに時間の盗人である。人通りの少ない山道にひっそりと生える姿はさながら盗人で、日の当たる野辺に所狭しと生い茂る様子は盗人猛々しいと言えそうだ。

棘と莢を取るためにしゃがみこんだ時、落ち葉がつもった湿り気のある土の匂いがした。幼い頃、友達とくっつき虫をつけあったことを思い出した。立ち上がり空を見ると、淡い月が浮かんでいた。宮沢賢治は「一本木野」という詩で、ヌスビトハギの莢を「三日月がたのくちびる」と表現した。

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