佐藤友亮_飯田祐子ご家族_

第2回:佐藤友亮さん・飯田祐子さんご夫妻(後編)

 この連続インタビュー『困難な子育て』は、[凱風館]の門下生や関係者の皆さんの中で、現在子育ての真っ最中の方々——それもさまざまな職種や立場の——に、個々の子育ての実践やそこから得た知見、子育てにおける想い、子育てをされている方へのアドバイスなどをお話しいただくことで、少子化が先見課題であるにもかかわらず子育てがいささか困難になっているこの国の現在の、「子育てのかたち」や「子育てという営為の本質」について見つめ直していこう、という試みです。
 なお内田 樹氏の呼称については、[凱風館]に出入りしている方々の共通の呼称である「内田先生」に統一します。

聞き手・構成:堀埜浩二(説明家)

 ともに大学で教鞭を執られており、内田先生と長きに渡ってお付き合いされている佐藤友亮(ゆうすけ)さんと飯田祐子(ゆうこ)さんのご夫妻。前編(https://note.mu/bricoleur/n/n5719a2b2391c)ではお2人の出逢いから、長女・仁怜(にれ)さんの幼稚園〜小学校事情について、続く中編(https://note.mu/bricoleur/n/n65b3874a046a)では、お2人それぞれの子育てへの関わり方や、凱風館との関わりの中で培われた事柄についてお聞きしました。最後の後編では、仁怜さんが成長していくにつれて向き合いつつある様々な事柄や、凱風館との関わりや合気道を通して培った“入りやすくて出やすい”開かれたコミュニケーションの在り方についてお話し頂きました。子育てという現在進行形の今を充実させる知恵とは?

夫:佐藤友亮さん

1971年、岩手県盛岡市生まれ。神戸松蔭女子学院大学准教授、内科医。1997年に岩手医科大学を卒業後、臨床研修医を経て2001年に大阪大学大学院医学系研究科に入学。大学院修了後も、同学で臨床と研究を継続。2012年より現職。大学院在学中の2002年に合気道の稽古を開始。合気道凱風館塾頭(会員代表)、神戸松蔭女子学院大学合気道部顧問。公益財団法人合気会四段。著書に『身体知性 医師が見つけた身体と感情の深いつながり』(朝日新聞出版・2017年)がある。

妻:飯田祐子さん

愛知県名古屋市生まれ。育ちは小牧市。名古屋大学人文学研究科教授。専門は日本近現代文学、日本文化論、ジェンダー批評など。名古屋大学・大学院を経て、1995年4月から2014年3月まで、神戸女学院大学文学部総合文化学科に勤務。2014年4月より現職。内田先生が始めた神戸女学院の合気道部で、1999年から合気道を始め、三段になったところで妊娠、出産。現在は芦屋〜名古屋間の通勤もあるため、合気道はほぼ休止中。著書に『彼らの物語 ―日本近代文学とジェンダー ―』(名古屋大学出版会・1998年)、『彼女たちの文学 ―語りにくさと読まれること―』(名古屋大学出版会・2016年)などがある。

前編中編から続きます)

中学受験に向き合い始めるタイミング

——仁怜さんは、まだバレエも続けているんですか。
飯田さん
 続けてます。やめたくないそうで。バレエとバイオリンと、今は学習塾にも行き始めてます。
佐藤さん 大きくなってきたら、学校が退屈だって言い始めて。それで2018年の2月から塾に通うようになりました。
飯田さん 学童が3年生で卒業なんですよね。今は希望すれば6年生まで行けるようになったんですけど、ほとんどの同級生のお友達が3年生で辞めちゃうし、うちも学童を卒業することにしたんですが、そうなるとうちに帰って来てから1人の時間が長くなるんですよね。それで、学習塾っていうのも選択肢としてあるかなと思って見学に行ったら、仁怜が「行ってみたい」というので、通うことになりました。

——学習塾は同じ学校のお友達が多いんですか?
飯田さん
 そうです。阪急の西宮北口駅まで、電車で通っています。
佐藤さん 自分の人生において想像していなかったことですが、夜に駅まで迎えに行ったりもしてます。気恥ずかしいですが、これが現実ですね。

——学習塾が当たり前になっていて、小学校も高学年になると塾に通ってない子の方が少ないんでしょうか?
佐藤さん
 決してそんなことはないと思います。
飯田さん みなさん、いろんな塾に通っていますよ。地元の塾に通っている子も居るし、仁怜が通っているのは中学受験のための勉強をする塾なんですけど、一口に学習塾といっても目的がいろいろありますから。お友達の半分も塾に通っているかどうか……、正確には分からないですけど。

——仁怜さんは中学受験を目指しているんだ。
飯田さん 今は一応「受験しよう」ということになってます。

——塾のお友達とは「どこの中学に行こうかな」とか、話してるんでしょうか。
飯田さん 塾でも学校でもしてるみたいですね。関西には、そういう傾向があるんじゃないですか。私は出身が愛知県で……、愛知県って基本は公立という文化で、私立の中学校は数も少なくて、あまり「受験」という発想そのものがなかったと思います。阪神間は、すごく多いですよね。
佐藤さん 凱風館の周りでも小さな子供がいる人は、子供が大きくなってくると、塾に通わせようかどうしようかって、いろいろ考えるようになってくるんじゃないかなと思いますよ。凱風館道場には、小中学生の子供と一緒に合気道をしているお母さんやお父さんが何人かいらっしゃいます。大人も子供も、みなさんいろんなことを考えておられるんだろうなと思います。

——阪神間は私立で良い中学校もたくさんあるから、中学受験をする子もきっと多いんでしょうね。
飯田さん 歴史の古い学校もあるし、大学までつながっている学校もあるし、学風の違う学校がいろいろありますよね。私は阪神淡路大震災の年に神戸女学院に勤め始めたんですけれど、この20年ぐらいの間に、変化もしていますね。

——飯田さんは女学院に来る前は?
飯田さん 大学院生で、名古屋にいました。幸運なことに、博士課程に在籍しているうちに、女学院に就職できました。

——お勤めに関しては、全然苦労していない?
飯田さん 正直なところ、していません。
佐藤さん 学位論文が、良い仕事だったんでしょ。
飯田さん 女学院が大好きでしたから。こっちに来て、仁怜も生まれて、もうこの場所に骨を埋めてって思ってました。女学院をすごく気に入っていたので、他の場所に行きたいとは全然思わなかったんです。

——居心地良いですもんね、女学院って。
飯田さん すごく働きやすいところですよ。ほんとに楽しかったから。でも母校の名古屋大学については、実家が名古屋にあって、母も年老いてきたし、異動を考えた唯一の場所でした。今は私が名古屋に行ってる間に母がこっちに来たりもしてますけど。私は、入れ替わりに、母が居ない空の実家に帰ったりしてます。

——ご実家にはお母さんお1人で?
飯田さん 父はもう亡くなって、今は母1人なんです。もうすぐ78歳ですけど元気です。仁怜も母にはすごく懐いていて、母が来たら必ず一緒に寝てます。すごく仲良し。

——身内の方と適切な行き来があって、仲が良いのは、子育てにおいて楽になれる一つのポイントですね。
飯田さん 佐藤と母も、私のいない時も仲良くやってくれていて、それもすごくありがたいですね。2人で仁怜の面倒を見て、2人で相談してやってくれていますから。
——「6ポケット」とか言って、今はおじいちゃんおばあちゃんというのは財布をアテにするだけで、子育てそのものに関わるのは避けられているみたいな面もあるようですが、やっぱりいろんな大人が関わる方が良いですもんね。


「入りやすく出やすい場」があることで

——お2人の中で、一緒に子育てをしようという話をしていて、子供に自由にのびのびと育ってもらいたいと思っていらっしゃるのは、お2人が共に大学教授をされている中で、前向きな希望を持った中で子供を育てているからこそで。時間に追われるようなガチガチのサラリーマンじゃないからこそ、できている部分もあるんじゃないでしょうか。
飯田さん 恵まれてますよね、ほんとに。感謝しています。

——佐藤さんはご著書にも書いておられるように、お医者さんであり、合気道もやっているということで、身体と知性について考えて論じる立場でもあります。だから子育てについても、いろんな面からデリケートに考えられる。知性があるからできる余裕っていうのは、大きいんでしょうね。
佐藤さん 身体的な感覚を大切にすることを知性的に行えればいいなとは思っていますが、それができているかどうかは、よく分からないです。仮に「うまくできた」と思ったとしても、過去のことに満足していても意味がないと思いますから。家庭生活では、常に「いま」どう振る舞うかが求められますよね。家庭では、「あの時のパパはナイスだった。冴えていた」では、目の前の問題を解決できないですよね(笑)

——凱風館の周りの方々には、合気道を通して自分たちの中で共有している体感的なリテラシーがあるから、よりコミュニケーションを「開いたもの」とした方が楽なんだろうと思える環境にあるんでしょうね。
飯田さん そう思いますね。
佐藤さん 一方で、世の中は元々もっとおおらかだったのに、人と人との繋がりにおいて敵対的な人間関係を作らないといけないということが、いろんなところで増えていて。ビジネスやスポーツの世界、あるいは家庭にもそれが確実に入り込んでいるような気がします。社会全体がすごく競争的、攻撃的な感じになっている。ふと気づけば、攻撃と防御にエネルギーを取られてしまってしんどそうな人が目につきます。そのような状況で、凱風館に集まる人達は、世の中全体の風潮とはちょっと違うかたちで、コミュニケーションを持ちたいと思っている人が多いように感じます。同時に、内田先生が社会に対して発信されているメッセージの中で、例えば「競争しない」とか、そういうことって、単純にその言葉だけを切り取って、「そんなの無理じゃん」みたいに受け取ってしまう人が世の中全体には多いのかもしれないなと思います。現在の社会状況では、大切なことがなかなか伝わりにくくなっているのかなと。

——「そりゃあ佐藤さんは立派な一軒家に住んで、夫婦ともに大学教授だから、好きなことを言えるんでしょ」とか言われてしまったら、そこから先には全然進めません。
佐藤さん 繰り返しになりますが、自分としては「凱風館以外の場所で、凱風館で培ったコミュニケーションの作法を活かす」ということが大切だと思っています。常に感謝を忘れずにいたい。私は特に子供を中心に考えはしますけど、自分より立場が弱い人の気持ちっていうのを忘れずにって、本当に大事なのはそれだけなのかな、と思ってやっている部分がありますね。私は内田先生がおっしゃっていることは、「競争以外のかたちで、自分を成長させることが必要なんだ」ということだと思っています。そして自分を成長させるというのは、自分よりも立場の弱い人を守れるようになることだと思います。

——この連続インタビュー企画も、「あなたたちは凱風館に関わっているから」とか、「うちの地元には凱風館がないし」とか言われると、とても困ってしまいます。
佐藤さん 北海道の「べてるの家(*注釈1)」は、精神障害などを抱えた方々の地域活動拠点なんですけど、社会的には同じような受け取り方をされることがあるようです。自分の肉親や関係が近い人が精神疾患を抱えた場合に、「なんとか、べてるの家に入れてほしい」と思う人達と、「自分の周りにはべてるの家はないから、べてるの家の活動は参考にならない」というふうな見方をする人達がいるようです。

——日本全国に「べてるの家」があるわけじゃない、と。
佐藤さん 同じような立場で、もっとポジティブにやっている人はもちろんいるわけですけど、「べてるの家」をネガティヴに捉える人たちは、ずっとそういうことを言い続けていて。
飯田さん なんというか。それぞれのやり方で場所を創ればいいんでしょうけれど、人が集まると何か問題が起きるんじゃないかというような、集まることへの警戒心が最初からあるようだと、ネガティヴになりやすいのかもしれませんね……。凱風館で学んだ事っていうのは、いろんな人が集まっても「まあ何とかなる」っていう、ギシギシやるんじゃなくてゆる〜くやっているのが良いっていうこと。内田先生の考え方、やり方で。
 私なんか、今は稽古に全然行けてないんですけど、だからといって決して敷居が高くならないんですよね。また凱風館に稽古に行ったら、「ああ久しぶり」みたいな感じで行けるだろうなあっていう安心感があるんです。

——やっぱり「習い事」じゃないんですよね。習い事って久しぶりに行ったら「何してたの?」って感じになりがちですけど。「入りやすくて出やすい」という。
飯田さん そう、入りやすくて出やすい、しばらく行かなくても時々でも入れるっていう。あの感じは内田先生が創っている文化だし、それを経験すると、複雑な人間関係やお金が有る無しの問題とかに捕われずに、それぞれに何とかなるんじゃないかっていう。まあ問題があったら離れれば良いし、状況が変わってきたらまた一緒にやったら良いしっていうような、そういう感じの結びつき方、ゆるく折り合えるところで一緒にやろうっていう感じが良いのかなって思います。
佐藤さん 合気道の特長の一つだと思うんですよ。合気道は試合をしないので、結果や勝ち負けに対して進んで行くみたいな事がないんですね。「今は辛抱して、我慢して、この先には何か光が見える」とかじゃないんです、おそらく。そうじゃなくて、今この時を充実させていく。稽古というのは「将来のためにする」のではなく、もちろん積み重なってはいくんだけれども、「今ここ」の過ごし方に対して自分が問われる。「今」を充実させる事が何よりも重要で。おそらく子育ても、「いつか終わるもので、それまでは辛抱しよう、我慢しよう」とかじゃないのかなと。

子育てという今を、どう充実させるか

——「子育てがしんどい」というのは、「今ここで子供と過ごす時間を充実させる」という感覚が薄いからなんでしょうか。私自身は随分と子育てを楽しんで、そこからいろんなことを学んできたので、「子育てがしんどい」というのがよく分からないところがあります。
飯田さん たしかにそうです。基本的に、経験しているということ自体が面白いんですよね。与えられた環境と場所によってもちろんいろいろあるけど、どんな事でも「経験するのが面白い」ですから。子供を見ているのは面白いし、自分の変化にも「こんなことがあるのか」って驚く。もちろん大変な事もたくさんあるんですけど、それもやっぱり経験だから。「こんなにイライラするのか、私って」とか思う事自体が面白いです。

——赤ちゃんから子供になる過程って、一番面白いじゃないですか、観察していて。この子は今、何かに目覚めというのが分かる瞬間が頻繁にあるでしょ。ジャック・ラカン(*注釈2)じゃないけど、自分を獲得する過程みたいな。あれを見続ける経験って、なかなか得難いものだと思います。
佐藤さん 話は少し変わりますが、この前、私が産業医として仕事をしている会社で、久しぶりに白血病で入院された社員がいたんです。かつて私は、病院に血液内科医として勤務していたのですが、自分と同い歳とか、同年代の人が、ある日突然に「白血病です」と言われて、病院に来るんです。人間って本当に、いつ何が起こるか、どうなるのか全く分からない。それは私自身の人生観の中心にあることの一つかなと思います。でも、「いつ何が起こるか分からないのだから、何でもいいや」ってことじゃなくて、やっぱり人間の命って有限だし、今を充実させていかないと。そのような意識と「幸せ」って、深く繋がっていているんじゃないかなって気はします。そう考えると、子育てというのもまた、「今を大切にする」という意味で、実に得難い、貴重な経験ですよね。
飯田さん 子育てでは自分のやり方を押し付けないってことが大事だと思っているんですけど、ついつい「私はこう思う」って言いたくなるじゃないですか。それが子供にとって必ずしも良いとは限らないのに。例えば子供が小さい時に、外に着ていく服を子供が自分で選んだら、私の好みと全然違う、というかその組み合わせはちょっとどうなのかなと思った時とか。佐藤はそういう時、「仁怜がそれで良いって言ってるんだから、良いんじゃない」って言うんです。私はやっぱり瞬間的に、これを着せてる親ってどうよ?みたいな、自分に向けられる人の目を気にしてるんですよね、そういう時。
佐藤さん それで言うと、仁怜がバイオリンを演奏していて音程が違ったりすると、彼女は何ともいえない嫌な顔をするんですけど、それを子供は「何なん!」みたいな感じで、めっちゃ嫌がる(笑)

——飯田さんもバイオリンをやってたから、そこは気になる(笑)
佐藤さん
 バイオリンの先生がいるんですけど、そこにはやっぱり、母親である彼女の好みみたいなものが出るんですよ。
飯田さん できるだけ黙ってるようにしていますよ。言わないように(笑)

——子供って意外とそういうことを気にしていますよね。あぁ、お母さん、「この前こんなこと言ってたな」って、それもジワジワと内面化していく。とりあえずは家を出るまでは親に言われた服を着て、外に出たら脱いだら良いとか、駆け引きもするようになってきます。そういうのが自然と身に付いてくるのも面白い。
佐藤さん
 そういう意味では全然きれいごとじゃなくて、学習塾とかにしてもね、やっぱり「ここまでやるのか」とか、「それで幸せになれるのか」とか、いろんな事を思うし。子供が成長したら社会のいろんな事と直面するじゃないですか、携帯電話を持たせるかとかも含めて。それも、あまりに極端に浮世離れしたようにはできないし。今、現場で子供を育てようと思ったら、一つ一つの事に悩んでいかないといけないんですよね。そこでやっぱり大事なことは、親子でちゃんと話し合うことなのかなって。
飯田さん うちは話し合いがほんとに多いです。バイオリンの練習だって、今日はどういうふうに練習するかっていう話し合いを、毎回しないといけないんですよ。なんでこんな事になるのかと思うけど、やり始めるとすぐに揉め出して、じゃあどういうやり方だったら2人で仲良く出来ると思う?って、また今日もここからかって。それに時間がかかって、楽器を触る時間がなくなる(笑)いつもいつもやり方についての話し合い、ありとあらゆることに関して、ほんとに。

——佐藤さんはそういう時、「何で女同士はこうなるんかなあ」ぐらいの感じで見てるの? 男親と女の子とかは、そんなふうにならないですもんね。
佐藤さん ならないですよね。
飯田さん どうなのかなあ? 私とだけじゃない気もするけど。
佐藤さん お互い正面からぶつかってる感じがするんです、ものすごく。好みの提示の仕方とかがね、バチバチッと。
飯田さん お互いに全然、譲らないから。

——そういう時に仁怜さんは、どう思ってるの?
仁怜さん もう分かりきっている事をずっと言うから、「分かってるし!」ってなる。
佐藤さん 分かってるけどできないみたいな事を言われると、カチンとくるって感じ。

——でもそれって、大人になっても変わらない。だから仁怜さんが怒っているなって思った時は、お母さんもちゃんと引いてる。
飯田さん 工夫してるよね、お互いに。どうやったらケンカしないでお稽古できるかって話ばかりしてるよね。今日はケンカしないでやってみようかとか、それが目標になったりします。今日はケンカしないで練習を終えられたじゃん、私たち。次回からもまたこれで行こうって(笑)

——バレエとバイオリンはずっと続けたいって思ってるのかな。いつぐらいまでやろうかとか、考えた事はありますか?
仁怜さん まあ、嫌になったら。
——嫌になるのがいつかは、分からないものね(笑)


仲良しだから言える、好きなところと嫌なところ

——仁怜さんから見て、お父さんってこんな人、お母さんってこんな人って言える事はありますか。好きなところとか、嫌いなところとか。
仁怜さん パパはモノを買ってくれたりするとことかは好きだけど、すぐ怒るから嫌。

——そんなにすぐ怒るの?
仁怜さん すぐには怒らないけど、怒ったら怖すぎる。こないだロイヤルホストに行った時もそう。元々行きたいって言ってたつもりだったけど、ちゃんと伝わってなかったみたいで、パパが家でご飯作って待ってたの。
飯田さん 2人でバイオリンの稽古に行ってて、「今日は外食にしよう」って話になって、「じゃあロイヤルホストに行くか」と。家に連絡して「ロイヤルホストに行く事になったよ、ごめん」って言ったら、もう……(笑)

——佐藤さんは、お家でご飯を作って待ってたんですね。
佐藤さん 炊きたてのご飯をみんながおいしく食べられるようにって、丁寧にお米を研いで、米を水に浸す時間の計算をしたりして。まあ、私にしたらその前に、家で勉強するときの態度が悪かったり、周囲への感謝や配慮が足らない言動が目についたりというような蓄積があったわけなんですけど……。子供にしてみると突然だったのかも。

——ロイホに行くのが引き金になった(笑)まあでも、そんなに怒鳴ったりすることはないでしょ。
佐藤さん いや、かなり強く怒る時はありますよ。
仁怜さん もう、うちの子じゃないから出て行け!とか。
飯田さん 仁怜が怒られる時は、だいたい物をなくしたとか、ママの言う事聞かないとか、言っても言っても動かないとか。
佐藤さん 実は僕の中では一貫性があって、それは例えば、ママがしんどくて寝てる時に無理矢理起こそうとするとか、後はお年寄りのおばあちゃんに対してものすごく悪い口をきいて、それに対して謝まらないとか。そういう時に、ちゃんと自分から謝ることができない時に、強く叱っています。あとはまあ、モノを片付けない時とかも(笑)
仁怜さん 片付けなかったら、めっちゃキレるじゃん。

——モノを買ってくれるのは好きって言ったけど、それ以外にも好きなところあるんじゃないの?
仁怜さん 時間を守るとか、約束は絶対守るとか。でも守り過ぎて、きちっとし過ぎて、というのもある。

——約束を守り過ぎ(笑)じゃあママの好きなところと嫌なところは?
仁怜さん 何かもう、すぐため息ついて。バイオリンとか習ってても、すぐ「はぁ〜」とか言って、「何なん!」ってなる。
飯田さん 言わないようにはしてるんですけど、ようやくもらしたため息じゃないの(笑)「ママは何のために聴いてるわけ? 何にも言っちゃダメだったら、どうして聴いているわけ? 聴かななくてもいんじゃん」って言ったら、「そうじゃない!」とか、この人もよくいきなりキレるし(笑)

——好きなところは?
仁怜さん 特にない……。
飯田さん 全部好きだからね(笑)


いずれは向き合わなければいけない、スマホ問題

——スマホはまだ持たせていないんですか。飯田さん それはまだ。高校に入ってからで良いと思ってますけど。
仁怜さん 中学校だよ、絶対。
飯田さん その時に考えよう。

——今はどこの家でも、それで葛藤するらしいです。
仁怜さん 小学校で持っている子もいるよ。お父さんと兼用だけど。

——へえ。お父さんと兼用って、一つの手かも。
仁怜さん お父さんがお仕事で持って行くから、その時は触れない。だからやり過ぎない。
飯田さん なるほど、お父さんのをちょっと貸してもらってるわけだね。
仁怜さん いや、本来は自分用なんだけど、お父さん専用のがないから、お父さんが使っているらしい。
飯田さん お父さんが、娘さんのスマホを借りてるの(笑)

——でも一つのスマホをシェアしてたらヘンな事にはならないから、安心感はありますね。
飯田さん ほんとですね。
仁怜さん アプリとか勝手に入れてたら、すぐ分かるし。
飯田さん スマホはいろいろとルールを決めないといけませんね。連絡をとるだけなら、キッズ携帯でいいんですよね。
仁怜さん あれ、写真が撮れないじゃん。
飯田さん 写真なんかいいじゃん。いつでも写真ばっかりに夢中になるよ。眼で見たら良いでしょ。

——佐藤家は、旅行とか行った時にパチパチ写真を撮る方?
佐藤さん そんなに撮らないですね。
飯田さん 私も、自分が元々あまり写真を撮るタイプじゃなくて。少しは記念に撮るけど、あまりたくさんは。まあ、子供が出来てからは、さすがに増えましたけど。

——それも子育ての楽しみの一つですから。バレエの発表会とかは、写真撮ってるんですか。
佐藤さん 撮影は禁止なんですよ。

——時代ですねぇ。親御さんや関係者でも。
飯田さん 発表会はDVDやブルーレイを、後で買わないといけないんです。買いたくなければ買わなくても良いんですけど。

——そういうビジネスモデルになっている。
飯田さん 幼稚園の運動会や発表会もそうでした。小学校の音楽会も学校側でちゃんと撮ってくれたものを、買うことになっているので。

——学校によっては違うんでしょうけど、方向としてはそっちに行ってるのかな。
飯田さん 場所取りなどがどんどん激しくなっちゃうらしいですね。幼稚園の時には、本番と撮影用にもう1回、運動会の日があったよね。走ったりとかはなくて、ダンスだけ。その時には写真を撮りに行きました。自分の子供だけ撮れれば良いから、順番が終わったら場所を譲れる。そうじゃないと、一回取った場所を動かない人がいるから、すごく大変になるんですって。
——写真や映像の記録にしても、スマホにしても、昔に比べたら便利になった分、ルールというか「縛り」が増えてくる。そういうこととは、都度向き合ってやっていくしかない。そこでのルールに「正解がない」というか、「その都度の正解を探り当てる」という部分も、子育てに通じることなのかも知れませんね。

*注釈1「べてるの家」
1984年に設立された北海道浦河町にある精神障害等を抱えた当事者の方々の地域活動拠点。

*注釈2「ジャック・ラカン」
ジャック・ラカン(Jacques-Marie-Émile Lacan、1901〜1981年)はフランスの哲学者・精神科医・精神分析家。自己獲得の過程を発達論的観点から説いた鏡像段階論では、幼児はいまだ神経系が未発達であるため、自己の身体的同一性を獲得していないので、鏡に映る自己の姿を見ることで、自分の身体を認識し、自己を同定していく。この鏡は他者のことでもあり、人は他者を鏡にすることにより、他者の中に自己像を見出していくと説明した。