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酸ヶ湯温泉湯治 冬の巻 

 正月明けて、今年度2度目の酸ヶ湯温泉旅館湯治である。
 酸ヶ湯温泉は八甲田山麓の標高925mに位置し、雲上の霊泉とも称される。前回の滞在は6月半ば。初夏にもかかわらず蛇口からの水はキリリと冷たかった。

 さて今回は暖冬とはいえ、酸ヶ湯は深々とした積雪で真っ白に覆われていて、山スキーを目当ての客で大変な込みようだ。しかも外国人客が多い。
 
 酸ヶ湯温泉旅館には旅館棟と湯治棟があり、様々なタイプの部屋が用意されている。いつもの部屋、自炊棟3号館の6畳間は一人分の布団を敷いてのんびり過ごすには十分の広さで、水洗トイレと小型冷蔵庫がついている。今回もやむをえず食事付きプランになったが、いつか自炊湯治を楽しみたいと計画中だ。

3号棟1階の自炊場

 酸ヶ湯温泉旅館の名物に凍み豆腐がある。以前の宿泊時、夕食に出された煎餅汁の中に具材として入っていて、豆腐の細かな気泡が出汁を吸ってたいそう美味しかったのだ。売店で聞くと凍み豆腐は現在品切れで、今年は1月後半から仕込みに入るという。連日氷点下となる厳冬期ならではの青森の味だ。

「御鷹々々サロン」からの雪景色

 湯治場で何をして過ごすか。
 何もしないという贅沢もあるが、酸ヶ湯温泉旅館の常連客だった版画家棟方志功はここで湯治をしながら作品を制作した。志功が滞在した旅館棟イ棟〈しころ〉は今も現役の部屋だそうだ。

 繁忙期で今回は連泊も滞在延長も叶わなかったので、10時チェックアウトからは旅館内待合サロンである「御鷹々々サロン」でしばらく寛ぐ。テイクアウトした酸ヶ湯ブレンドコーヒーを手にぼんやりしていると、目の前に棟方志功の、あの『御鷹々々図』(縮小レプリカ)があるではないか。なんと偶然にも昨年の夏お盆に、オリジナルの実物作品に出合っていたのである。

「御鷹々々サロンから」

 実物『御鷹々々図』はレプリカとは比較にならない程に大きく、堂々とした六曲一双屏風である。青森市にある棟方志功記念館での『生誕120年記念特別展友情と信頼の障壁画』に出品されていた。(棟方志功記念館は老朽化のために2023年度末で閉館)倭画と呼ばれる色彩鮮やかな肉筆画で、鷹を題材にして八甲田の自然の厳しさと雄大さが感じられる優れた作品だ。

『御鷹々々図』右隻 倭画1960年(展覧会場で撮影)

 鷹は志功が好んで描いたモチーフのひとつで、そのきっかけとなった有名なエピソードがある。

 25歳の時、志功は八甲田大岳で神の鷹と呼ばれる見事な鷹に出会った。鷹は飛来し志功の頭上を舞ったという。「鷹を見れば出世する。世界一になる。」という鹿内仙人の予言どおり、志功は世界のムナカタと呼ばれるほど成功した。鷹との出会い以降、鷹に神性を感じた棟方はこれをモチーフにした作品を数多く手がけることになる。
 
 旅館の廊下には数枚のモノクローム写真が展示されていて、彼のアイコンである度の強い丸眼鏡をかけた志功の姿がみえる。酸ヶ湯温泉旅館の浴衣を着た志功。その背後にはあの『御鷹々々図』だ。

『御鷹々々図』を背にした棟方志功
『御鷹々々図』を前にしてお神酒を捧げ笛を奉納する

 神鷹のエピソードは作り上げられた架空のおとぎ話でない。「私一個人の力は知れたものである」そのことに、若き芸術家は25歳にして既に気づいていたようである。

 大戦中、富山県に疎開した折に浄土真宗の影響を受けた棟方志功は、次の言葉を残している。

自分というものは小さいことだ。自分というものは、なんという無力なものか。(略)自分から物が生まれたほど小さいものはない。そういうようなことをこの真宗の教義から教わったような気がします。

人智を超えた大いなる存在を信じて、志功は自らの行く道を邁進した。

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