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喫緊の課題 ~物流施設・羽田クロノゲートを見学して~

あるメーカーで働いていた時のこと。都心のオフィス以外にもう一つ、羽田に拠点があった。興味はあったが、当時は縁がなく、ずっと気になる存在になっていた。

羽田クロノゲート。宅急便ヤマトグループの物流ターミナルである。主に、営業所から集められた宅急便の荷物を行き先別に仕分けをしている。見学コースに申し込んだ。1カ月先まで予約が取れない人気ぶりで、期待が高まった。

最寄り駅の穴守稲荷は、空港に近いだけで何もない。そこから徒歩5分。環状八号線を渡ると東京ドーム2個分の広さがある施設に着いた。緑豊かで、ビオトープではカブトムシを育てているらしい。

当初の目的は、物流以外の「付加価値サービス」について知ることだった。それは「流通加工」と呼ばれる作業の提供であった。例えば家庭から壊れた家電を回収し、それをメーカーに渡すのではなく、クロノゲートで修理し、再び家庭へ送り返す。あるいは、病院から送られてきた手術道具を、医療器具メーカーに送らず、ここで洗浄や点検をして、次の病院へ流通させる。一連の加工作業をワンストップで行うことにより、利便性や効率化に役立っているという。宅急便以外にもいろんなサービスを提供していることを知り、感心した。

いろんなサービスと言えば、美術品の輸送は宅急便より古い歴史があるらしい。「おすすめの映像があるので、ぜひご覧ください」。見学コースの案内係がつけ加える。「絵画や仏像だけでなく、過去にはエジプト展のミイラも扱ったことがあるんですよ」。梱包から、搬入、搬出、展示に至るまで、輸送に関わる全工程を請け負っている。

例えば、ゴッホのひまわりのような歴史的絵画には、まずガラス面に保護テープを貼る。次に特殊シートで何重にも包み、寸法を測り、納める箱を作る。絵を立たせた状態で運べる専用の台車で、そろりそろりと移動させる。
仏像を扱う際には、まず顔と手から。薄紙を重ねた緩衝材を何重にも巻いてゆく。見ているだけで緊張感が伝わりドキドキする。だが、どれも慎重かつ丁寧な手作業で、手際のよいプロの技に惚れ惚れした。

「お寺が山の上にある場合は、作業員が仏像を背負って運ぶんですけど、その時に使う背負い籠も仏像の大きさに合わせて作るんですよ」。案内係が誇らしげに補足した。今では、美術館から指名が入るほど信頼されているという。こんど美術展に行ったら、協賛にヤマトの名前があるかどうか、チェックしてみよう。

だが見学コースの目玉は、何といっても見学通路から見降ろす「仕分けエリア」だった。工場のように広い空間には人はいない。縦横に張り巡らされたベルトコンベアが時速9.3キロで動いている。最大で1時間に48,000個の仕分けが可能という。機械の圧倒的能力に度肝を抜かれた。

営業所から届いた荷物が、トラックから降ろされ、コンベアに載せられる。赤い光を放つスキャナーを通過すると、その瞬間に送り先が読み取られる。そこから荷物はセルという個別の台に載せて運ばれる。セルには読み取った送り先データが送信されている。セルが行き先別シューター(滑り台)に到着すると、回転して荷物がシュートされ、仕分けが完了する。

社会インフラのように身近な宅急便の舞台裏は、機械が主役だった。単純な仕分け作業は、機械に任せ、人間は制御やメンテナンスといった、より高度な作業を担当する。

一方、美術品輸送は機械化には向かず、今のところ人間が主役である。AI、自動運転、ドローンといったテクノロジーが普及しても、きめ細かなサービスへの需要がある限り、セールスドライバーはなくならないだろう。

ライターという職業もChatGTPの出現により、存在が脅かされる時代となった。では、ライターがAIに勝つには何を具えればよいのだろうか。情報量では勝てない。文章生成能力も高く、しかも早い。ならば、AIに無い共感力や想像力で勝負するしかないのだろう。相手は、言葉を数字に直して計算しているだけ、なのだから。

物流ターミナルの見学に行って、ライターに求められる資質や生き残り策について考えを巡らせることになるとは、思ってもみなかった。だが、体験を通して思考し、探求することは、人間にしかできない。

AIはディープラーニングによりどんどん賢くなる。人間もボーっとしてはいられない。様々な経験を経て、層成す殻を破り続けていかなければ。それも体力のあるうちに。AIに勝つ自己を形成することは、意外と喫緊の課題だと気づかされた。


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