黒い羊とStart over

個人的に櫻坂のライブを演者の人格/関係性/文脈を踏まえて語るのは好きではない。
あくまで作品とパフォーマンスにフォーカスして語りたいと考えている。

ただ、小林由依卒業コンサートの"Start over!"はあまりに文脈から想起される感情が大きすぎた。

思い出したのが欅坂46の"黒い羊"だ。

そもそも"Start over!"自体"黒い羊"との関連性は様々に語られているので別に目新しい視点と言うつもりはないし、むしろ欅坂と絡めて櫻坂を紐解きたくない意図から自分としてはあえて切り離してきたが、今回のライブでどうしても繋げざるを得なかった。

"黒い羊"のMV/ライブは平手友梨奈演じる主人公が様々な境遇に置かれた女性を助けようと奮闘し、拒絶され、それでも戦う物語である(と解釈している)。
MVの中では小林由依はあくまで助けようとされる女性の一人なのだが、武道館のライブではかなり重要なポジションとなっている。

個人的に武道館の"黒い羊”は欅坂全体でもベストパフォーマンスといえるレベルだと思っているが、特にそのラストシーンは圧巻といえた。
儀式台(墓標?)が置かれた上部ステージにいる平手友梨奈に対しメンバーが駆け寄り、小林由依が一歩踏み出す。
その小林由依に平手友梨奈が彼岸花を渡す。
小林由依が平手友梨奈に近づこうとするが、平手友梨奈がそれを拒絶し突き飛ばし、首を少しだけ横にふる(表情は見えない)。
そして舞台上から消える平手友梨奈と、降りていくメンバーたち。
たった一人残された小林由依は儀式台の上に彼岸花を置き、去っていく。

解釈が難しい部分はあるが、個人的にはその時(あらゆる意味で)すべてを背負っていた平手友梨奈に対し、そこに手を差し伸べようとした小林由依を拒絶しているように写った。

翻って今回の"Start over"。
まずそもそもセンターの藤吉夏鈴のパフォーマンスが(3rdツアー千秋楽での初披露に匹敵するほど)トップクラスだった。
あえて言おう。全盛期の平手友梨奈を想起させるほどの力強さをもっていた。

その後2番Aメロ以降。(以下大きくネタバレ)
いつもならフロントメンバーと同様のダンスを踊る小林由依が一人離れてうなだれている。
その小林由依の手を藤吉夏鈴ががっしりと掴んで全速力(本当に全速力)でセンターステージに向かう。
そして二人は抱き合い、踊りだす。

基本的にはMVの再現である。MVでもそのような描写があり、それを小林由依卒業コンサートということでなるべく忠実に再現した、というだけといえばそれだけだ。
が、私にはやはり"黒い羊"を踏まえて、それより深い意味を受け取ってしまった。

小林由依はずっと3期生に対し優しい言葉をかけていた。
「綺麗なものだけ見てただただ楽しく活動してほしい」
「傷つかなくていいことで傷つかなくていい」
それは明らかに欅坂時代(櫻坂も含め)多くの外野の言葉、チーム内での軋轢の中で生きてきた彼女だからこその言葉であり、だからこそ2期生に対しても「思ったように活動させてあげられなかった」というような言葉も残していた。
平手友梨奈を「背負い人」と称したのはTAKAHIRO氏だが、欅坂という「背負う」チームで活動して、その中心人物が抜けたその後も、残ったものたちを前に進めようとした彼女もまた、どこかに「背負う」ものがあり、助けようとしていたのだろうと思う。
その彼女が、櫻坂の集大成とも言えるライブのラストブロックで、誰よりも輝いて踊る藤吉夏鈴に、それこそ武道館の"黒い羊"で自分ができなかったことを(そしてさらに言えば欅坂LAST LIVEの"黒い羊"でしたことを)してもらったのだ、と私は解釈してしまったのだ。

踊る二人は笑っていた。何度も抱き合っていた。
「君は僕の過去みたいだな 僕は君の未来になるよ」というパートで、1日目には抱き合わなかった二人がさらにもう一度抱擁を交わした。
小林由依のその目には薄く涙があった。

全て私の妄想である前提で言い切らせてほしい。
小林由依という黒い羊は、彼女がやり直し(Start over)育てた櫻坂によって、あのとき救われたのだ。

(さらに言えばあのあと"黒い羊"のようにバラードで終わらずアップテンポのラスサビに行き、それと呼応して小林由依も藤吉夏鈴も他メンバーも一気にギアを上げて踊り狂ったのもさらに嬉しかった)

小林由依は各所インタビューで「先は決めていない、寂しいというよりやりきった」と言い切っている。

欅坂の曲をほとんどやらず櫻坂の魅了を伝えきる卒業コンサートにしたのもそういうわけだろう。
自らの使命を終え、背中を見て育った逞しい後輩らを見て、笑顔でチームを離れられる日が来たのだ。

心の底から感謝の念を送りたい。


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