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鏡の中の音楽室 (19)

第二部 非常識塾長

第5章 電気保安協会 水上さん


家に帰ってきた広春は夏休みの日記の冊子を出して、今日以降のページを消しゴムでゴシゴシこすり始めた。今日の出来事は、日記に書いておかなければならない。だが、それだけではない。今日以降の出来事も、すでに書いてあってはいけない。

「お邪魔しまーす。よこめ日記の書き直しにきたぞ」

そういって武士も日記帳を手に広春のうちに入ってきた。広春の自宅は工場の2階にあり、入り口を入ると応接セットが並んでいて、会社のお客さんなどがゆっくり話をするスペースとなっていた。その奥がパーテンションで区切られていて、事務机が2個ずつ向かい合って4つ並んでおり、一つは母の亜紀が会社の重要な経理事務をする机で、一つは銀行員や税理士の人が使う机、残り二つは広春と姉、千奈の勉強机であった。この配置は現在の高松進学塾の教場にも大いに影響をあたえていた。

「おぉ、武士!いつものその机使ってくれ」

早速、来訪者用の事務机に座った武士の目に飛び込んできたのは、広春が日記の残りの部分のすべてを一生懸命に消している姿だった。そして、その作業がいかに時間を使っていたかという証拠の消しゴムのカスが机の上に散らばり、日記の紙がへたっている。

「おい!書き直すのは今日の部分だけじゃないのかよ!」

今日の部分を二人で思い出しながら書き直そうと思っていた武士には予想外の光景だった。

「うん。そのつもりだったんだけど。俺さ、超常現象とか怪奇現象なんかが好きだってのは知ってるよな」

そういうと同時に広春は後ろを向いて母が使っている書類棚の横に並んでいる自分専用の本棚を指さして「月刊パンゲア」を1冊取り出すと、該当するページを武士に見せながら話を続ける。

「この本見てくれよ。ポルターガイスト特集なんだよ。ポルターガイストって西洋の霊的現象で起こる不可思議な現象のことで、ものが勝手に移動したり、何かが破裂したり、壊れたりするんだよ。で、これには人体発火現象なんてものも書いてある。なぁ?今日見たことにそっくりだろ?あれは、やっぱり・・・・。たぶん夏休みの残り2週間は、今日起こった現象について、自分の持っている本やそれ以外からも調べていくはずだから、確実に行動が変わってしまうと思うんだ。すでに今日の日記は文章を追加するだけでは辻褄があうってレベルじゃないからな。今まで集めたきた俺の本棚の肥やしがやっと役に立つぞ」

そういうと広春は本棚の横面をチョンチョンと手のひらでたたくのであった。その目は輝き、口元はほくそ笑んでいる。

「で、その記事の中身はどうなんだ?今日見たあの現象に似た内容なのか?」

武士は椅子から立ち上がり、前のめりに上半身を机の上に乗り出してきて、興味津々で広春に尋ねる。彼もまた、超常現象に魅了されているかのようだった。

「そうだな・・・・。まだはっきりとはわかんねぇ。今晩しっかり調べとくわ!武士も、今日の話をお父さんか竹田さんから詳しく聞いといてよ。それを明日また聞かせてくれよ。とりあえず今日は残りのページを消して、今日の話をまとめて書いておこう」

そういうと二人は、摩擦熱で火が起こりそうなぐらい消しゴムを前後左右に動かした。そして、その日の出来事を二人で詳しく思い浮かべながら日記に記した。日記には、二人だけが経験した今日の出来事が刻まれていった。

次の日の午前11時ごろ、武士が彼のお父さんと竹田さんを連れて広春の家を訪ねてきた。しかしその時、広春は工場の入り口で作業服を着た人物と立ち話をしていた。

「おっす。よこめ!父上と竹田さんが、よこめにちょっと話が聞きたいって言ってるんだけど、今大丈夫か?」

そう武士が広春に話しかけると、横から武士の父が竹田を隣に呼び寄せて話し始めた。

「こんにちは横平君。ちょっと話せる時間があるかな?」

そう武士の父が広春に話しかけると、彼も待ってましたとばかりに

「こんにちは。おじさん、竹田さん。僕もおじさんと竹田さんに昨日のことで話したいことがあったんだ。ちょっと紹介するね。この人は水上さんと言って、電気保安協会の人なんだけど、定期的にうちの工場の漏電なんかの点検に来てくれているんだ。それで、今話していたんだけど、昨日の事故はポルターガイスト現象じゃないみたいなんだ・・・」

そういうと、3人はとても驚いた表情をしながら、広春の傍に寄り、顔を前に出しながら興奮気味に訊いてきた。

「なんと!それは本当なんですか?あっ!失礼しました。私どもは・・・」

そういいながら二人は水上のほうに向きなおって名刺を水上に渡し始め、水上もそれに呼応するかのように名刺を交換し、自己紹介をし始めた。

「それで早速昨日のことなんですが、うちの息子と広春君、そして弊社の竹田が遭遇した事故の詳細なんですが・・・」

と武士の父が切り出した時、すかさず水上が口をはさむ。

「えぇと、詳細は広春君のほうからすでに聞いています。何かに体を触られた感触があって、ガラスが割れたということなんですよね?」

そういうと、素早く小刻みに左右に首を振りながら竹田が反応する。

「いえ、それだけではないんです。音楽室の入り口のドアノブが熱を帯びていて、植田、いぇっ、うちの作業員が入ろうとした時、ドアノブを握ってしまって手のひらに火傷を負ったんです」

すると、水上は自信満々な表情を浮かべて

「あぁ、やっぱり!熱を帯びていたのなら僕の仮説は証明されたかもしれません。皆さん、この事故はたぶん科学的に解決します。では少しお付き合いいただきましょうか?ちょっとこちらの方へ来ていただけますでしょうか。あっ!広春君さっきの蛍光灯を取ってきてくれるかな」

と言いながら工場の2階の外に設置されている「高圧受電設備」が見える場所へと3人を案内した。

「では皆さん。ここで今から私がすることを見ていただきます。広春君、蛍光灯を貸して」

と言った後、蛍光灯を背中にさして梯子を上っていった。そして上から見下ろしながら大きな声で叫ぶように説明をし始めた。

「それでは、皆さん!ここの工場は金属を加工しますから大きな電圧が必要です。だから、人が寄り付けない2階の外に柵を作って大型のトランスが二つ設置されています。これが稼働するときには電磁波が出ます。その電磁波の波の合致する地点に蛍光灯を置くと、ほら蛍光灯がつくでしょう!この電気が付くポイントに金属を置くと熱も帯びます。それで火災が発生する場合もあります。僕たちはそのチェックにも来ています」

と言いながら、また蛍光灯を背負って水上は梯子を伝って降りてくる。広春や武士にはその姿と素早く上り下りする水上の姿が忍者のように見えて、水上に憧れのまなざしを向けていた。

「とまぁ高圧電力が送電されるときに電場というものが生じます。いわゆる誘導電流が発生するんですね。で、最近になって尾島山のふもとが住宅地になり、尾島が瀬戸内海国立公園や、国の史跡、天然記念物に指定してされているから、限られた場所に送電鉄塔が何棟塔か立てられましたよね。あれね、職場でも鉄塔が近すぎるんで、電磁波が共鳴する場所が必ず出て、こんな現象が起こるんじゃないかって話をしてたところなんですよ。で、本日、横平さんの工場に定期点検によらせてもらったら、広春君からこの話を聞いて、武士君のお父さんに伝えてもらおうと実験や説明をしていたんです」

そう、さわやかな表情で語りかける水上に対して、武士の父親と竹田はもっと真剣な顔をしながら訪ねる。

「電流が発生することで、伝導率のいい金属に熱が起きることはわかりますが、ガラスが割れる現象はやはり無理があるというか納得いかないんですが・・・・」

そう武士の父が切り出した言葉に、広春たち3人も首を縦に振り同意する。
しかし、水上はまたも涼しい表情のまま答えた。

「技術的に未熟な時代の古いガラスには空気、何らかの気体が混ざっている場合があるんです。その閉じ込められた気体が熱を帯びるとどうなるかわかりますよね。さらに広春君たちが見ていた外のガラスはサッシごと新しい窓に交換していたそうですので、広春君たちがそこから見ているときに『何かに触られた感覚』これはきっと静電気でしょう。それがあったのにも関わらず窓ガラスは割れなかったことを考えると校舎中の廊下側の窓ガラスは木の枠の古いものであったのではないですか?」

そう冷静に理論的に水上から説明されて竹田はロダンの『考える人』のように自らの右拳を顎に当てながら答える。

「確かに水上さんの言われた通りの条件が当てはなっています。では、このまま工事を進めると、今後どんなことが起こると考えられますか?」

竹田の言葉に武士の父も水上に対して距離を詰めてきた。

「では今の現状、旧校舎の音楽室の隣は何教室なんですか?で、そこの状況はどうなんでしょうか?」

と水上がたずねると、竹田がすぐに反応し結構大きめの声で興奮しながら答えた。

「隣は理科室ですね。けれど理科室にはその現象が波及していなかったので、我々は音楽室だけで起こっていたので音楽室での超常現象、怪奇現象だと思って、武士君に広春君が詳しいということだったんで話を聞こうと思って来たんです」

と現場での習慣が抜けないのか、竹田がいつもの現場で出すようなトーンで話すものだから、その声の大きさにつられて広春の両親が工場から出てきた。すると広春の母の亜紀が

「これは何の騒ぎでしょうか?うちの広春がまたなんかやらかしたんでしょうか?」

大人たちに囲まれて何か会話をしている広春と武士の姿を見て、広春の両親が心配して近寄ってきた。

「これはこれは、横平君のお父さんお母さんですか。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。はじめまして。私は蟹江武士の父です。大丈夫ですよ。広春君は何もしてません。いま、広春君とこちらにいる水上さんのおかげでうちの公共事業が救われるかもしれないというとこまで話が来ていて、逆に『なんかしでかした』というなら我々を救ってくれたということになりますかね。」

それを聞いて、作業着で出てきた広春の父親が口を開く

「あぁ!武士君のお父さんでしたか。こんな感じになりましたが『はじめまして、いつも広春がお世話になっています』っていうのと、昨日、武士君から『ういろう』いただきまして、今晩にでも開けて食べようかって言ってたところなんです。ほんとお気遣いいただきありがとうございました」

それを聞いて武士の父も今までの硬い表情から、普通のお父さんの表情に戻って

「いえいえ。こちらこそ去年転校してきてからずっと広春君と仲良くさせてもらっているようでありがとうございます。ところで、横平さん、電話をお借りできないでしょうか?2,3緊急の連絡を入れないといけなくなりました。詳細はこの後お話しするのでよろしくお願いします」

広春の父は快く承諾し、武士の父を事務所へと案内した。そこで、武士の父は自らの会社と電気保安協会に連絡し、今後の学校の工事に伴う会議を開くことになったと広春と武士と竹田と水上に伝えた。


第5章 電気保安協会 水上さん
タイトル画像は「Bing Image Creator」が作成しました。


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第二部 非常識塾長 編

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