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光の迷路

トモは、自分の感覚過敏を受け入れていた。彼は特に強い光に対して敏感で、日常生活には多少の配慮が必要だった。そんなある日、彼にアート展示の設計を依頼する声がかかる。

トモ: 「展示会ですか? 僕、強い光はちょっと…」

クライアント: 「トモさん、あなたのその特性を活かした展示を考えているんです。光と影を使ったアートですよ。」

トモは考え込む。確かに、自分の感覚過敏をアートに活かせば、新しい何かが生まれるかもしれない。

トモ: 「それなら、光を制御する迷路を作りたいですね。来場者が光と影の変化を楽しめるような…」

準備期間を経て、展示が始まる日がやってきた。初日から多くの人々が「光の迷路」を訪れた。迷路の入り口で、トモは来場者を出迎える。

来場者A: 「ここはどうなってるんですか? すごく明るく感じるけど…」

トモ: 「あ、それは光を散らす特殊なレンズを使っています。中に入ると、その効果が実感できますよ。」

来場者Aは興味津々で迷路に入っていく。間もなく、トモの友人であるハルも訪れる。

ハル: 「トモ、これが噂の迷路かい? 目がちかちかするんじゃないの?」

トモ: 「大丈夫、ちゃんと計算してるんだ。君がいつも僕にサングラス貸してくれるように、僕も来場者には光のマジックを楽しんでもらうんだ。」

ハルは笑いながら迷路に足を踏み入れる。中では、光と影が巧みに交錯していて、人々はそれぞれの見え方に驚き、また笑い声がこだまする。

来場者B: 「あれ、こっちの角を曲がると急に暗くなる!」

来場者C: 「でも、この暗さがいい感じ。光って、こんなに遊べるんだね!」

トモはそれを聞き、満足げに笑う。彼の感覚過敏が、こんなにも多くの人を楽しませることに貢献できたことを誇りに思った。

展示の最後には、トモが来場者に感謝の言葉を述べる。

トモ: 「みなさん、今日はありがとうございました。この『光の迷路』を通じて、光と影の不思議な世界を少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。感覚過敏だからこそ、僕にしか作れない世界を、これからも創っていきたいと思います。」

彼の言葉に、拍手が沸き起こる。トモの「光の迷路」は、多くの人々に影響を与え、感覚過敏という特性が持つ可能性を広げる一助となった。


「感覚過敏」は、気付きにくい特性だと思います。
自身もまたそれに気づかない事があるので、違いを認識できず、生きずらい事もままあるようです。
「好き嫌い」「偏食」「潔癖」
それらは、わがままや身勝手をそしられることもあり、人格否定さえされることもあるでしょう。
「多様性」の議論の中で、その「違い」が気付かれていない事があります。そして、その「違い」に気付いていない事こそが、「多様性」の議論の本質なのではないでしょうか・。気付かれている「違い」は、まだマシなのですよ。と個人の感想です。


以前の六味ダイアグラムの中で「酸味好き」を例題にあげましたが、モデルとなった人物は、「酸味好き」なのではなく、他の味覚は過敏で、酸味だけが優しく感じるというのが本当の所なのです。酸味だけは刺激が強くても「苦痛に感じないという事のようなのです。他の味のレベルを下げて、酸味のレベルの違いで、それらの味のハーモニーを楽しめるようにと考えて、ダイアグラムから味付けを設定する。六味ダイアグラムにそういう使い方もありますよ。と言っておくテスト。