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欧州のテクノロジースタートアップは順調だ-減速?その減速とは?

ヨーロッパのスタートアップ企業は現在、経済的な苦境に直面しているが、大規模テックイベントSlushの開催に見られるように、創業者と投資家が熱気を感じている。欧州のスタートアップ企業の評価や投資額は減少しているが、長期的な視点ではアメリカよりも頑健であることが示されている。ヨーロッパでは気候変動関連の企業への投資が増加しており、成熟したハイテク企業が急速に増加している。しかし、欧州のスタートアップ企業の成長を阻害する主な障害は、EU内の税金や規制の違いにある。欧州のハイテク産業が発展するためには、単一のデジタル市場を構築する必要がある。


これほどエキサイティングな危機はない。スタートアップ企業の評価は急落し、技術系企業のレイオフは後を絶たず、新鮮なベンチャーキャピタル(VC)はなかなか手に入らない。しかし、12月1日にヘルシンキで開催された年に一度の大規模なテックイベント「Slush(スラッシュ)」では、創業者たちとその資金提供者たちが、まるでドットコムバブルの絶頂期だった1999年のようなパーティーを繰り広げていた。5,000人の起業家と3,000人の投資家を含む過去最多の13,000人以上が、洞窟のような見本市会場で2日間を過ごし、プレゼンテーションやパネルディスカッション、そしてレーザー光線を浴びた。

どこのスタートアップ企業もそうであるように、欧州のスタートアップ企業も金利上昇の打撃を受けており、将来の豊かな利益を約束するその魅力は、現在ではあまり感じられない。ロンドンを拠点とするVC会社Atomico(アトミコ)がSlushで発表した年次報告書『ヨーロッパ・テックの現状』によると、今年の投資額は450億ドルにとどまると予測されている。これは昨年と比べると38%減、2021年の灼熱の時代と比べると55%減である。より成熟した「グロースステージ」のスタートアップ企業の評価額の中央値は、5年間の平均を下回っている。2021年に欧州では107社の「ユニコーン」(10億ドル以上の未上場企業)が誕生し、昨年はさらに48社が誕生したが、2023年に入ってからはわずか7社にとどまっている。Atomicoによれば、さらに多くの企業が「脱角」しており、今年は50社、2022年には58社になるという。

しかし、より長期的な視点で見ると、ヨーロッパのスタートアップ企業全体は驚くほどよく持ちこたえている。ある意味では、より強固な地位を築いているアメリカよりもうまく危機に対処している。ヨーロッパのスタートアップ企業への投資は過去2年間で減少しているかもしれないが、それでも2020年と比較すると18%増加している(チャート1参照)。一方アメリカではこの2年間で1%減少している。また、バリュエーションが全体的に縮小している一方で、スタートアップ企業が新たな資本を調達する際に低いバリュエーションを受け入れる「ダウンラウンド」は、予想以上に広がりを見せていない。ダウン・ラウンドは、今年の全ラウンドのわずか21%に過ぎない。

チャート1

他の指標でも、欧州のハイテク企業は繁栄を続けている。欧州は現在アメリカよりもスタートアップ企業を創出している:1月から9月までの間に約14,000件のスタートアップ企業が誕生したのに対し、大西洋を挟んだアメリカでは13,000件である。英国を含む旧大陸には、4万1,000社以上の若いハイテク企業と、3,900社以上の成熟した企業がある。これらの企業は合わせて230万人ほどの従業員を雇用しており、その数は2019年初頭の約2倍で、ヨーロッパの不動産部門(建設業を除く)よりも多い。欧州の非上場および上場ハイテク企業の総額は、2021年にピークに達した30兆ドルに再び近づいている。昨年は2.8兆ドルだった。

欧州のハイテク企業の相対的な回復力は、その成熟度の高まりによって説明できる。成功したスタートアップ企業の元従業員が設立した企業の数をみてみよう。2000年代に誕生した今日のユニコーン企業に勤めていた9,000人以上が起業している。これは、1990年代に誕生したユニコーンから独立した人数を約50%上回る数である(グラフ2参照)。

グラフ2

ヨーロッパでは現在、かつて同じ企業で働いていた起業家のグループとして知られるテック「mafias(マフィア)」も形成されている。最大のものは、インターネットを使った電話のパイオニアであるSkype(スカイプ)を中心に形成されたものだ。スカイプは900社以上のスタートアップ企業を生み出し、現在では合わせて65,000人以上を雇用している。同様に重要なこととして、成功した創業者たちは現在、定期的に自分の富を新規事業に投資し、さらには自分自身のVC会社を設立している。最も注目すべきVC企業のひとつがPlural Platform(プルーラル・プラットフォーム)で、そのパートナーにはスカイプ、オンライン決済サービスのWise(ワイズ)、コンサート発掘サービスのSongkick(ソングキック)などの創業者が名を連ねている。

成熟の一途をたどるヨーロッパのハイテク産業もまた、独自の特徴を打ち出している。ヨーロッパの創業者たちは、アメリカの創業者たちに比べて、チャットのようなものにはあまり興味を示さない。1月から9月までの間に、ヨーロッパでは生成人工知能の開発者を支援する資金調達ラウンドが35件あったのに対し、アメリカでは106件であった。対照的に、気候変動関連のスタートアップ企業は、2023年にヨーロッパのハイテク企業に投資された全資金の27%を占め、アメリカよりもはるかに大きな割合を占めている。気候変動関連企業は今や、最近まで欧州で最も代表的なテクノロジー・ニッチであったフィンテックを追い抜いた。

ヨーロッパのハイテク企業がアメリカのように大きくなることはまだないだろう。シリコンバレーとその衛星都市であるオースティンやニューヨークなどは、まだはるかに先を進んでいる。アメリカのユニコーンの群れ(最終的には約700社)は、ヨーロッパ(356社)の2倍の規模だ。この報告書の著者の一人であるアトミコのTom Wehmeier(トム・ウェフマイヤー)氏は、アメリカではまだ資本が手に入りやすいと指摘する。アメリカの新会社は、設立後5年以内に資本注入を受ける確率がヨーロッパより40%高い。また、株式公開の時期になっても、ヨーロッパのスタートアップ企業は、上場すればはるかに多くの資金を調達できる可能性が高いニューヨークに引け目を感じている。


しかし、ヨーロッパのスタートアップ企業の野望を阻む最大の障害は、自国にある。EUはアメリカのように摩擦のない単一のデジタル市場を作ろうと何度も試みているが、税金や規制の違いはいまだに多い。アメリカのベンチャーキャピタル企業General Catalyst(ジェネラル・カタリスト)のために欧州大陸で投資を行っているZeynep Yavuz(ゼイネップ・ヤヴズ)は、「欧州は可能性を示しています」と言う。近年のフィンテック企業の爆発的な増加は、ブリュッセルで立案されたEU圏全体の規制の直接的な結果である。欧州連合(EU)の指導者たちが公言しているように、本当に欧州のハイテクを強化したいのであれば、さまざまなデジタル市場を規制することに時間を費やすのではなく、真に欧州的な単一の市場を作るべきである。


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