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そういやマリリン・マンソンが「フィクションだからリアルを描写できる」みたいなこといってたっけ。筋肉少女帯/大江戸鉄砲100人隊隠密戦記


「この物語はフィクションであり、時代考証などデタラメである。だが、デタラメでない時代などあるのだろうか?過去も、現代も」
筋肉少女帯のアルバム「君だけが憶えている映画」収録の「大江戸鉄砲100人隊隠密戦記」冒頭のセリフである。これに対するぼくの意見は「いやいや、そんなことないよ。世の中捨てたもんじゃないよ」だ。ったんだけど、多いよね、最近。もう捨てちまうかってこと。
曲中登場するは100人の鉄砲隊、倒幕の志士、メリケンのガンマン。迎え撃つは恨み持つ花魁の物の怪。マインド違う男達が心ひとつに闘うもバタバタと倒れていく。お上は立場守る。
フィクションの王道と思った。リアルでも王道とは思わなかった。
大江戸鉄砲100人隊、残るは30人。花魁は、群れ。
その時現れたインドの聖者。銃を下ろせ、祈れ。争いはなにも生まない。物の怪、その実態は遊郭に売り飛ばされた貧しい娘の魂。成仏祈る100人隊。花魁が微笑んだ。夜が明ける。朝が来る。
聖書は読んだことないけれど、どうも「汝の敵を愛せ」とあるらしい。100人隊が祈り、花魁が微笑んだ。愛といっていいと思う。
昨今、立場ある人の大きな不祥事を見る。ジャニーズの性被害、一平氏の賭博問題、もうチュール買えない問題。個人的には「セクシー田中さん」の騒動が気がかりだ。
さて、リアルに愛はあるのか、フィクションからも見捨てられるか。


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