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マンデラ小説「M.e」 第6話 「マンデラエフェクト」

「マンデラエフェクト?」

いきなり聞かれた。

マンションの一室。

外見は赤茶色で古いが、中はかなり綺麗だった。

住居用の一室を事務所に改装されていて、まるで古いアメリカ映画の探偵事務所の様で、黒を基調にしたアンティークの脚付きソファやデスクがよく似合う。

俺が座っているその脚付きソファも、見た目だけでなく座り心地もいい。

空調もよく、新鮮な空気が漂い窓際の大きな観葉植物が、気持ちよさそうに太陽を浴びて鎮座している。

先程とは別世界のゆったりした空間。

フライトジャケットは着たままだ。

そして、古いアメリカ映画と言うのは土足で部屋に居るからだ。

雰囲気がリアルになる。

そう言えばバイト時代で赴いた海外では当たり前だったのを忘れていた。

馴染み心地がある。

目の前のテーブルに出された珈琲を飲みながら周りを観察した。

カップを置いて姿勢を正す。

好きな珈琲だった。

カップの趣味もいい。

これで炭酸水がでたら吹き出すな…。

ニヤつく。

俺の心臓も強いほうだけど

「マンデラエフェクトって知ってる?」

もう一度聞かれた。

デスクにあるパソコンのモニターを見ながら俺に聞いた、この人物も大した心臓の持ち主だ。

大したもんだ。

しかし質問というより独り言に近いか。

カチャカチャとキーボードを忙しなく叩く。

モニターが3つもあって、よく使いこなしてるなと感心する。

こちらに背を向け座り、そのモニターに釘付けになっている人物こそ、先程のトラブルから助けてくれたライダーでもある。

後ろに目があるのかチラッとこちらを向いて笑顔を向けた。

ナカダイラ友花。

ポルシェの彼女だ。

ライダーの正体は、レンタカーから脱出し、走りながら見て直ぐに分かった。

髪は白のメットの中に隠してあり、黒のタイトなパンツジャケット姿。アウターの冬用ジャケットもタイトなスタイルだった。

背が高くモデルのようで映画のワンシーンを見ているかのようだった。

命がけの修羅場だったのに、思い出してニヤついた。

ヘルメットで顔を見えなくとも華奢な体つきと体格で一発で分かった。

昨日に会ったばっかりで、しかも仕事柄もあり観察眼はある。

しかし、あの修羅場から今の状況は一変し過ぎだな…

…バイクに飛び乗り襲撃から逃れるように人通りの無い商店街通りを駆け抜けた。

5キロほど走ったか。

幹線道路やら裏道らしき道路を走り抜け、見知らぬ駅通りに出た。

辺りには車やバスの往来も普通にあり、人通りや自転車も多かった。

街路樹の葉っぱは無く、枝だけが勢い良く伸び力強さを感じた。

日常の時間が戻ったようだ。

建物の隙間からの日差しも温かさを感じさせた。

追撃から逃れ、途中から安全運転に切り替え信号も守っていた。

そのバイクを駅近く、電車の高架下にある大きな駐輪場に沢山の自転車やバイクの中に素早く隠すように停める。

「凄かったわね」

初めて言葉をかわした。

彼女は白いヘルメットを脱ぎ、頭を揺らし大雑把に髪を整えながら言われた。

高架下はヒンヤリしていた。

日差しが遮られているが、両側の道路は暖かそうな日差しが指し明るく心地よさそうだ。

本当に日常の風景のワンシーン。

周りにはポツポツと駐輪場の利用者が見える。

先程の出来事が夢のようだ。

襲撃の後追いはもう既に無い。

それより警察官が発砲するなんて大事だ。

大事なのに落ち着いている自分がいる。

ニヤついた。

昨日のマスタングの襲撃時と同じで、パトカーにぶつけられた時から周囲に誰も居なくモヤがかかっていた。

前回は頭が痛く気分が悪かったが、今回は全く反応もなく体調もよく動けた。

日本の警察官の所持する拳銃の性能からすると、あの距離からの発砲は殆ど当たらない…と言うより当たらないし無理なのは知っている。

何故知っているかも、よくわからない事にもう慣れた。

記憶が2つある事に考えるのを止めたからだ。

けれど流石に無防備な背中から聞こえた乾いた音は参った。

背筋がザワッとした。

思い出しニヤつく。

しかしポルシェの彼女のライディングには驚いた。

俺や叔父の腕前と変わらないんじゃないかと思わせる実力だった。

途中で運転を代わる心積もりだったのが当てが外れた。

タンデムで自分の重心を彼女に合わせてライドするのもスムーズに出来た。

只者ではない。

商店街通りを抜けると辺りは一変した。

もやった空気感が戻り、人通りが現れ車の往来も増えたのだ。

追撃は無い。

危険も無くなった。

経験と感覚でわかった。

しかし油断はしない。

彼女もそれを理解しているのか、安全運転に切り替え、大事を取って追跡できないような道取りを走った。

大したものだ。

俺が駐輪場で素早くヘルメットを脱ぎ、フライトジャケットを裏返しに着替えている時に初めて言葉を交わしたのが「凄いわね」だ。

いろいろ聞きたい事があるが、真っ先に

「ありがとう。助かったよ」

支度をする彼女の背中に言う。

口にヘアバンドを加えて後手で髪を束ね器用に髪をポニーテールに纏めながら

「私の事、わかる?」

彼女の背後、駐輪場の幹線道路から指す日差しが重なって眩しい。

こちらを振り返り少し戯けたように言った。

いくら俺が四十路だとは言え昨日あった人物を忘れる訳が無い。

自分の支度の手を止めた。

「昨日お会いした叔父の助手のナカダイラ友花さんでしたよね」

正面を向き直して笑顔で返す。

ポルシェの彼女も支度の手を停めて、俺の顔を少し悲しそうな眼差しで見つめた。

あれ?

間違えたか。

「そうよ」

束の間、笑顔で返された。

「スマホが凄い事になってたわね。」

クスクス笑われる。

からかわれたか。

俺はブーツの紐を締め直すために屈み、彼女は白いヘルメットを停めたバイクにロックする。

「本当にあなた凄かったわね」

顔を向けて呆れたように言われる。

咄嗟に顔を上げて、何が凄かったのか分からないのと、他に聞きたい事が山程あるので聞き返そうとすると、

「行くわよ」

俺が被っていたヘルメットを取り上げてスタスタと駐輪場の奥、駅の方にに颯爽と進んでいく。

映画のワンシーンのようで眩しい。

レイバンが無くなったの今思い出す。

フライトジャケットのポケットからキャップを深めに被り足早に追いかける。

完全に彼女のペースだ。

翻弄されるのに嫌な気はしなかった。

通路にはみ出るくらい沢山の自転車の脇をすり抜け通りに出た。

高架下を出ると日差しがさらに暖かく心地良い。

フッと一息付きたくなる。

周りは嘘みたいに沢山の人や車が往来をしている。

先程の空間とは別世界だな。

彼女の歩みは大きく、手足が長いく大胆で綺麗な姿勢。

足早なので遅れないように慌てて後について駅に向かった。

調子が狂う。

ニヤついた。

駅の改札に向かう階段を登ると、いつの間にか切符を彼女が買っていた。

2枚だから俺の分もか?

改札口は、平日なのに人で賑わっていてた。

両サイドにある喫茶店や売店等も華やかで先程の修羅場とは場違い過ぎた。

先程パトカーにぶつけられ発砲されたのは本当は無かったのではないか、と思わせる。

ここで別れようかと考えて居たのに有無を言わせないような彼女のペースに乗ることにした。

何処に行くかも分からないし、何よりレンタカーが、よりによってパトカーにぶつけられる始末をどうしようかと思案していると

「貴方のスマホある?」

改札付近で立ち止まり、片手を腰に当て、俺に向かってもう片手の掌を差し出しスマホを要求する。

スマホを取り出し彼女に手渡すとヒラヒラとスマホを振りながら言う。

「データーは保存してある?」

あ、この流れは…と思い出してニヤついた。

「重要なのはクラウドに入れてあるけど殆ど使わないから電話しか使わない」

「そう」

案の定、と言わんばかりに見透かされた笑顔を向けられた。

スマホを取り上げられ、代わりに切符を渡される。

海外で叔父にも、よく電話を取り上げられた事があった。

足早に改札を抜けていくのを慌てて追いかける。

この子には本当に調子を崩される。

ニヤつく。

ホームは2階にあり、改札はちょうど3階にあたる場所にある。

電車に乗るのに2階の階段を降るが人が多い。

乗降客をスムーズにすり抜ける。

ホームでは上り下りの電車が対面で時計待ちをして停まっていた。

ホームは天井があり日差しが入らないからか、ヒンヤリしている。

何方に乗るのか、思った瞬間に前を先に歩く彼女は背中を向けたまま、此方を見ることもなく片手を伸ばし指を指して乗る電車を示した。

先に乗れと言う事だろう。パラパラと乗車して座っている人達が見えた。

1人先に山梨方面の電車に乗る。

向いのホームの東京方面の電車に彼女は俺のスマホだけ乗車させて来た。

俺が狙われたから用心し、追跡の危険があるスマホは捨てるのは鉄則だ。

駐輪場で、傷の入った俺のヘルメットを取り上げると、スタスタと歩き途中の誰も居ない駐輪事務所の忘れ物入れにポンと置いてきたり。

感心した。

昔から叔父のチームで行動してる仲間みたいだ。

警察組織自体が、あんな無茶な攻撃をする事を考えると、レンタカーから俺の情報を得るのは造作もない筈だ。

契約したスマホは追跡装置みたいなモノだから監視はされていると考えた方がいい。

海外のバイト時代では使い捨てスマホを利用したが叔父の指示で事ある毎にバンバン捨ててきたものだ。

彼女が電車に乗り込んできた。

俺達は、座席には座らずに乗降ドアに向かい合って立っていた。

ドアが締まり電車がゆっくりと動き出した。

駅を出た車窓からの日差しが差してきた。暖かくなる。平日昼間の電車はのんびりしていた。

「このまま事務所にいくから付いてきて」

無表情のまま此方を向く。ポニーテールが揺れている可愛さと反しているのが可笑しかった。

ニヤつくと何か言われそうだから頷いた。

何処に行くにしても落ち着いて対処できる場所があるのはありがたい。

ここは彼女の提案に乗る。

冷静な対処といい、何故あの場所に居たのか?全てを知っているような対応に聞きたい事がありすぎた。

さらに大きな疑問がある。

俺達は一体何に巻き込まれているのか。

車窓の外を見ている彼女の揺れているポニーテールを見ながら考える。

これからどうしたものか。

電車の窓からの日差しがさらに強くなっているのに気がついた。

電車がカーブで大きく揺れた。

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第7話
https://note.com/bright_quince204/n/na852cc3a58ab

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