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桜襲のミトン手袋 #シロクマ文芸部

 桜色に染まっていた。
護岸工事で真っ直ぐに矯正されている川に、下流へ長く桜の花びらが流れている。その流れる様は、深海からきた息も絶え絶えのリュウグウノツカイが浮いているようだった。
 平年より少し早くに咲き出した桜の花は、先日の風雨によって一気に川面に舞っていった。桜の花びらとともに、母が作ってくれた右側の手袋が流れていく。河川堤防に降りたしたとしても、この時期の水位は低く、私の身体が流されることはないだろう。下へ降りて流されていく手袋を追いかけようか。そんなことは無駄な行為だとわかっていた。だから私は追いかけなかった。それは11年前、母を追わなかったのと同じ。
「星川さん、ずっとその手袋だね」
 社会人3年目の職場の花見で、先輩に言われたことがある。
「手編み?」
「あ、一応」
「自分で作ったの?」
 先輩は、どうのような答えを期待しているのだろうか。私が編んだのだと言ったら、その次の言葉として“先輩のも作ってあげましょうか”というのを期待しているのだろうか。それは、私の思いすごしにすぎない。いつもは決まって同じ言葉が投げかけられるからだ。
「でも、大胆なデザインだよね」
「そうですか」
 母が編んでくれたミトンの手袋は、桜の時期に産まれた私を想って桜襲さくらがさねになっている。
 表は純白に刺繍で、薄紅色とも桜色とも敬称しがたい数色の桜らしき模様が施してある。裏は上品な薄目の紫色に黄色みがかった緑色の毛糸で葉っぱのような形が点々と刺繍してある。
「はじめて作ったものなので、手放しにくくて」
 手袋のことを指摘されると、私はいつも同じ答えを繰り返していた。
「そうか。だから一所懸命さが出てるいるんだね」
 一所懸命さ、それは決して誉め言葉ではない。編み物を覚えたての少女がやっとの思いで作り上げた第一作目の作品なんだなと、突きつけられているようなものだ。

 今年は、花見は参加しなくてすむ。当直と花見大会とどちらが苦痛かと問われたら、私は迷うことなく“花見大会”と答える。きれいに咲き誇る桜の花そっちのけで、飲めや歌えやの大騒ぎが嫌いだ。舞う桜と書く自分の名前も嫌いだ。もっとも嫌いなのは、桜が咲くこの時期が大っ嫌いだ。
 当直明けの朝、一人で真っすぐに矯正された川を橋の上から眺めるのが好きだ。今日は昨夜と打って変わって暖かい。左手に残った手袋も外そうか、しばし悩んだ。こんな暖かい陽ざしを浴びているのに、不格好な手袋をはめているなんて変だんなと思い、手袋をゆっくりと脱いだ。
 そして、右手を伸ばした。指先でつまんだミトンの手袋は生暖かい風に揺れた。表の白色、裏の薄紫色の毛糸が交互に光った。


「ここで、何してんだい?」
 声をかけれた方を見ると、同期の鳥海くんがいた。
「あ、お疲れさん。片方落としちゃったから、一緒にしてあげようと思って」
 私は、右手に持った手袋を鳥海くんに見せた。
「そんなことすんなよ。川が汚れるし、桜襲の手袋が泣くぜ」
「え?」
「それ、星川の名前をちなんで作ってくれたんだろ?」
 桜襲のことや私のために作ってもらったことなど、鳥海くんに話したのだろうか。私は覚えていない。
「また、作ってもらえば?」
 この人には、まだ母が一人の女として、愛する男と出ていったことは話していなかった。それでよかったと思った。まだ、そこまでの関係じゃない。
「そうだね」
 と答えて、私は桜襲のミトンの手袋を鞄の中へいれた。

 職場の同期が背中を押してくれた。
毎年、私の誕生日に桜の絵がついた誕生日カードを送ってくる人。一人の女として愛する男を追って出ていった母。
 人を好きになって、少しだけ母の気持ちが理解できたように思う。
「もう一度、桜襲のミトンの手袋を編んでもらあえませんか」
 と、返事を書いた。

                            了
 
 
 


#シロクマ文芸部 #桜色  
今週も参加させていただきます。


サポートしてほしいニャ! 無職で色無し状態だニャ~ン😭