何となく、「探す髪型」の旅

 何となく探し続けている「髪型」がある。それは、グルメ本の名著「美味しんぼ」に登場する、海原雄山氏(以下、「海原氏」)の髪型である。

 海原氏は、陶芸、書道、絵画、文筆に秀でた才能を持ち合わせている芸術家でありながら、「食も芸術」と捉えている、類い稀な美食家でもある。

 装いは、和服が主。ワードローブからその日のお気に入りを、その千里眼で見抜いているのだろう。
 そして髪型。前髪は、眉毛に掛かる程の長さを「8:2」の右分け(ときどき左分け)で後ろに流し、ほんのり薄く下ろしている。サイドも前髪同様に全体的に後ろに流し、襟足は長め。海原氏の装いと絶妙にマッチしている。このバランス感覚は、さすが大芸術家。

 この髪型は、「大芸術家」が和服を着用するからこそ似合うのか。そうではなくても似合うのか。ある日突然、調査欲求が沸き起こり、電車内での観察を開始する。インドア派の自分には、観察場所は「通勤電車」くらいしか思いつかなかった。辛い通勤時間が、楽しくなり始めた。
 その活動は、今年で20年目を迎える。

 そんな今年、仕事で電車移動をしていると、かなり近しいその髪型と出会った。その瞬間、私の心は輝きに満ちた。天の川銀河を超えるほどに。 
 その感動を味わいながらも不安がよぎる。「海原氏のセキュリティー解除方式が顔認証だったとしたら・・・」これは一大事だ。早く策を講じなければ・・・。
 いや待てよ、似ているのは「顔」ではなく「髪型」ではないか・・・20年越しの出会いに鼓動が高鳴り、正気を失っていた。

 電車内で出会った髪型の持ち主は、スーツ姿であった。洋装でも合うように、前髪はふわっとブローをし、後ろに流していた。セットの仕方でこんなにも印象は変わる・・・想像力の小さかった自分が、とても恥ずかしく思えた。

 芸術家は人の心を成長させてくれる。その偉大さを痛感する、長い「旅」であった。

#創作大賞2023 #エッセイ部門

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