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絵本探究ゼミⅣ-①


2023年9月10日 ミッキー絵本探究ゼミ第4期が始まった。
第3期の振り返りが途中だが、記憶の薄れないうちに第4期初回の振り返りを記す。


1,好きな翻訳絵本のこと

初回の持ち寄りお題は「自分のお気に入りの翻訳絵本」。
我が子の小さい頃家庭で楽しんだ絵本は、思い出も思い入れもたっぷりだ。
改めて「翻訳絵本」に絞って棚を眺めて探してみると、国内絵本とは異なり、ロングセラー絵本を楽しんできたことに気づいた。
『こねこのぴっち』(ハンス・フィッシャー/文・絵 石井桃子/訳 岩波書店)も思い出深い一冊だったが、私自身もかなり気に入っていた『うさぎさんてつだってほしいの』を最終的に選ぶことにした。

『うさぎさんてつだってほしいの』

シャーロット・ゾロトウ/ぶん モーリス・センダック/え
こだま ともこ/やく
冨山房
1974年11月5日初版
(2001年9月26日第16刷発行)

原著 MR.RABBIT AND THE LOVELY PRESENT ©️1962
1963年コールデコット賞オナー賞

シャーロット・ゾロトウ(Charlotte Zolotow)
(1915-2013)児童文学作家・詩人。アメリカのバージニア州に生まれる。ウィスコンシン大学で美術、創作、児童心理学を学び、ハーパー&ロウ社の児童図書部で編集をするかたわら、作家として活躍。絵本作品は70冊以上にのぼる。主な絵本に、『にいさんといもうと』(岩波書店)、『ねえさんといもうと』、『そらはあおくて』(ともに あすなろ書房)『うさぎさんてつだってほしいの』(冨山房)、『いつかはきっと…』(ほるぷ出版)、『かぜはどこへいくの』(偕成社)などがある。

絵本ナビより

 

モーリス・センダック(Maurice Sendak)

1928年アメリカ ニューヨーク生まれ。アート・スチューデンツ・リーグに学ぶ。『かいじゅうたちのいるところ』(冨山房)でコールデコット賞を受賞、その他『まよなかのだいどころ』『まどのそとのそのまたむこう』(冨山房)、『ロージーちゃんのひみつ』(偕成社)、『そんなときなんていう?』(岩波書店刊)、『くつがあったらなにをする?』(福音館書店刊)、『ミリー』(ほるぷ出版)他多数の作品がある。国際アンデルセン賞、ローラ・インガルス・ワイルダー賞、アストリッド・リンドグレーン記念文学賞などを受賞。

絵本ナビより


選んだ理由と考察

子育て中、フェリシモの通販のお任せコースで絵本を届けてもらった中の一冊であり、おそらく当時の書店はおろか図書館でも巡り会えなかったであろう作品である。
このコースは山崎慶子さんのセレクトで頒布され、専門家ならではの選書ラインナップに今となっては大変感謝している。

我が家の三人娘たちは同じセンダックの『かいじゅうたちのいるところ』には興味薄だったが、この絵本は少し大きくなったら役割を振って読み合うなど、長く楽しんでいた。
そう、この絵本はまさに「声に出して読みたくなる絵本」だ。

テキストは、ほとんどが表紙の「おんなのこ」と「うさぎ」の会話のみで進められ、誰が話したかのト書きはほぼ省かれている。→2章へ
おかあさんへのプレゼントを探している女の子と時折珍妙なアドバイスを繰り出すうさぎとの、軽妙かつ温かいやりとりが、何度読んでも楽しい気持ちにさせる。

声に出して読むとそれぞれの性格までが伝わるのは、完全な口語体の翻訳の妙だと思った。
特に台詞の語尾が生き生きとして、お互いの会話のキャッチボールを盛り立てている。→2章へ


「てつだって ほしいことって それなのよ。だって あたし、おかあさんに あげるものが なんにもないんだもの。 」
「おかあさんにあげるものが なんにもないんだって? やれやれ、それじゃあ てつだって あげなきゃね。」

『うさぎさんてつだってほしいの』より

令和の今では、かなりレトロな和訳に思えるが、きちんとした服装の少しおしゃまで優しい女の子に、とぼけていながらたまらなく紳士的なふるまいのうさぎさん(こちらは変に衣服を着けていないところが良い)が寄り添う、極上の会話劇である。

この会話劇の翻訳を考えてみると、
訳者のこだまともこは、おんなのこの一人称を「あたし」にしている。
もしこれが「わたし」だったら、ずいぶんと趣が異なるわけで、、、。

原書の文章はどうなってるのだろうか?
会話だけが続いているのだろうか?→2章へ

会話文(セリフ)の翻訳は案外創作作業に近いのかもしれない、と感じた。

センダックの絵は二人の関係をこのうえなく素敵に描き伝えている。
特に手足と耳が長いうさぎのポージング、視線の向きなど、ひとつひとつが痺れるほどいかしている。
このうさぎのファンは多いのではないだろうか。

女の子がうさぎと出合い、別れる時は日も暮れている。
時系列にそって進むストーリー構成は一篇のショートムービーのようであり、うさぎと別れた後の女の子の家での幸せなアナザーストーリーも想起され、とても余韻の残るラストシーンだ。

ところで、うさぎは本当にいたのだろうか。
余計なト書きがない分、女の子のインナーボイスの会話劇ともとれるファンタジー性が、この作品の魅力のひとつであり、和訳の思いがけない奏功だと思うのだ。



以上は講義を聴く前のウォーミングアップ。
一冊を久しぶりに丁寧に読み、改めて自分のお気に入りポイントが明確になり、また翻訳に関していくつか気になる点が浮かんできた。
講義や、講義後手に取った参考図書で考察する。



2,絵本の翻訳について

初回講義では、絵本の翻訳についての先行研究である
『石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのか 声を訳す文体の秘密』
(竹内美紀/著 ミネルヴァ書房 2014年4月)を参照しながら、
優れた絵本翻訳についての考察ポイントを学んだ。

翻訳は何に合わせるのか

大まかに言って、その翻訳が上手くいっているかどうかの判断は
①その作品の世界に合っているか
②読み手に合っているか
③聞き手に合っているか
の3点を見なくてはならない。

①と③はこれまでも意識していたが、②に関しては自分にとって新しい視点だと感じた。
子どもへ読む読み手は時代や年齢に依ってその感性が異なる。
現代の母親たちが、「うさこちゃん」より「ミッフィー」に親しみを感じるとのことだったが、一度翻訳されたものはなかなか改訂されないことを思うと、ある種の翻訳は確実に古びていく、と言わざるを得ない。

実は、第1章で選んだ『うさぎさんてつだってほしいの』は、確実にその危険を孕んではいないだろうか。
果たして、先の引用例文は今の母親たちがてらいなくナチュラルに読める日本語なのだろうか?

現在25~30歳の娘たちを育てる過程で、いわゆる女性言葉や丁寧な物言いが廃れていく様を身近で感じてきた。
だからこそ、美しい日本語に触れる良い機会だという惹句すら用いて若い母親たちにも絵本タイムを薦めてきたのだ。

「その文体やセリフの言い回しは、読み手である今の親たちに合っているのか?」

思わぬところで、翻訳絵本に限らず考え込んでしまうポイントに出くわしてしまった。

そういえば、、、
振り返って、新米ママ時代に自分はどうしても「でっかい」という言葉を声に出して読みたくなかったのを思い出した。
なぜその絵本では、「おおきい」や「おっきい」ではなく「でっかい」なのか。当時「でっかい」は標準語圏では女性は使わないと感じていた自分は、それを娘たちに読むのが苦痛ですらあったのだ。
すっかり忘れていたエピソードだ。
もちろん、今は難なく読めるようになった。が、しかし日常会話では滅多に使わないワードである。

翻訳からずいぶん離れてしまったが、これからは「聞き手」だけでなく「読み手」を意識した選書も心がけてみよう。
新しいめがねを手に入れた気分である。

『絵本翻訳教室へようこそ』

ミッキー先生が講義で示してくれた参考図書のうち、朝日カルチャーセンターでの翻訳教室の講座を元に書かれた本を読み始めたのだが、これがめっぽう面白い。
実はミッキー先生も通われていたので仮名で登場しているとのこと。

参考図書
『絵本翻訳教室へようこそ』 
灰島かり/著 研究社 2005年

読み始めてすぐに、本稿第1章で気になっていたことに次々と言及し明快な解説をつけてくれるのだ。

本文が始まってほんの3ページ目で、まずは「語尾」について!

ところで日本語では、主語を省いても、それを誰が言ったのかわかるのは、それに続く述語の語尾が変化するからです。・・・中略・・・日本語は、語尾がさまざまに変化して細やかなニュアンスを伝える、そういう言葉なんですね。

『絵本翻訳教室へようこそ』p6

つまり、翻訳家は語尾にかなり気を遣って翻訳をするのが常套で、当時30代前半で翻訳絵本のほぼ一作目としてこだまさんに訳された『うさぎさんてつだってほしいの』は、語尾のエッセンスが濃縮されて詰まっている意欲作にちがいない。今一度、語尾に大注目して読み直そう。


『絵本翻訳教室へようこそ』

まさに、絵本翻訳の学びにようこそ!
という初回講義であった。

参考図書は
まだまだ読み進めている途中なので、学びは始まったばかり。

絵本探究ゼミを受講する以前は、翻訳絵本の翻訳は原書と比較できなければ考察できないと門外漢でいたのだが、
第1期で最近の翻訳絵本の魅力に気付き、第3期ではロングセラーやメダルブックといわれる翻訳絵本に触れることで、俄然興味が湧いてきたところだ。

幸い、絵本翻訳の研究はミッキー先生の専門分野であり、汲めどもつきぬ知識見識の数々を講座で聞けるのは楽しくてしようがない。

第2回以降も学びを深めていきたい。

3,絵本探究ゼミを受講する理由

絵本の活動を長く行う中で、子どもだけでなく大人の方への「絵本のはなし」を求められる機会が増えてきた。
中には「絵本はかせ」と呼び親しんでくれる方まで現れ、教育機関で一切児童文学を学ばずにきている身として、学び続けることを課していこうと思うようになった。
色々な学び方がある中で、本講座は大学院に準じてアカデミックな要素が強く、また、主体性が重んじられるところが特徴だと思う。
ゼミ形式なのも楽しい。

また、言語化、アウトプットを強化するにも良い機会となるので、
大人の学びとして今期もできるだけリフレクションを頑張りたい。





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