意訳「パペポTV~一杯のかけそば」

北海道札幌、夫婦で営んでいる蕎麦屋にあった話。
暮れの押し迫った時期、そろそろ店じまいしようかという時間に小学生の頃と思しき子供二人を連れた女性がやって来ました。女性は言いました。「あの……三人で一杯のかけそばをお願いします。よろしいでしょうか?」

(ええ結構ですよ3人で一杯でも8人で1杯でも、ウチとしては断る理由は何にもございません!3人で6杯を食べて頂こうとそれは好き好きでございます!どうぞ!)

店主は軽口で煽ることなく
「ええ勿論。そば1丁ですね。」
と言い、カウンターの奥の厨房へ行き蕎麦を茹で始めました。
厨房の店主に女将が寄って行き、耳打ちするように
「あなた、あの人達何か事情がありそうだよ。もう店じまいの時間だし、折角だし三杯出してあげようよ。」
と言いました。店主の頭に

(『どうせウチも今年はこれで最後!3人で1杯なんて寂しいことを言わんと3杯食べなはれ!』)

という考えが浮かんだ後、自ら打ち消すように女将に「そんな事をしたら却って気を遣わせるだろう」と返した後、また少し考えて

 (『はい!ご注文のかけそば3杯です。』
 『えっ!いえ私たちは1杯しか頼んでいないんですが......。』
 『いえいえ!ウチはですね。特別にこの時間に来られたお客さんにですね。【1杯分のお値段で3杯プレゼント!】こういうサービスをしているんでございます!さあ3杯どうぞ!』)

そう考えた自分を心の中でどつき回しながら、そば黙って1玉に半玉を足してかけそばを出しました。
出された一杯のかけそばに女性は

(丼を奪い取り1人で蕎麦を食べ始めました。「おかあちゃん」「黙っとけ」「おかあちゃんボクも」「引っ張りなっちゅーてんねん!」と子供の手を払いながら、あらかた食べてしまった後で「そんなに食いたいか!さあ食え」とのように子供たちに麺の2、3本泳いでいる丼を差し出しました。)

という落語の時うどんのような小芝居を打つことなく、子供達に丼を差し出し
「お母さんお腹一杯だからあなた達が食べなさい」
と言いました。子供達は2人で仲良く
「美味しい美味しい」
と2回、3回箸を動かして蕎麦を食べて、ふと箸を止めて
「お母さんも一緒に食べようよ。本当に美味しいよ。」
と今度は女性の方に丼を差し出しました。女性は蕎麦を一本箸でつまんで啜り
「本当だ!美味しいね!ここに来れて良かったね!」
と言い、一杯のかけそばを「美味しいね」と言いながら仲良く分けあって食べました。

翌年の暮れも、その次の年の暮れも女性と子供の三人連れは決まって店じまいしようかという時間にやって来て、3人で一杯のかけそばを注文して
「美味しいね」
と言いながら仲良く分けあって食べました。
店主は

(何遍来んねんお前ら!ネタ振りか!)

などとは言わず、暖かく三人連れを迎えました。この年は3人で1杯ではなく、3人で2杯に増えました。仲良く分けあって食べた後、兄と覚しき子供が女性に語りかけました。
「この間弟の授業参観があってね。お母さんに話すと無理して会社を休もうとするから黙って僕が行ったんだ。弟はね、作文を読んだんだ。作文の題名は『一杯のかけそば』。ここで食べるお蕎麦のお話だった。題名を聞いた時、正直僕は恥ずかしかった。ウチが貧乏だって宣伝するような内容だと思ったから。でもね、弟が読む作文を聞いていく内に、そんな事を思った僕が恥ずかしくなったよ。
お父さんが交通事故で死んだこと。お母さんが昼も夜もなく働いていること。僕も新聞配達をしていること。生活は苦しいけど3人で過ごす毎日は
とても幸せな事。そしてここで毎年食べるかけそばが最高の贅沢で、本当に美味しいこと。何よりもお店を出る時にお店の人が『良いお年を!ありがとうございました!』とかけてくれる言葉が『頑張れよ!』『負けるなよ!』と元気付けてくれるようで本当に嬉しいこと。自分もどんな人であれ元気付けるあのお蕎麦屋さんような、日本一の蕎麦屋になりたいこと。
そんな作文を読んだんだ」それを聞いた店主は

(何を聞えよがしに苦労話を)

と舌打ちする事なく、カウンターに隠れて溢れる涙を抑えるのに必死でした。


次の年も来るかと思いきや、あの親子は来ませんでした。その次の年も…。それから10数年後、暮れの夜の閉店間際に手にコートを持ちスーツを着た二人の男性が現れました。「すみませんもう閉店で…」と言おうとした時、二人の間から年配の女性が現れました。「あなたは…あなた達はあの時の…」男性の内の一人が口を開きました。「お久しぶりです。あの後私と弟はご主人の『良いお年を!ありがとうございました!』を忘れることなく3人で力を合わせて頑張って来ました。おかげさまで私は医者になり、弟は蕎麦屋にはなれませんでしたが、銀行に勤めております。やっと生活に余裕が出たところで弟と母と『今年の暮れはちょっと奮発をしようか』と話をしまして。今日は私達にとって最高の贅沢をしにこちらへお邪魔しました。かけそば三杯、まだ頂けますか?」店主は「もちろん!かけそば三丁!」と涙を拭いながらカウンターに戻って行きました。

□どうこの話!泣けるやろ。3人で1杯のかけそばしか食べへんのに!
◆いや商売人は言うよ。お客さんやから。金払わんと帰った相手に「ありがとうございました」とは言わんけど。お金払ってるんやろ?
□気ぃ悪いやろ!
◆いや全然気ぃ悪くない。事情は飲み込めるし雰囲気で大体分かるもん。僕が店主やったら「いいです3杯食べなさい。年の瀬じゃないですか!」って言うもん。それを店主は言わなんだ。まあそれは人によって違うから、どっちゃでもいいけど。僕やったらそうするな、と思うから泣けん。
□いやだからっ!三人で一杯のかけそばを注文しても、嫌な顔ひとつ見せずに「ありがとうございました。良いお年を!」と声を掛けてくれる店主の優しさに…。
◆つまり商売人のモラルを説いている訳やな。最近の飲食店は立派なもんを頼んでもあんまりお礼も言うてくれへんから。
□子供心に嬉しいねんっ!そんな事を言うてくれるのがっ!
◆だから商売人として...。
□そんな商売人はどうでもええねん!僕も大きくなったら...。
◆蕎麦屋さんになりたいんやろ?
□違うっ人の優しさを説いとんねん!
◆優しけりゃ最初からかけそば三杯出してやれよ!1杯も食べんと「すみません私ら外でカップラーメン買ってきましてん。これにお湯入れてもらえませんやろか?」って言うてる客に「よいお年を!ありがとうございました!」これは中々言えんよ。けど店で注文して食べてくれた客に「よいお年を!ありがとうございました!」って言うて何の不思議がある?
□言い方が違うねん!店主の「よいお年を!ありがとうございました!」が心に響いたんや!
◆当てつけやな。



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