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99-00シーズン セリエA第5節 S.S.ラツィオvsA.C.ミラン ~エリクソンvsザッケローニ~

 発端はこのツイート。お、いいヒマつぶしになるやんけ!

と思って、早速何試合か見たが、一発勝負、カップ戦のビッグゲームよりはリーグ戦の方が戦術的には面白そうだとの結論に至った。最初に見た、93年のマルセイユvsミランは典型だが、どうしてもこのような試合はお互いにエラーを避けたいので堅い展開になる。じゃあ戦術大国イタリアのリーグ戦ならどうだ?と思ってこの試合をチョイスすると、まあ、少なくともカップ戦よりは面白かったかな。

0.試合背景とスターティングメンバー

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 当時CIRIOのオーナーであるクラニョッティの積極投資によって欧州有数の金満チームだったラツィオ。前シーズンは2位で、この99-00シーズンは悲願のスクデットを獲得を果たした。監督エリクソンは手腕を買われ、後に初の外国人監督としてイングランドを率いる。この試合でスタメンでない選手にもネドベド、スタンコビッチ、マンチーニらがいる。ベロンは「02年ワールドカップは彼の大会になるだろう」みたいな言われようで、市場では今でいうデ・ブライネみたいなポジションだったと思う。顔の系統は全然違うが。
 ミランはウディネーゼを率いてアタッキングフットボールで衝撃を与えたザッケローニが監督で、就任1年目の98-99シーズンはスクデットを獲得している。やはりこの試合も得意の1-3-4-3システムを敷いているが、FWのビアホフと右WBのヘルベグ(三浦俊也さんでいうところの森田浩史選手と藤田征也選手くらいに重用していた選手)は共にスタメンを外れている。今ではすっかり落ちぶれたが、当時はミランといえばサッカー界のプレミアムブランド。毎年のようにスーパースターが国内外からやってくる。その1人、このシーズンに加入しいきなり得点王に輝いたシェフチェンコは、スタートは左シャドー(ザックの1-3-4-2-1だとシャドーというか下がり目のFW)にいたが、前半早々に得意の右サイドに移っている。

1.基本構造

1-1 セルジーニョの突進
 後にまさかの日本代表監督就任を果たしたザックは就任当初、[1-3-4-2-1]の優位性として「サイドに3人いる」ことを挙げていた。サムライブルーでのザックの[1-3-4-2-1]導入は夢と潰えるのだが、これを本気で試していたのは就任から1年前後。東日本大震災直後のチャリティーマッチでもこの布陣だった。この時、ザック(の、通訳の矢野大輔氏)は[2]のシャドー…当時の日本代表で言うと本田と岡崎のポジションのことを「ウイング」と称しており、このことからもザックの1-3-4-2-1は昨今Jリーグで流行っている似たシステムとは別の考え方に基づくものだと言える。
 ボール保持時のポジショニングに関して更に言うと、所謂ミシャ式系のチームと異なり、ザックチームのウイングバック…セルジーニョとグリエルミンピエトロ(以下、グリー)は最初からウイング化しない。ロティーナのヴェルディも似たようなポジショニングから相手の4バックを崩す狙いを持っていたが、”本来の”[1-3-4-2-1]とはこのような形から始まる。

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  両サイドでこの構図ができるわけだが、ラツィオはミランの左…セルジーニョを序盤から警戒する。セルジーニョは守備はザルだとずっと言われ続けてきたけど、結局ミランに9シーズン在籍し、あのイスタンブールの奇跡(05年)も出場していた。とにかくサイドでの突破力だけは半端なく、この試合も序盤からいきなり対面の選手を個人技でぶち抜いていた。
 ラツィオは速い時間帯からセルジオ・コンセイソンが大外で最終ラインに下がって5バック化。ネグロは中央にステイさせ、CB2人、中央のアルゼンチンコンビとでウェア、シェフチェンコを包囲する。リベリアの怪人ウェアであってもスペースを消されると、ゴールを脅かすにはピンポイントクロスが必要になる。
 その代わり、ラツィオはこの再現性のある形を作られるたびに、少なくとも中盤の3人がゴール前まで撤退を余儀なくされる。必然と序盤はザックチームのペース。「ミシャ式とは違うんやで」と言いつつ、この構図はまさにミシャチームvsどっかの無抵抗な4バックチームの構図に近い。
 ラツォオは中盤は放棄して前線の2トップ+ヴェロンでの逆襲を狙う。でも、この当時のイタリアサッカーはこういうスタイルが結構多かったと思う。だから上位チームの前線には世界屈指のストライカーやファンタジスタが求められていたし、そんな中でローマに買われた中田さんは本当にすごい。

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1-2 発明の前の時代
 一方のラツィオのボール保持。一言で言うと、ミランの3バックの脇を狙う。この当時「5トップで攻めて5バックで守るサッカー」は(たぶん)存在しない。余程時間をかけない限りは、3バックは3バックのままで、コスタクルタとマルディーニの横を主にボクシッチが走り、シンプルにサイドに放り込むことで突いていた。2トップは、サラスが中央でフィニッシャーで、ボールを持った時により柔軟そうなボクシッチが切り込み隊長。スペースさえあれば、2トップだけで、コスタクルタ、マルディーニ、そして若き日(つっても、この時26歳ぐらい)のアジャラに圧力を与えられるクオリティがある。となるとザックチームはその辺のスペース管理が重要になるね。という構図だ。

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1-3 ラツィオの狙うミスマッチ
 恐らくラツィオは2トップを左寄りで運用することで、ミランの3バックのうち一番安定しているマルディーニとの勝負を避ける。ナイーブなアジャラに9番のサラス、横の揺さぶりに不安なコスタクルタにボクシッチをぶつけて1on1の構図を強くさせる。これで3バックの数的優位性(中央の選手がカバーリングしやすい)はかなり薄くなる。当時ではかなり変則的なミランに対し、ラツィオも正面から当たるのではなくギミックを仕込んでいた。
 そしてラツィオの王様はベロン。本来センタープレイヤーなので、ボールを保持すると中に入ってくる。2年後くらいにマドリードでデル・ボスケもジダンの使い方として、最終的に同じような結論を得たが、「本来中央のプレーメーカー」をサイドでフリーマン的に運用すると、対面のサイドプレイヤーに任せていては捕まえるのが困難だ。ただ守備はどうする?という問題はつきまとうが。当時間違いなくスーパーだったベロンが暴れやすいマッチアップになっていた。

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2.配置で殴る

2-1 チンピラデ・ブライネ
 17分にラツィオが先制。基本構造として挙げた形から左サイド、ボクシッチがアジャラとコスタクルタをゴリゴリ突破してファーにクロス。このチャンスにS.コンセイソンとベロンはしっかり走り込んでいる。コンセイソンが大外で折り返し、中央でコスタクルタが触って再び右(ラツィオの左)のアジャラに流れるも、アジャラがコントロールミス。走り込んできたベロンがダイレクトで叩き込む。「ミラン時代のアジャラはダメだった」と噂では聞いたけど、確かにこれはイタリアだとボロクソに叩かれそうだ。
 ラツィオの両サイドは押し込まれていたが、やはりこの時代の、走って死ねる(アップダウンできる)WBがいない3バックは、サイドを突かれるときつそうだ。
 21分にもこの時代のデ・ブライネことベロンが魅せる。中央のスペースで受けてドリブルで切り込んでミドルシュート。はクロスバーをかすめる。ベロンが左に配されているのは、後にマンUでサイドをやらされてさっぱりだったのを知っているので違和感が半端ないが、やはりゲームが落ち着いてくるとベロンは中央に入ってのボールタッチが多くなる。

2-2 配置で殴るミラン
 ホームでリードし、カウンターから追加点を狙うラツィオに対し、ミランは配置の優位性を駆使して打開を図る。ミランの前線、ウェア、シェフチェンコ、ジュンティはポジションチェンジに積極的で並びは不定形と言ってよい。ただ、その際に必ず3人が被らない横並びを成しており、ラツィオは純粋なマンマークで対処するのが難しい状況になっていた。この配置から主にジュンティか、シェフチェンコが引いてラツィオDFのギャップでボールを受け手からの中央突破を図る。時にウェアが引いて同じ役割をすることもあるし、ウェアがサイドに流れて、シェフチェンコが中央、という形もあるが、ポジションは被らないようになっている。大外は相変わらずセルジーニョが引っ張り、中央からチャンスを探ることが徐々に増えていく。
 ただ、ネスタが統率するラツィオDFは冷静で、ミランのアンブロジーニ、アルベルティーニにはあまり食いつかず、そして受け手のジュンティにも、ある程度は持たせて、中央に入ってきたところで枚数をかけて一気に刈り取る対応で仕事をさせなかった。ジュンティがメッシやイニエスタだったら別の対応になるが、ウェア、シェフチェンコも含め、ミランの前線はあまり密集地帯で前を向くのは得意ではなさそうに見える。

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 シェフチェンコの時折見せる裏抜けが最もミランの可能性を感じる形で、25分頃には中央ボックスのすぐ外からシュート。GKの正面でザックは頭を抱える。

2-3 ラツィオのラッシュと不安定なアジャラ
 33分にラツィオはネグロ→パンカロに交代。が、投入直後の34分にミランがずっと狙っていた左サイド…マルディーニ→シェフチェンコから左サイドを爆走したセルジーニョがパンカロの背後をとって折り返す。ウェアが触ったボールが最後はミハイロビッチに当たってオウンゴールで同点。投入直後のパンカロには気の毒というか、セルジーニョはS.コンセイソンが見るはずなので、このマークずれ(リスタート時にS.コンセイソンが1列前のままだった)はそちらに非がありそうに見える。
 36分にラツィオが勝ち越し。ミハイロビッチの右CKに、ニアでシメオネが突っ込む。目の前で邪魔されたアッビアーディが処理をミスってオウンゴール。
 38分にラツィオが追加点。ミラン陣内右サイドでのスローインを素早くスタート。ラツィオは2トップ+右S.コンセイソンで計3枚。ミランも3バックなので同数。中央で2トップが引き出して大外に張るS.コンセイソンへ。この時、ボクシッチのダイアゴナルランにコスタクルタがマンマークでついていく。アジャラはファーに走るサラスを捕捉するのが遅れ、大外でフリーのS.コンセイソンのドンピシャクロスに”マタドール”サラスのヘッドが火を噴く。
 ミランは見た感じ、コスタクルタとアジャラの連携がイマイチな気がする。言葉は通じるはずだが。マルディーニはその個人能力の高さで左サイドを1人で守っていた。3バックで連携が取れないと普通に厳しい。サイドも中央も気が利く、無理がきく印象の選手がいない。

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 43分にミラン。リスタートから、ベロンの帰陣が遅れたのを見て右の、それまで沈黙していたグリーが仕掛ける。ファバッリを突破して中央に切れ込み、ボックスのすぐ外くらいから右に流れたシェフチェンコへラストパス。ようやくシェフチェンコが前を向いた状態でボールが入る。全盛期のシェフチェンコが超人的なステップワークとダッシュ力を見せて飛び出したマルケジャーニをかわしてシュート。3-2。
 AT終了までの時間帯は、セリエAのはずなのにプレミアリーグかJリーグみたいなオープンでマンマミーアな展開に。

3.際立つタレント

3-1 絶妙なミスマッチ
 後半最初のチャンスは53分、ベロンの左からのインスイングクロスに晒すがヘッド。バウンドしたシュートをアッビアーティがビッグセーブ。ベロンは逆足サイドでプレーしている選手が時折見せる窮屈さをまったく感じさせない。但しミランの2点目をアシストしたグリーは後半頭も活発で、守備意識の高いベロンはサイドのカバーに走る。ベロンが前にいるか、後ろにいるかでラツィオの攻撃の破壊力は大きく変わるだけに、このパワーバランスがどうなるかは後半のポイントになりそう。とか言ってたら、自陣からピッチの反対側に60m?くらいのパスをボクシッチに通すベロン。

 55分。ミランが右サイド、例の捨て気味のジュンティが保持。ジュンティから左のアンブロジーニへ。シェフチェンコはボールサイド、中央レーンから外れたポジションに立つと、ネスタはシェバとスペース両方を警戒する必要がある。ラツィオの圧力が緩いのを見るとアンブロジーニはスペースにスルーパス。シェバをおとりにして、スペースに走るウェアに合わせたアンブロジーニらしくない?華麗なスルーパスだった。マルケジャーニがウェアを倒してPK。シェフチェンコが決めて3-3。
 ”ザック式”の面白いところは、選手特性的には2トップ+攻撃的MFなので、4バックのチームはCB2枚でシェフチェンコとウェアを見たい。けど、この2人は2トップらしくないポジションを取るので、そのまま人を見続ける対応は難しく、スペース管理を優先するか人を受け渡して守るか、何らかの対応が必要になる。これは組み合わせ的には武蔵(アンロペとか都倉でも可)+ジェイ+チャナティップにも近いけれど、ウェアはジェイよりも効果的にポジションを入れ替えているし、それでいてチームとして機能するためにプレーの切り替えが速い。役割を頻繁に入れ替えるには一つの局面、ポジションにいつまでも留まっていてはならない。

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 61分にラツィオはボクシッチ→マンチーニ。ミランはジュンティ→レオナルド。レオナルドはスタメンにいなかったのであれ?もういないんだっけ?怪我?と思っていたがここで登場。マンチーニは(確か)優勝を置き土産に引退する。ここでボクシッチを下げると、サイドで起点を作る役割は消失しそうだ。レオナルドは左利きの右シャドー、というわけでもなく、中央からスタートすることが多かった。

3-2 傑出する能力
 68分。レオナルドがピッチ中央付近でアルメイダに引っ張られながらもファウル獲得。リスタートから、中央右でウェアがダイアゴナルなパス。レオナルドがスルーして左シャドーのポジションにいたシェフチェンコへ。ラツィオは枚数は揃っていたがボールウォッチャーになってしまったのと、やはりウェアとシェフチェンコがイレギュラーなポジションを取ると綻びが生じる。ネスタとミハイロビッチが浮いた状態で無力化され、パンカロは注意力散漫。
 しかし、それでもシェフチェンコのステップワークとダッシュ力はすさまじく、狭いスペースでも違いを作ってしまう。ハットトリックとなる3点目で初めてミランがリードを奪った。

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  70分にラツィオはシメオネ→シモーネ インザーギに交代。前線は左からマンチーニ、サラス、インザーギ、S.コンセイソンの4トップのような形で、ベロンが中盤センターに回る。直後の72分、ベロンの右クロスをサラスが左足で合わせて4-4。S.コンセイソンとインザーギが右サイドに流れてマルディーニの脇を突いた形から。やはりサイドを効果的に突きたいけど、ボクシッチを下げてしまったので、インザーギにその役割を再度与えたという感じか。
 76分、ミランはセルジーニョ→ホッキ ジュニオール。マルディーニが左WBに回り、S.コンセイソンのサイドに蓋をする。85分にはシェフチェンコ→ガットゥーゾでゲームをクローズにかかる。ガットゥーゾはATにボールに触る機会があったがめっちょ下手くそだった。
 終盤はラツィオのペース。中央に移ったベロンが自在に動き、右から相変わらずS.コンセイソンが突っ込む。ミハイロビッチのセットプレーから2度枠内シュートがあったが、アッビアーティが気合のセーブで死守。

4.雑感

 前半の、ラツィオの連続得点前と後ではテンションかなり変わって一気に激しいゲームに。これは互いの監督としては予想外だっただろうか。
 この1試合だけの印象だが、エリクソンのラツィオは案外キャスティング・選手の組み合わせ重視だったのかもしれない。ザックのミランの方がシステマチックで、やることはやはりパッケージ化されていた。
 今の時代にある戦術のうち多くはこの時代にも、少なくともアイディアはあったはず。違いはトレーニングのメソッドや、選手のコンディショニングとかそういったところじゃないかと思う。

 それなりに面白かったが、もう少し別のテイストのチームを次は見たい。そんなところでごきげんよう。

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