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思い出す都市計画(中)


3つの磁石

さて、前回の終わりに呈示したダイアグラムに関する解説です。
まずは最も有名な「3つの磁石」について。

ハワードが生きていた当時のイギリスは、前回もお話した通り、それはそれはひどい生活環境がそこかしこに見られました。
都市であれば、工場が密集し、労働力をあてがうための最低限度未満の住宅があり、疫病と隣り合わせの暮らし。
かたや農村であれば、労働人口が漏れ出し、鄙びたとも形容しがたい過疎の光景。
彼は、都市に漏れ出してしまった人々をどうやって「土地」に回帰させるかを考えました。そして、現状分断が起きてしまったことについては慎重な社会調査に基づく考察が必要かというと、そうではなく、端的にそれぞれの土地の「魅力」についてまとめればよく、その「魅力」に人々が引き寄せられるか否かが現状を示していると考えました。
それが「3つの磁石」です。

ダイアグラムの上2つの磁石はそれぞれ、「町(Town)」と「いなか(Country)」の名前が付けられ、長所と短所が書き出されています。ずいぶんこき下ろされたものですが、強ち誇張されたものでもないのでしょう。現代にさえ通ずるところはあるのですから。
「人々(図では鉄石で表現される)」はこれらの「魅力(すなわち磁力)」に引き寄せられ移動するのだと、彼はまとめました。

しかし、これらの町、いなか、それぞれ短所を受け入れざるを得ないのが当時のイギリスでした。そして、それを所与のものとして代替案をどうするのか、皆考えあぐねているのであると彼は喝破し、両者の長所だけを取り入れた一挙両得の「町・いなか」磁石が作れるのだと主張したのです。

「町・いなか」磁石―田園都市―

図にある通りの田園都市なので、実は特に書き加えることがないのがハワードの本の特徴です。絵に描いてしまえば説明が楽だと考えていたようです。

これを見ると、町そのものの説明を追うのに便利だ――ただしこの説明は単に、こんなものだろうという程度のもので、実際にはこれとはかなりちがってくるはずだ。

前回からの繰り返しになりますが、彼は紙面の殆どを町の在り方、生み出し方に割いており、町そのものの形態については簡潔な書きぶりにとどめているのです。おそらく彼は町というものが深遠な歴史や簡単には解きほぐせない人の因果の集合体であったことをよく理解していたし、形態が住みやすさを作るものではないと示唆していたのではないかと思うのです。

どんなしっかりした行動の体系よりも、人工的な支持が必要なのはしっかりした考え方の体系だ。

図表頁を含めても、ほんの10頁に満たない第1章「『町・いなか』磁石」の解説の章の終わりに彼はこんな文章を残しています。つまり、彼の描いた図は、押し付けられた個人的な理想都市ではなく、理想都市として人の想いを紡いでいった結果として、例示的にこのような形態に収斂されていくだろうと、どんな人にも分かるように絵にしたに過ぎないのです。
だから、各種の本でちりばめられたこの絵が拡がっていってしまったことを、もしかしたら彼は眉をひそめてみているのかもしれません。

とは言え気になる絵の中身

さすが理想家の一面を持つハワードなだけあり、絵には面白い計画も見られます。それがヘッダー画像にも設定してある「水晶宮(クリスタル・パレス)」です。
クリスタル・パレスという言葉自体は彼の発明ではなく、元ネタがあります。建築家ジョセフ・パクストンが1855年に発表したもので、ハワードの思い描いたものをすごーくチープに卑近な表現を使ってしまえば、「総ガラス張りの開放的な○オンショッピングモール」という感じでしょうか。道路に面していて、中は回遊できるようになっていて、環状チューブのように町の中心部をぐるりと囲っている複合施設です。
もっと言えば、1851年の第一回ロンドン万博のメインパビリオンとなったのが、クリスタル・パレスですから、その影響は多分にあったのかと思われます。本著の前身の発行が1898年、改訂版の本著の発行が1902年。世紀末、パリ万博、新世紀、色々な期待が駆け巡ったことでしょう。実際にはクリスタル・パレスが日の目を見ることはありませんでしたが、ちょっとした遊び心というか、未来技術に期待を寄せるユートピアンな一面が垣間見えます。

そんなこんなでまた長々書いてしまいましたが、そういう理想的な町が、主要都市を囲い衛星上に配置された有機的な都市群というのが、まぁ産業的にも住環境的にもよろしいのだろう、と彼は考えました。都市の膨張や過疎への対策、実現方法と維持方法、疑問が尽きないところですが、それは次回以降に場所を移したいと思います。ここからがハワードの本領発揮と言うところだと思います。

参考文献

 エベネザー・ハワード著、山形浩生訳(2016)『新訳 明日の田園都市』鹿島出版会
 越沢明(2004)『都市をつくった巨匠たち―シティプランナーの横顔』ぎょうせい
 ジョナサン・バーネット(2000)『都市デザイン―野望と誤算』鹿島出版会

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