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あのたび -sosoとニーママ-

 よく聞かれる質問が、「言葉はどうしたの?」というものである。

 実際、旅行前の一番の心配事がこれだった。欧米人と会話ができるくらいのレベルを100と仮定すると、ゼロではどうにもならないがレベル1ならまだなんとかなる。中高大と少しは英語に触れてきたのでなんとかなるだろうとは思っていたのだがヒアリングはほとんどできなかった。ボキャブラリーもポケット辞書頼み(2003年当時スマホはなくGoogle翻訳なんて便利なものはなかった)。
 ボクの発する言葉は、

 「I want~」と「How much?」くらい。

 あとは各国の数字を覚えることと、行きたいところの地名を連呼すること。これで1年間の旅行中の衣食住をこなすことはできた。

 旅行を通して少しは話せるようになったかというと全くだ。今後またどこかへふらりと行く時のために英語を勉強中しようとするが挫折するの繰り返し。アフリカへ行くならフランス語、南米に行くつもりならスペイン語も多少知っていた方がいいかもしれない。

旅行中に覚えたのは以下2つ。

 どこどこ行ったことある?という質問は「Have you been to ~?」というらしい。Haveが先頭にに来るのだが、そんな構文学校で習ったかな。 

まあまあという感想は「so so」を使う。

 とかく英語はイエスかノーかはっきり断定する傾向がある。だがあの世界遺産どうだった?と聞かれてもまあよくもなくわるくもなくどちらでもないという感想のほうが多い。
 特に日本人はあいまいに濁して断定を避けたがる傾向があるので、この「so so」というのは便利だ。食事はどう?宿はどう?と何を聞かれてもとりあえず全部「so so」で答えておけば良い。 
 
ただデメリットは、こいつ会話する気ないんだなと避けられる可能性が高いことだ。通じない英語で会話しつづけるのもしんどいのでボクの場合はそれでも良かった。

 ラオスのバンビエンで泊まった宿で受付をしていたのはまだ10代に見える若い少年だ。彼は英語の読み書きは全くといっていいほどできないのだが会話は達者で、欧米人相手にひるむことなく洞窟探検ツアーの売込みなどをやっていた。

 彼が発した言葉に「ニーママ」というものがあった。近くにいた日本人を集めてこれはいったい何と言っているのだ?という議論が始まった。もちろん現地のラオス語ではなく英語だ。の部分にアクセントがあるようだが何度聞いてもさっぱりわからない。単語1語なのか2語なのかもわからない。紙とペンを持って来て彼に書いてもらったがそのNとMで始まる単語は見たことも無い。彼は単語をアルファベットのつづりでは覚えていないのだ。

 何分かして誰かが気付いた。

 「Never mind」(心配するな、問題ない)

 日本人のボクたちにとってはネバーマインドはどこまで行ってもネバーマインドだ。しかし彼が発音するとニーママに聞こえるし、それで欧米人相手に通じているのだ。英語ができなければここで働くこともできないという生活のために身についた英語と、ただ構文と単語を何年間も書かされただけの英語。2つの間の大きな隔たりを実感した。

 世界遺産のあるカンボジアのアンコールワットでは、広大な敷地に遺産が点在するため、バイクタクシー(通称バイタク)という商売が幅を利かせている。バイクの後ろに2人乗りし、1日5~6US$で好きなところへ連れて行ってくれるのだ。その彼の英語も流暢だった。毎日1時間の英語の受講コースに1年間通っただけだというのに、だ。

 彼に「お前は何年英語を勉強したんだ?」と質問された。中学校から合わせれば10年以上にはなるが、恥ずかしくてその問いには答えることができなかった。ただ、「今度はもっと英語を勉強してから来るよ」とだけ言っておいた。

 アユタヤからバンコクへの電車は3等でわずか15B(≒45円)。1時間40分で着いた。これまで通ってきた国々と比べバンコクははるかに大都会。多くの旅人が起点とする街に、ボクは日本から出て4ヶ月かかって到着した。飛行機を使わなければこんなものだろう。時間だけは有り余るほどあるボクにとって、飛行機は時を金で買う手段でしかない。飛行機を使わずどこまで行けるのか、行けるところまで行ってみようかという気分になっていた。

 ホアランポーン駅から53番バスでカオサンへ。バックパッカーの聖地で安宿があるという話だ。バスに乗ったはいいが初めて見る景色なのでどこで降りたらいいかわからない。ただ53番に乗れという情報だけがあった。料金のシステムも価格もわからない。日本だったら先払いか後払いだろう。しかしここでは、乗ったら払いだ。運転手とは別に車掌?が居て、客が乗るたびに乗った客のところまで来て金を徴収するというシステムだ。お釣りもすぐ払えるように特殊なコインケースを片手に持ちカチカチと開けたり閉めたり音を鳴らしている。

 カオサン?カオサン?と連呼し、このバスはカオサンまで行くのか?着いたら教えてくれよという意味をこめて車掌に小銭を支払った。

タイルート

(つづく)


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