掌編 紗江

恋人に大きな額の借金があり、紗江はアルバイト代から、5万10万15万と返済のお金を絞り出した。それでもちっとも足りないらしく、借金取りからの電話が、デート中でもかかってくる。その度に恋人は縮み上がり、電話に出ればペコペコと頭を下げる。

「俺、ホストにでもなって、金稼ごうかな」
恋人が、伸びをしながら言う。
「ホストクラブなんかない田舎なのに、どうするの?」と彼女は聞く。
「一緒に暮らせばいいじゃん」
恋人は、ホストクラブのある街へ、彼女と引っ越ししたいと言うのだ。彼は、紗江の手を握る。あたたかさと、バカさが彼女に伝わる。恋人がモテたらどうしよう。紗江にその不安はあった。でも、新しい生活に胸をときめかせる自分もいて、彼女はうんと、頷く。
紗江は張り切ってアパートを探し、必要な家具を揃える。費用は彼女もちだった。認知症が始まった祖母から、お金を引き出したりもした。恋人は新居に、自分の実家から布団を持ち込んだ。
恋人と寝たり起きたりの時間を合わせるため、それからやはりお金のため、紗江も夜の飲み屋で働くことにした。まず、お化粧が映えない顔だと言われ、しばらくすると、お客さんとのコミュニケーションも下手だと怒られた。身体を使う店はどうだろと、店長に打診される。店長が、彼女に系列のピンクサロンを紹介した。
恋人も、接客が得意じゃないのだろう。ちっとも稼げなかった。
朝方疲れて帰ってくる恋人の、スタイリングが崩れて粉を吹いた髪、くたびれても何も報われない、犬みたいな顔を見ると、紗江も一緒に萎んでしまい、自分が頑張ろうと思った。
深夜営業のスーパーで、一人買い物をする紗江。恋人の好きなものも買う。目を覚ます午後三時、隣に眠る恋人。先に出かける紗江を見送る恋人。
夕方のバスは、混んでいる。玄関を出る時、恋人が、ありがとうと言った気がした。
今日は、何人お客さん来るんだろう。片っ端から、やっつけてやる。紗江は、つり革をぎゅっと握りしめた。

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