当事者祭り

経験、知識が人を豊かにしているという思いこみ
当事者こそが真実を知り、発信する権利があるという思い込み
これは、危険な感覚だ

経験していない、知らないからこそ非当事者は視野が広い
もちろん無知だからこそダメなこともしちゃうが、
これをダメよと諭する人間はむしろ誰でも良い。その道のプロ、ベテランで良い

選挙では、いわゆる社会的少数派の弱者が候補者として祭り上げられる
ある党はそんな候補者だけを祭り上げ、党首が俳優まがいの素晴らしい演説を展開し
多くの有権者の同情票を集めて社会的弱者を比例区から当選させた
そう。当選を、させた。
祭る人も祭られる人もこんなドラマは織り込み済みだったはずだ

当事者を使うことで何かを利益を得ようとする人間は必ずいる
いわゆる気の毒な人に同情のポーズを示すのは気持ちがよい
逆に、スルーするには心が痛む。後味が悪い。
当事者を使う運動は、人々の道徳心をいじり、思考を停止させる
多くの人にとりえあずイエスと言わせて、
気持ち良くさせるだけの運動は、何も生み出さない
同情、感動の娯楽産業だ

非当事者はこうして、入り口手前で快感を得ると思考停止する。
本音と建前だけをわきまえて、自分の範疇で平和に過ごす。
私、良い人です、良い事しましたよと。

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