21世紀の探偵たちへの挑戦状(シャーロッキアン殺人事件:解答編)

注意:以下の文は、前回の記事の解答編となっているので、第5節からスタートする。この話はフィクションであり、登場人物も架空の存在である。


5:名探偵あらわる

 重要参考人として逮捕した峰新生の拘留期限が近付いており、依然として証拠は不十分だった。峰は警察に「本件は不当逮捕であり、拘留期限が訪れれば被疑者補償規程に則り勾留期間分の補償金を求める」と述べている。無論、刑事起訴しようとすればできなくはない。しかし強引に起訴したところで証拠不十分で無罪、被疑者補償規程より高額な刑事補償金、マスコミや世間からのバッシングのリスクを考えると、そんな手段は到底使えないのである。

 しかし事件あるところに探偵あり。個人情報の抜き出しや盗聴器の設置、浮気調査を飯のタネにする探偵ではなく、純粋に事件を解決することに情熱を燃やす探偵たちが現れたのである。この事件を担当した刑事は上層部に内密で彼らと接触を図り、他言無用を誓約させた上で事件のあらましを彼らに伝え、気づいたことを報告してほしいと依頼したのである。


6:名探偵の名推理

 本事件に自分なりの理論を組み立て、刑事に提出した探偵は5名。その中で4つの推理は事件を広い視野で捉えた見事なものだったが、峰に反論の余地なしの証拠を突き付ける、または確固たる自殺の根拠を突き止めるには至らなかった。その中で最後の一人、アンゼ氏と名乗る人物の推理が光り、事件を解決に導くこととなる。その推理とはこうだ。

 峰が犯人で、凶器は3Dプリンタ製の銃。これを用いて殺人を行い、有機溶剤で溶かした。発砲の痕跡がなかった中国製ガバメントコピーはダミーであり、フィリピン経由で購入、船で持ち込んだ。


7:警察の奮闘

 この助言を受けた後の警察の行動は迅速だった。

 3Dプリンタ製の銃。2013年に米国の企業が開発した3Dプリント銃・リベレーターの設計図は民間人でも容易に閲覧、製作が可能である。この銃は撃針を除く全ての部品をプラスチックで製造でき、装弾数は1発。コルト380ガバメント同様.380ACP弾を発射する事が可能である。リベレーターを基にした自作銃(以下、凶器)は3Dプリンタで製作するため、バレルの中のライフリングを簡略化することで施条痕を無くすことは容易である。容疑者:峰新生の自宅に3Dプリンタはないが、友人関係を洗うと高級3Dプリンタを短期間貸した、という証言が出た。記録は念入りに削除されていたため、凶器を製作した証拠にはならなかったが、PC側の解析で頻繁にリベレーターの製造方法を公開したサイトにアクセスし、それをダウンロードした形跡が見つかった。また、海外サーバー経由でフィリピンと連絡を数度取っていることもわかった。(開発メーカーのサイトからは設計図が削除されているため、いわゆるアングラなサイト経由である)

 フィリピンでの拳銃密輸。主に密輸される拳銃はトカレフやマカロフ、AKのコピーおよびライセンス品の横流しで、中国製の銃がフィリピン経由で持ち込まれるケースは多い。しかし選んだ拳銃がトカレフでもマカロフでも自作銃でもなくガバメント、それも一般的な.45ACP仕様ではなく.380ACP仕様というのは珍しい例である。実際にフィリピン旅行中の峰新生の足取りを追うと、ありきたりな観光地巡りルートに見えるが、一度だけ迂回して「危険地帯」を通過している。「危険地帯」で「日本人(峰)が銃を探していた」と目撃情報があった。

 化学薬品。工場長が「取引先からクレームがあった」とした有機溶剤を回収しすべて調べると、いくつかの容器からABS樹脂の溶解した痕跡が見られた。工場では出荷前に製品の検品を行うのが常だが、入荷する側も当然検品を行う。検査基準の厳しい会社に納品したため溶剤純度の基準にひっかかったと言う。ABS樹脂溶解痕があったのは全て峰新生が最終チェックを行ったものである。

 ひとつひとつでは状況証拠でしかないが、3つ揃えば言い逃れはできない。まして、目撃情報まである。峰は諦め、犯行を認めた。


8:真相

 峰新生の借金は少額で、若葉一郎が執拗に取り立てるほどの金額でもない。若葉との関係も悪くなく、峰も若葉主宰のホームズ・ファンクラブサイトの常連のシャーロッキアンで、妻子を失った若葉を気遣うほどだった。しかし。

「僕の考えついた完全犯罪を試してみたい。でも無益な殺しはしたくない。それなら若葉さんを事故死した妻子と再会させてあげて、悲しみから救ってあげよう。僕たちの好きなホームズを題材にして、天国へ送ってあげよう。」というとんでもない動機で今回の凶行に及んだ。

 まず借り物の3Dプリンタでリベレーターを基にライフリングのない凶器を作成。有給休暇をすべて使いリフレッシュと称してフィリピンに渡って銃と弾丸を入手。帰国後若葉を「借金返済するけど人目のないとこで」という理由で喫煙所に呼び出し、凶器の接射で射殺。『ソア橋』再現のため原作通りガバメント、ロープ、重りを繋いで下の川へ落とし、品質管理室で凶器を解体、粉状に砕いたのち少しずつ有機溶剤に溶かし、検査に引っかからないような濃度で出荷分に紛れこませた。これは「トイレの水は下水道ではなく浄水槽につながるため下手に流すと証拠が残るし、出荷分の数が合わなくなる」、「品質管理でNG品が出た場合、独断で廃棄できず複数人で原因究明を行う」といった二点によるものである。チタン製の撃針も内臓に刺さらないようペンチで曲げ潰した後飲み下している。排泄するころには、下水道とつながっている警察に居るからだ。

 自分が重要参考人として警察に呼ばれ(あるいは逮捕され)、証拠不十分で釈放された後、不当拘留(逮捕)を適当に主張し、それ以降は犯罪とは無縁の生活を送り続けることで完全犯罪成立のはずだった。しかし、そう遠くないうちに重罪が下るだろう。


エピローグ:ある刑事の手記

 思い返してみれば、犯人の「完全犯罪」は穴だらけだ。

 ひとつ。現代の警察の捜査力(PCのログの調査、銃の発射痕跡調査、海外での行動記録の調査の迅速さ)を侮ったこと。
 ふたつ。『ソア橋』のトリックと凶器消滅トリックを強引にくっつけてしまって、合体事故になったこと。
 みっつ。リベレーターの口径を9mm弾に改造する技術が無かったせいで珍しい銃を調達し、悪目立ちしたこと。

探偵たちの助言がなければ俺たちも迅速に動けなかっただろう。彼らの活躍は決して表には出ない。しかし、俺たちはこの感謝の念を一生忘れないだろう。アンゼ氏と探偵の皆さんに、心の中で敬礼。

補足

・フィリピンの「危険地帯」は実在するので観光の際は注意されたし。

・当然日本では3Dプリンタ銃の所持は銃刀法違反である。

・リベレーターの由来は1942年に作られた銃「FP-45リベレーター」に由来する。.45ACP弾を1発だけ装填可能で、ライフリングが無いので有効射程距離は3m程度。ゲリラが敵の銃を奪うため用いられたとされるが性能は劣悪。

・実は登場人物の名前はタバコに由来しており、法則性がわかればトリックを無視して犯人だけわかるようになっている。


若葉一郎(わかば)
峰新生(峰)(しんせい)
エコー・キャビン(エコー)(ウィンストン・キャビン)
ジョン・プレイヤー(ジョン・プレイヤー・スペシャル)


この中で「チェーン展開しているコンビニに置いていないタバコ」は「峰」と「しんせい」だけである。


 


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