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コンビニバイト時代に、全裸男の襲撃にあった話


あれは今から5年前、大学生になり近所のコンビニで夕方のアルバイトに勤しんでいた時のことだ。

その日も17時から出勤し、以下2名の仕事仲間と業務に励んでいた。

Kさん:40手前のフリーターおじさん。髪が長い。
Sさん:JK。頭は良いらしいが、かわいくはない。

この3名体制の時、私とSさんが品出し、Kさんはレジを捌くというのが基本スタイルで、14時から勤務していたKさんが休憩の時だけ私がレジに入るという体制を取っていた。

そしてソイツは、Kさんの休憩時間中、レジ作業をする私の前に突如として姿を現した。

全裸男、現る


いつものように同じ客しか来ないレジに立っていると、手動ドアを「ゴッ」という鈍い音とともに派手に押し開け、ダッシュでレジカウンターに駆け込んできた男が、突然私にこう言い放った。


「た…助けてください!!!追われているんです!!!!」


言っていることだけでも突拍子のない意味不明な内容だが、それ以上に意味不明な点がもうひとつあった。


それは、この男が服を一切身にまとっていなかったというところである。


季節は晩秋。冬に向けて寒さが本格的になり始めるこの時期に、上着はおろか肌着一枚身にまとわず、あろうことか下半身まで丸出し。なにより、あまりにもお粗末で同情すら覚えるほどの小イチモツが、厳めしくぶら下がっていたのが未だに忘れられない。

この男、パンツまで脱ぎ、ありとあらゆるお召し物を身に着けぬ野性的なヤバい奴だと思い込んでいたが、よく見ると律義に靴下だけ履いていた。

そして私は、突然の出来事に狼狽えるでもなく、逃げるでもなく、思い返すたびに自分でも異様だったと思うほどに冷静だった。

私は、突然現れた助けを求める全裸男に対して

「それでは、あちらの方へよろしいですか?」

と、バックヤードへとお通ししたのである。

もしかするとその全裸男は、身ぐるみを剥がされながら命からがら逃げてきた「追われ人」かもしれない。
ここでバックヤードに通した直後、その場でヤの付く方々が乗り込んできて、裏切り者を匿った協力者として、租チン全裸男とともに血祭りにあげられて死ぬかもしれない。

にもかかわらず、私はその男をバックヤードに匿うことを選択したのだ。

なぜなら、その時店内にはJKであるSさんがいたからである。
Sさんも入店直後の尋常ではない男の様子に感づいてはいたものの、レジから離れた売り場で作業をしていたため、幸いまだ全裸男の姿を見ていなかった。今なら間に合う。

Sさんはかわいくないが、そうだとしてもJKにこんなとんでもないモノを見せるわけにはいかない。そして何もかも脱ぎ捨て全てをさらけ出したこの男が、Sさんを見て劣情を催すという最悪の事態を回避せねばという、とっさの判断であった。

私は全裸男をSさんの居ない通路を通してバックヤードへ連れて行きつつ、Sさんの居る方に向かって「ごめん、レジを見ておいてください!あとこっちこないで!」と叫んだ。

Sさんも何事かと慌てた様子であったが、チラリと全裸男の後ろ姿が目に映ってしまったのか、突然真顔になってスッとレジの方へ向かっていくのを確認できた。


日本一カオスなコンビニバックヤード、爆誕


さて、無事バックヤードまで全裸男を連れてくることに成功した。休憩中のKさんが、バックヤードで弁当を食っている。

Kさんは弁当を食べながら、突然現れた私と全裸男のコンビに唖然としていた。当然である。

しかしながら、今はKさんの心配をしている余裕はない。この、いつ何をしでかすかもわからない全裸男の処理を考えなくてはならないのだ。

幸い、全裸男は気が立っているような様子でもなく、むしろ「バックヤードへ行きましょう」というこちらの指示には律義に従っていて、暴れるそぶりはなかった。

私はその場で、まずやるべきことを考えた。
この男は今でこそ落ち着いているが、そもそも全裸で店の中に突撃してくるような人間なので油断は禁物。店内の人間に危害が及ばないように落ちつけつつ、警察が来るまでの間をしのぎ切るためには、どうするべきなのか。



そして私は一つの答えにたどり着く。


まずこの粗末なチ○コを隠すべきである、と。



私は、近くにあったビニール袋を手渡し、「これで股間を抑えて隠してください」と全裸男に言った。

ちなみに、渡したビニール袋は言うまでもなくSSサイズである。


割と素直な全裸男がSSサイズのレジ袋でお粗末なイチモツをすっぽり覆い隠したのを確認したのち、私は次の行動へと出た。警察への通報である。

無論、コンビニのバックヤードは狭いので、全裸男にバレないようというわけにはいかない。警察に通報した途端に「通報するな~!」と襲われる可能性も考慮した。何せ今回の相手は追われる身の人間なのだ。自分の命を守るため、いったいどんな行動をとってくるかわからない。

が、他にこの場を収拾させる手段を思いつかなかった。

私は店舗の電話で110番への通報を行った。
全裸男は不安そうにあたりを見回すだけで、特に暴れる様子はなかった。

そして電話をかけてすぐ、コールセンターの担当者が電話を取り、「事件ですか、事故ですか?」と確認をしてくる。

全裸男による特攻テロ…これは多分事件なので「事件です。」と答えると、仔細を尋ねられたので、事のあらましを説明した。


「コンビニ店員なのですが、いきなり全裸の男が入ってきて血相変えて『助けてください、追われています』とか言うもんですから、とりあえず匿っています。」

言っていることがヤバすぎるが、110番のコールセンターの方はそんなこと日常茶飯事なのだろう。スムーズなやり取りで警官を向かわせますと言って通報は完了した。

そして警官の到着を待つのみとなったのち、改めてバックヤード全体に目をやったが、そこは明らかに異様な空間だった。

全裸(靴下着用)の男が、ビニール袋を股間にあてながら不安げにきょろきょろと見まわしているのもそうだが、一番異様だったのはそんな状況下にもかかわらずめっちゃ普通に弁当を食べているKさんだった。

後でKさんに当時の状況を聞いてみたら、「おなかすいてた」とのこと。
食欲に勝るものなしか。こんな危機的状況で食欲が刺激されるKさんの方が、全裸男よりよっぽど野性的だった。

こうして、全裸男と通報男と弁当男が共存する、日本一異様なコンビニバックヤードが爆誕した。

全裸男の正体


通報から程なくして警察官が到着した。結構早い到着だったと思うが、前述のとおりバックヤードが地獄のような状況だったせいか果てしなく長かったようにも感じられた。

ちなみにKさんは弁当を食い終わった後「じゃ、まかせた」と言って店内へ消えていった。任せるな。

数人の警官がぞろぞろとバックヤードへと入ってきてすぐに、その中で一番のベテラン警官と思われる中年男性が全裸男に向かって

「クォルゥアアアアアア!!またてめぇかァ!」と声を荒げた。

そして隣にいた若い警官がため息をつきながら「外みてきます…」といって店から出て行ってしまった。そして肝心の全裸男は「ヒィィ!スミマセン!」と委縮している様子。

さっぱり状況がつかめないので、ベテラン警官に「あの…どういうことでしょう…」と尋ねた。


「こいつねぇ…ちょっと心の病を抱えていまして、よく自宅で癇癪を起こしては、御両親と喧嘩して飛び出すことがあるんですよ。コンビニに全裸の男がいるなんていう通報があったと聞いたものですから、まさかと思ったらこれです。」


つまり全裸男が追われているといっていた人は、ヤの付く方々でもなく、警察でもなく、ご両親だったというわけだった。

癇癪を起して暴れまわる男と聞いて少しゾッとしたが、警官は続けて「でもこいつ、ご両親以外には手を出さないんです。小心者なので。」といった。

確かに終始おどおどしているような感じではあった。だが、それがかえって怖かったというのもある。


そして一通り事のあらましを確認されていたところに、先ほど店外へと出て行った若い警官が戻ってきて「やっぱりありましたよ…」と言った。

若い警官は複数枚の衣類、正確には男物の上着やシャツ、ズボン、そして靴を両手で抱えるように持っていた。


なんとなく察しがつくと思うが、この男、ご両親と喧嘩して家を飛び出してからコンビニに来るまでの道中で、靴下以外の衣服を1枚ずつ脱ぎ捨てながら走っていたという。その男の住む家からコンビニまでの道中、一定間隔ごとに全裸男のものと思われる衣服が落ちていた、とのこと。

つまり初めから全裸だったわけではなく、ここに来る過程で全裸になったということだった。


聞けば聞くほど意味の分からない話だったが、警官曰くこういうことをもう何度も繰り返していて、次にやったら然るべき施設に入れるという話だったらしく、怒鳴っていたベテラン警官が全裸男の腕をつかみ「行くぞ!話はあとでゆっくり聞かせてもらう!」と刑事ドラマのようなセリフを吐いて撤収していった。

こうして嵐のようなインパクトを残して、全裸男は去っていった…。

結局、どうすればよかったの?

後日店長にこの件について話を聞かれたので、顛末を最初から最後まで話したが、監視カメラの映像を確認しながら「なに普通に接客してんだよ」と笑われたのが今でも忘れられない。だって接客業やってんだよこっちは。

とはいえ、もし突撃してきた人間が狂暴な奴だった場合、選択を誤ってとんでもない事件に発展し、最悪殺される…なんて展開に至ることも考えられる。

今回は運よく大人しめの奴(全裸でコンビニに突撃する時点で大人しくないという話はなしで)だったから事なきを得たみたいなところもあって、実は命の危険に晒されていたかもしれない。

が、こんな危機的状況下で、すべてを冷静に適切な対処ができる人間がこの世の中に一体何人存在するだろうか。そんな人はそれこそ警察官とか、現場での突発的な判断が求められる職業に向いている人間だと思う。

先ほど自分でも驚くほど冷静にバックヤードへ通したといったが、あれはまぁ半分嘘みたいなもんで、実際には意味不明な状況に戸惑いすぎて、結果的に普段の接客と同じ対応しかできなかったという方が正しい。人間、突然どうしたらいいのか分からなくなる状況に陥ったら、何も考えられなくなって、何も行動できなくなるということを身に染みて実感した出来事でもある。

なので私は、結局あの時何をするべきだったのか未だに分かっていない。
同じようなことがいきなり目の前に降りかかってきたとしても、自分の身を守るための最適解を導き出せる自信がない。

皆さんなら、こんな時どうするだろうか。

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