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先輩、サラリーマンはオワコンでしょうか。〈4〉


第三章 マルコの場合

【自分には夢がたくさんあるから、他人の夢のために働く時間はもったいない】


大きな背中に小さなウクレレを携えて彼は現れた。このウクレレを背負って自転車で東京沖縄間を旅したというから驚きだ。旅の様子はテレビでも紹介されて、今ではちょっとした有名人。このルックスにしてこの笑顔。そりゃあずるい。取材のひとつもしたくなる。


彼はスペインのバルセロナから約60km離れたマンレザ(Manresa)という地で生まれた。「マンレザはカタルーニャの真ん中に位置するから、カタルーニャ語で詩的に言うと、“カタルーニャの心”!」と教えてくれた。なんて情緒的な性格を纏った土地で育ったのだろう。

彼は映画の専門学校に通い、23歳の時、ショートドキュメンタリー映像を撮影するために初めて日本に来た。その2年後、彼は再び日本に来ることとなる。日本の何が彼をそこまで惹きつけたのだろうか。


日本人の空気を読む力、『本音と建前』という考え方に魅了された。日本語を通じて、日本人の考え方を知ることができる。日本語が伝わるとめっちゃ感動するから、この気持ちを忘れたくない。」彼は流暢な日本語で、思いの丈を語ってくれた。

言葉を通じて、その国の心を知る。なんだかすごく好きな考え方だ。言葉はコミュニケーションツールでしかないけれど、「よりわかりやすく伝えるために」のみならず、「より相手といい関係を築くために」ということに、日本人は長い間心を砕いてきたのかもしれない。良くも悪くも変わらない和を尊ぶ精神がそこにある。



一方で、『本音と建前』は時に本心を見えにくくする。「とはいっても、日本人もいいことばかりじゃないでしょう?」と、マルコに客観的な見解を求める。

「もちろん。日本人はキスとかハグとかあまりしないよね。スペインではもっと家族を大事にしてる。日本人ももっと気持ちをストレートに表さないと。どうせすぐ死んじゃうんだから。死ぬときに、お母さんにもっと愛してると言えばよかったって後悔しないようにね。」これには返す言葉に詰まった。彼の言う通りだ。言葉に頼りすぎない、そのことがどうしてこんなにも難しいのだろう。


次から次へと新しいことを始めるマルコに、「マルコはチャレンジすることがすきなの?」と尋ねると、「ちょっと違う」という答えが返ってきた。「俺にとって『チャレンジ』はちょっと面倒臭いニュアンスがある。いっぱい頑張らきゃいけないってイメージ。チャレンジャーよりもアドベンチャーでありたいと思う。」はーん。チャレンジャーこそかっこいいと思っていたけれど、確かにチャレンジャーの方がアドベンチャーよりもHave to感が強い…。勉強になります、マルコ先輩。


マルコの座右の銘の一つに、「自分のことを思い出すときはいつも笑顔とともに」という言葉がある。「俺には夢がたくさんあるから、他人のために働く時間はもったいないと思ってしまう。だからこそ、自分の夢のために助けてくれる人がいたらめっちゃ感謝しようって思う。」この言葉は、彼にとってきれいごとではない、真実だと感じた。

マルコの笑顔は出会った人の心を溶かしていく。相手を気遣う言葉に、人たらしの笑顔がハッピーセットでくっついてくる。自分の顏をいつも笑顔とともに思い出すなんて、案外難しいことだ。もしかしたら自分が自分を扱うように、他人も自分のことを扱うのかもしれない。マルコを見ていたらそんなことを思った。




取材後、彼は公園で、彼を紹介してくれた親友の女の子と私にウクレレと歌を披露してくれた。親友である彼女は、先日「一人で生きる練習をする!」と言ってロサンゼルスへと旅立った。

日々、音楽に支えられて生きているけれど、私はこの公園での夜をきっと一生忘れないだろうと本気で思う。コンサートホールで聴く音楽は格別だけれど、きっと日常に溶け込んだ音楽こそ最も尊くて素晴らしいものなのかも。世界のどこにいたって、口ずさめる歌と笑顔があればきっと大丈夫。


いつかまた、この世界のどこかで一緒に歌える日を楽しいにしているね。


***〈5〉に続く***

次はワナビー願望が止まらない男の話。

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