たくさんの「嬉しい」と「哀しい」

おはようございます、朝子です。

先週はボランティアコンサートの伴奏、今週は生徒さんのコンクール引率…と、忙しく充実している最近。結婚式という、人生のなかでも大きなイベントを終えてなお、なんだか仕事が佳境。
自分でも、燃え尽き症候群にならないか、既に先行きが心配。

潰れてしまったときのために、今のうちに、感じていることや、疲れた自分にかけたい励ましの言葉を書き連ねておくことにします。

プロフィール

28歳/仕事あり/既婚/子なし
ひとり好きの寂しがり屋·落ち込みやすい
元ダメンズウォーカー
3年交際した彼と2022年結婚

ここ数年の後悔と呪縛

わたしは自己肯定感が低いほうの人間です。
特にこの3年程は、悪い元彼とのことや、友達と喧嘩別れしたことを引きずって、自己嫌悪を抱えていました。私なんかはひっそりと生きてなくちゃいけないって呪縛を自分にかけていました。
幸いにもその頃から付き合った新しい彼(今の夫)は精神的に安定した人で、少しずつ自分らしさを取り戻した3年でした。昨年やっと、結婚が決まったことにも背中を押されて「心配と迷惑をかけたみんな、改めてごめん」「これからは自分らしくいます!」と、SNSで宣言しました。
本来、「SNSに書いたからみんな分かるっしょ?」というスタンスは好きじゃないけど、どうしても大勢の目に触れるかたちで「幸せになる覚悟」を決めたかったんですよね。
構ってほしいアピールはしなかった(はずだ)けど、人間関係諸々の事情を知らない人からも、知ってて寄り添ってくれた人からもリアクションやコメントをもらって、多くの人に宣言できたという実感は持てました。

喧嘩別れしたと思っている友人が何人かいるわけですが、そのうちのひとりに偶然再会しました。友人も結婚してたので「おめでとう」と言い合うことができたのも、ひとつ後悔から解かれたきっかけだと思います。

春先の別れ

そうして少しずつ荷物を降ろし、自分らしさを取り戻して、結婚式の準備も始まりました。
そんな矢先、哀しい別れもありました。
闘病していた祖父が亡くなったのです。
だけど、祖父母たちは病気のことも家族以外には言わず、亡くなったこともあまり口外したがらない人たちなので、私も友人などには言わずにいました。
夫が話を聞いてくれたのが救いでした。
それでも、ひとりになった祖母の健康や安全を思うと心配だったり、そんななか結婚式準備をするということで気持ちの整理がつかなかったりして、ぐちゃぐちゃした状態でした。
祖父は「もしものことがあっても、朝子の結婚式はそのままやりなさい」と母にずっと言ってくれていたそうで、決行したけれど、気持ちは追い付きませんでした。
最終的には自治体の「心の相談窓口」に電話して話を聞いてもらいました。
けれど、祖父の遺志を尊重して、友人などには弱音を吐かず結婚式を終えたそのことが、やりきったという思いや、祖父の気持ちに寄り添えた気につながって、今の自分を支えてくれている気がします。

どんな人も哀しみを抱えているかも

私自身がそうだったように、どんなに幸せそうに見える人も、それなりの哀しみや辛い出来事を経ているんだろうと、想像ではなく今なら手に取るように分かります。
羨んだり妬んだりする隙が無くなりました。
その気持ちをもって、全員に優しく親身に接することができるか?というと、それはまた別の話。自分に余裕がないと、助けてあげることはできませんから。
でも、ちょっとの想像力を働かせて、思い遣ることとか…
表面的な部分だけで決めつけてはいけないことを本当の意味で知ったり…
自分のなかで感情を昇華させる方法を知ったり…
もちろん、結婚式に大勢が駆けつけてくれた感謝をかみしめたり…
この半年の「嬉しい」と「哀しい」は私を成長させてくれました。

生きていればなんとかなる

今日は少し、ネガティブな側面から半年のことを振り返りました。
これから先も、何が起きるかもしれないけれど、今感じていることを忘れず進んでいこうと思えました。
逃げたくなるような出来事が完全に無くなったわけじゃないし、落ち込みやすい性格も変わりきったわけじゃないけど、生きてゆくんだという思いは強まったわけです。
同時に、「生きていればなんとかなる」と思いました。万人に効く言葉ではないことも、数年前に実感しています。
それでも、生きていればなんとかなるから、できれば「みんなにも生きていてほしいな」と思いながら今日も始めます。

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