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リモートワークが女性たちの「働く」を変え始めた。日本企業が変わるためのヒントがここに。【新刊ちょい読み】


ジェンダーギャップが解消するどころか、日本企業に根強く残るのはなぜか? メルカリ、NTTコミュニケーションズ、富士通、丸紅、キリン、城崎温泉の豊岡市など、グローバル企業を目指す中で、業界の中での生き残りをかけて、そしてコロナ禍でのリモートワーク普及の追い風を受けて――本気で変わり始めた日本型企業の奮闘と変化の過程を、元AERA編集長のジャーナリスト浜田敬子さんが、自身の体験を交えて豊富な取材で描き出す1冊です。
10月20日刊行の文春新書より、新刊の冒頭「はじめに」をお届けします。「新刊ちょい読み」が文春新書の新刊をどこよりも早く紹介する企画です。立ち読みする感覚で、ぜひお楽しみいただければ幸いです。


 その年のジェンダーギャップ指数の発表にソワソワするようになったのは、この3、4年のことだろうか。この指数はスイスに本部を置く非営利団体「世界経済フォーラム」が毎年発表される時期がバラバラなので、メディアでジェンダー問題やダイバーシティに関する取材をしている記者(その多くは女性記者という現実)の間で、「今年はいつ発表になるのか」、そして「今年の日本は何位なのか」が話題にのぼる機会が急速に増えている。
 2022年7月に発表された順位は116位(146カ国中)。2015年、日本の順位は先進国の中では最低水準だったもののまだ145カ国中101位だった。それが2011年に110位から121位に急落したあたりから、にわかにこの指数が注目を集め、大きなニュースになるようになった。
 女性活躍や多様性、D&I(Diversity&Inclusion)……この10年、様々な地位向上や働きやすさへの支援などが議論され、後押しされてはきたはずなのに、なぜ順位は後退し、日本の男女格差は縮まらないのか。
日本は失われた10年が20年になり、すでに30年と言われている。長きにわたる経済の低迷、経済成長の停滞状態を指してこう言われているが、この「失われた」という感覚こそ男性目線ではないかと感じている。

 私は1989年、男女雇用機会均等法が施行されて3年後に朝日新聞社に入社した。働き始めた当初は、今であれば完全にブラック企業と認定されるであろう新聞社の働き方に馴染めず、何度も脱落しそうになった。だが、その時期を過ぎると、今度はその働き方やヒエラルキーの強固な組織で働くことに馴染み過ぎて、自身が女性であるということすら忘れ、男性中心の組織に完全に同化した。弱音を吐いたり、セクハラを訴えたりすることは、「働く資格がない」とすら思っていた。
 私が女性の問題に関心を持つようになったのは、1999年にAERA編集部に異動になってからだ。すでに在籍していた1年上の女性の先輩記者たちが毎週毎週、女性が抱える生きづらさや働きづらさについての企画を提案し、記事にしていた。私は当初こんなことがニュースになるのかと冷めた目で見ていたが、これが多くの読者の共感を集め、AERAの売り上げも伸びていた。
その時に気づいたのだ。あまりにも自分が働いてきた環境や時代に鈍感で無関心ではなかったのか。女性の問題は「ニュースではない」という自身の感覚こそが、まさに男性のもので、入社10年で感受性も問題意識も摩耗した自身を恥じた。その後私は、退職していた大学時代の同級生などの元を訪ね、その言葉に耳を傾けるようになった。
 AERAに在籍した17年間、その後移籍したオンラインメディア「ビジネスインサイダージャパン」、そしてフリーランスになってからも、私は幅広い年代の多くの女性たちを取材し続けてきた。
 まだ「寿退社」という言葉が当たり前で結婚や出産が即退職を意味していた時代に辞めていった同世代。就職氷河期で女性の採用が一気に絞られ100社回って1社からも内定をもらえなかった女子学生。長時間労働の職場で働く夫の働き方を変えることができずワンオペ育児に疲れ果てていた女性。どれほど成果を出しても後輩男性に先を越されていく女性。夫の転勤で退職し、再就職をしようにも正社員としての就職先がなかった女性。退職後に離婚してシングルマザーになり、派遣社員で働きながら年齢が上がるほど条件を下げられギリギリの生活をしていた女性。退職後に離婚してシングルマザーになり、コロナで一気に経済的困窮状態に陥り途方に暮れる女性……。
 女性たちを取材していると、一体何が「失われた」のかと思う。もともと参加の機会も、再チャレンジの機会もなかったのだから。均等法や育児休業などの法制度ができても、「女性活躍」という耳障りのいい政策ができても、大きく状況が変化し、改善しているとはとても言えない。その結果が116位という体たらくで、今ではジェンダー後進国と言われるまでになったのだ。

 失ったとしたら、むしろ日本ではダイバーシティやジェンダー平等を積極的に推進しなかったことによる、成長の機会ではないか。いや、それは失ったというより、その価値に気づかず自ら放棄したのだと思う。今や多様な人材が活躍する企業こそイノベーションが生まれ、成長に繋がっていることは多くの研究や実績などでも明らかになっている。
 先進国が“成熟”という名の経済停滞状況になることは必然的な部分もあるが、他の先進国では、それを女性というこれまで眠っていた人材を活かすことで、成長の原動力に繋げてきた。日本がジェンダーギャップ指数でズルズル後退しているのは、日本の状況が悪くなったというより、一向に変わらない日本に比べて、他の国(欧米だけではなく、アジアやアフリカ諸国も)の変化、進化が加速度的に進んでいるからだ。
 海外ではダイナミックな変化が起きている時に、日本では何が起きていたのかと振り返れば、2017年にはジャーナリストの伊藤詩織さんがTBS記者から受けた性暴力を告発し、2018年には日本の官僚組織のトップである財務省の事務次官による女性記者への度重なるセクハラ発言が明らかになった。同じ年には複数の医学部で女子や浪人生を不利に扱うという不正入試が発覚。さらに2021年には森喜朗東京オリンピック組織委員会会長による女性蔑視発言、「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」が問題になった。
 いずれも「まさか今の時代にこんなことがまだまかり通っているとは」と思わせる事件だったが、一方でジェンダー後進国そのものを象徴する事件でもあった。
 これは一部の突出した人間や組織によるものなのだろうか。財務省事務次官によるセクハラ事件後に取材すると、今でも多くの女性記者やディレクターが取材先などからセクハラを受けている実態が明らかになった。医学部不正入試では、そもそも女性にとって働きにくい、特に子育てなどとの両立がしにくいという医師の労働環境の問題を棚上げにして、女性医師の数を増やしたくないという力学が働いていた。森発言に限らず、こうしたアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)に満ちた言動は、まだ世に溢れている。
こうした事件が起きるたびに絶望するのだが、それでも少しずつ変化は現れ始めている。
 森発言の後には若い世代の女性たちが声を上げ、多くの企業も森発言にNOを表明した。シンポジウムや会議のメンバーが男性だけの場合にはSNS上で非難の声も上がるようになった。ダイバーシティの本質を理解し、女性のキャリアを支援する企業も出始めている。地方の中小企業の中には存続できるかという危機感から、一歩踏み込んだ多様性を実践しているところもある。本書ではそうした企業の地道な取り組みを紹介している。
 そしてこのコロナという未曾有の事態は、これまでなかなか変わらなかった日本人の働き方、さらには企業と個人の関係性をも大きく変えつつある。
リモートワークという選択肢が浸透したことで、子育て介護中の女性たちが単に両立しながら働くだけでなく、キャリアを諦めずに済む事例が出始めている。何より変化しているのは、若い世代の意識だ。性別役割分業意識から解放されつつある世代では、男性も当たり前のように家事や育児を担いたいと願い、本当に豊かな人生とは何かを深く考えるようにもなっている。
 日本はジェンダーギャップ解消の緒にやっとついたばかりだ。ここからスピードを上げて変革を起こしていなかければ、さらにズルズルと後退してしまう。それは単なる経済やビジネスの成長の機会を失うというだけでなく、一人ひとりが仕事を含めた豊かな人生や生活を失うことにも繋がっていく。
企業が変われば社会も変わっていくと、私は信じている。それだけの原動力になる力が企業にはある。ぜひ先進的な取り組みを学び、進化していく企業が1社でも増え、そこから社会の変化が生まれることを願っている。


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