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「今後の遺伝子検査のあり方と生命倫理」東京医科歯科大学・前期2018年

(1)問題


 
次の文章を読み、後の設間に答えなさい。
 
①  近未来をリアルに描いた有名なSF映画に、『ガタカ』(Gattaca一九九七年作品、アン
ドリュー・ニコル監督、主な出演はイーサン・ホーク、ジュード・ロゥ)があります。

②  舞台は「健康で優れた遺伝子」を選んで人工生殖することが当たり前となり、自然生殖がもはや野蛮なものとみなされて、個人の遺伝情報が日常的にチェックされ管理されるようになった社会。そこであえて親の意思により遺伝学者ではなく神の手に任せて「愛の結晶」として生まれた主人公には、案の定さまざまな遺伝的欠点があり、次に「適正な生殖」で生まれた弟との差をいつも身に泌みながら成長します。しかし彼にはある野望があり、努力に努力を重ね、違法なことをしてまでもその志を成し遂げようとします。その過程で、遺伝的には完全と目せられながら、その期待を実現できなかった失意の男と出会い、ふたりの人生が交錯します。ネタバレさせては興ざめですので、彼らのどんな人生がどのように描かれたのか、くわしいことは書きませんが、いやがうえにも遺伝子が人生にどのような意味をもたらすのかについて深く考えさせられる名作です。

③  印象的なシーンだけ紹介しましよう。まず主人公の出産の場面です。赤ちゃんの足から一滴の血液が採取され、その場ですぐに遺伝子検査が行われます。両親が聞き耳を立てるなか、コンピュータが自動的に打ち出した検査結果を看護婦が淡々と読み上げていきます。「精神疾患の発生率60%、躁うつ病42%、ADHD89%、心臓疾患……」(ここで初めて看護婦は少しハッとした表情をして)「99%……。早死にの可能性あり。推定寿命は30.2歳」。

④  ヴィンセントと名付けられたこの子どもを、両親は愛情深く育てます。しかしすでにいろいろな健康上の問題や差別を味わわされ、次の子の「生殖」にあたってはその時代の「自然な」仕方を、もはや当然のこととして受け入れます。その場面もこの映画は上手に描いています。なイメージの清潔な医務室の中で、コンピュータスクリーンに映し出された4つの受精卵を前に、誠実で慈愛深そうな黒人の医師が、両親と話をします。
 
⑤  医師 健康な男子と女子が二人ずつ残っています。遺伝性疾患の要因はなし。あとは選ぶだけです。まずは性別から……。ご希望は?

⑥  母親 弟を作りたいんです。ヴィンセントの遊び相手に……。

⑦  医師 いいですね。(脇で無邪気に遊ぶヴィンセントに向かって親しげに)やあ、ヴィンセント。

⑧  ヴィンセント (無邪気な笑顔で、しかし弱々しく)ハーイ。

⑨  医師 (問診票をみながら)ご希望は……、薄茶色の目と黒髪と、白い肌……ですね。(にこやかな笑顔で)有害な要素は排除しました。若禿、近眼、酒その他の依存症、暴力性、肥満……。

⑩  母親 (やや困惑の表情で父親と目くばせしながら)もちろん病気は困りますが……。

⑪  父親 (母親の言葉を引き継ぐように)ある程度、運命に任せるべきでは?

⑫  医師 (やさしく説き伏せるように)お子さんに幸せなスタートをさせてあげたいのでしよう? すでになんらかの不完全さも持ちあわせているはずです(ここで画面は一瞬ヴィンセントの方に視線を向ける母親を映し出す)。ハンデは無用です。お二人の子どもです、しかも最高の。何千人に一人の傑作です。
 
⑬  これは荒唐無稽な絵空事ではありません。遺伝子検査は、すでに断片的な形ではありますがビジネスの形で日常の中に入ってきました。アメリカでは23アンドミー、ナビジェネシス、デコードといった会社がたくさんの形質について遺伝子検査を行っています。

(中略)

⑭  日本でもインターネット上に、肥満や美容のための遺伝子検査を謳う会社がサービスを開始しています。二〇一〇年には、あとで詳しくお話しするように、能力や性格の遺伝子検査を行う会社までも参入してきました。『ガタカ』の世界は、確実にすぐそこまで迫っています。

⑮  こんにち地球上のほとんどの生物は、親から子どもに遺伝子を受け渡される際に、両親それぞれがもつ二つ一組になった遺伝子(対立遺伝子)のうち、ババ抜きのように、そのどちらか一方の遺伝子をそれぞれ受け継ぎます。こうして父親からと母親からの半分ずつの遺伝子が組み合わさって、新しい組み合わせの遺伝子型が一セット形作られる。そのセットが子どもの遺伝的個性を作り上げるわけです。

⑯  このとき、親の持つ対立遺伝子のどちらが伝わるかは、まったくの偶然、ヴィンセントの父親のいうように「運命の手」によります。もともと地球上の生物は、自分の遺伝子をみることも触ることも、ましてや選ぶこともできませんでした。ところが人間はそれを「できる」ようにする知識と技術を手にしようとしています。これはどのようにして可能になるのでしょうか。

⑰  なにごともまず、それを「知る」ことから始まります。それが「研究のレベル」です。そもそも知能や性格や精神疾患は遺伝するのか、それを確かめなければ話は始まりません。それをしているのがふたご研究です。

⑱  それによって遺伝子が関わっていることがわかると、つぎにするのは遺伝子の所在をつきとめることです。ここからは分子生物学の世界に入ります。(安藤寿康著『遺伝子の不都合な真実』二〇一二年より)*現在は「看護師」の名称であるが、原文のまま表記した。

設問1 傍線部分の『ガタカ』の世界とは、どのようなものか、説明しなさい(六〇字以内)

設問2 文中で印象的なシーンとして紹介されている場面を参考に、今後の遺伝子検査のあり方に関して、あなたの考えを論じなさい(五〇〇字以内)。


(2)解答例



「今後の遺伝子検査のあり方と生命倫理」東京医科歯科大学・前期2018年 解答例
 
設問1 
生まれた子どもの疾患の発症確率から推定寿命に至るまでの遺伝子検査が受けられ、生殖医療で子どもの属性を取捨選択できる世界。(60字)
 
設問2 
胎児の段階で遺伝病や障害を持って生まれてくることがわかると人工妊娠中絶を選択するケースが増えると予想される。またデザイナーベイビーが一般化すると、望ましい生とそうでない生とを選別することになり、こうした考え方は優生思想につながる危険がある。
 このような問題を踏まえて、今後の遺伝子検査のあり方を考えると、以下の3点が指摘される。第一に子どもの遺伝子検査は保護者や生まれてくる両親の任意とする。あくまでも依頼者の自己決定権を尊重しなくてはならない。第二にインフォームドコンセントを徹底する。出産後に起こりうる依頼者が望まない事態に備えて、クライアントに十分な説明を行い、同意を得ることが求められる。第三に遺伝子情報は基本的に国や第三者の手に渡らならないよう法整備を進める。遺伝子検査が子どもに対する差別を助長することになってはならない。
 以上のように、遺伝子検査はクライアントや子どもの人権を十分に配慮したうえで、公正なルールの下に運用されるべきである。あらゆる医療行為は厳格な倫理基準を設けてこれを厳守したうえで成されるものであり、遺伝子検査も例外ではない。(492字)

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