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「単身世帯とこれからの日本の高齢者介護」東京医科歯科大医学部保健学科看護学2020年

(1)問題


問題I次のAとBの二つの文章を読み,後の設問に答えなさい。
 
A

①  国立社会保障・人口問題研究所が二〇一二年一月に公表した「日本の将来推計人口」によると,現在約一億二千万人といわれる日本の人口は,今後長期にわたる人口減少状態が続き,2048年には一億人を割りこむまで減少すると推計されている。その一方で,人口減少と反比例して増え続けるのが「単身世帯数」である。
 

増え続ける単身世帯率

①  全世帯に占める単身世帯率は、2010年で32.4%となっており,2035年には37.2%まで拡大すると予想されている。日本では,戦後から2000年ごろまで「夫婦と子」からなる世帯が標準といわれ、つねに3~4割を占めていたが,すでに単身世帯に数では逆転されている。

②  もはや,単身世帯こそがマジョリティとなりつつあるのである。増え続ける単身世帯の要因としては,配偶者との死別に伴う高齢単身世帯の増加も挙げられるが,晩婚化・未婚化の影響も大きい。単身世帯比率が増加しているのは,なにも日本に限ったことではない。全世界的に同じ現象が起きており,しかもそれが急激に伸びている。
 
単身世帯比率の高い国

出典:2010年までは総務省統計局「国勢調査」による実績値。2015年以降は。日立社会保障人口問題研究所『日本の世帯数の将来推計』(2114年4月推計)より

 
③  調査会社ユーロモニター・インターナショナルによると,世界全体の単身者世帯数は,1996年の1億5300万世帯から2011年の2億7700万世帯に急増している。この15年間で80%も増えているということになる。

④ 国別に見ると,単身世帯比率が高い国は,ドイツやノルウェーの40%を筆頭に,デンマーク,オランダ,オーストリアなどの欧州諸国が多い。日本はアメリカとほぼ同等だが,イギリス,台湾,カナダ,韓国よりも高い。

⑤  率ではなく実数ベースで見ると,単身世帯数が最も多いのは,実は中国である。単身世帯比率としては15%だが,総人口が多いため,単身世帯数は約5800万世帯に達する。

⑥ 次いで,アメリカ(約3200万世帯),日本(約1600万世帯),ロシア(約1100万世帯)と続く(出典:総務省統計局「世界の統計2015」)。この四か国だけで,1億2千万もの単身世帯数となり,世界の単身世帯の約4割を占めているということになる。

⑦  単身世帯率を高める要因のひとつとしては,晩婚・未婚があげられる。国立社会保障・人口問題研究所が発表している日本の生涯未婚率によれば,男性の生涯未婚率は1990年の5.6%から2010年には20.1%まで急増している。5人に1人の男性は,生涯未婚で終わるということになる。
 
日本の生涯未婚率の推移

出典:生涯未婚率・国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)(2013年1月推計)」より。

 
⑧ この傾向は今後も続き,2025年には男性の生涯未婚率は30%近くまで上昇すると予想されている。3人に1人が生涯未婚で終わる時代がくるということである。女性の生涯未婚率も2005年ごろから急上昇しはじめ,2035年には20%近くまで達する見込みだ。

⑨ちなみに,生涯未婚率というのは,「45~49歳」と「50~54歳」の未婚率の平均値から,「50歳時」の未婚率(結婚したことがない人の割合)を算出したものであって,生涯を通して未婚である人の割合を示すものではない。ただ,50歳で未婚の人は,将来的にも結婚する予定がないと判断されているということである。男性の生涯未婚率が急上昇したのは,1990年から95年の間である。90年に5.6%だった

⑩  男性の生涯未婚率が,95年には,16倍の9.0%に急上昇した。この時期に何があったかといえば,バブル崩壊である。

⑪ そして,バブル崩壊とともに見直しが図られたのが,日本企業特有の年功序列制度から成果主義への転換である。

⑫年功序列制度とは,勤続年数および年齢に応じて役職や賃金を上昇させる人事制度または慣習を指す。年功序列制度の是非についてはここでは触れないが,年齢と勤続年数に従って地位と給料が上がる時代は,ある意味わかりやすかった。何歳になれば課長になって,給料はどれくらいという確約された将来が見えていたからだ。

⑬年功序列崩壊後の成果主義による報酬体系は,業績を上げた者にはよかったかもしれないが,そうでない者は何年経っても給料が上がらない,下手をすれば前年より下がってしまうという事態も招いた。未来が見えなくなってしまったのだ。先行き不透明な状態で結婚して所帯を持つことはできない,そんな不安感があったことも独身が増えた要因のひとつではないか。さらに,離婚率を見てみると,1970年にはわずか9%程度だったが、2005年ごろからほぼ35%前後で安定して推移していることがわかる。結婚しても三組に一組は離婚する計併である。
 
日本の離婚件数(率)の推計

出典 厚生労働省「人口動態統計」より。
※離婚率は、同一年の「婚姻件数÷離婚件数」にて計算。
(荒川和久『結婚しない男たち増え続ける未婚男性「ソロ男」のリアル』2015年より


B

①  私達は,言葉を使って相手とコミュニケーションをする。だが,言葉が気持ちを表現していない場合もある。

②  人の心は摩訶不思議。歌謡曲で「いやよ,いやよもすきのうち」と歌われるように,言葉とはうらはらの気持ちを持っていることは多いものだ。女心と秋の空。はたまた男心も負けずと移ろいやすい。いずれにしても相手の心を読み取るのは,そう簡単ではないことは確かである。

③  ひとり暮らしの親の遠くに住む子どもは老いゆくその先が何かと気掛かりだ。とは言え,生活基盤が固まった場所を離れる訳にはいかない。だからこそ,週末なんとか都合をつけて親の所へ通う。日を追うごとに,親の老いが進んでいることがわかる。「一緒に暮らそう」という言葉を飲み込んで,「このままもう少し」と自分に言い聞かせて親元を離れる。

④  仕事に時間を取られて,帰郷は久しぶり。以前より動きが鈍くなった親の様子に驚く。顔の色つやも良くない。そこで子どもは,思い切って「一緒に暮らそう」と切り出す。が、親のほうは「ここがいい。友達も沢山いるから」と好意をはねのける。子どものほうは心配ながらも,その言葉にほっとする。親にとって,ここにいるのが幸せなのだと思うことで,自分を無理やり納得させる。

⑤  今,このように揺れ動いている家族は多いのではないだろうか。

⑥  どこでどう決断すれば,お互いにとっていい状態になるのか。

⑦  我が家の場合もこれと似た状態だった。きままなひとり暮らしの義母だった。

⑧  が,突然,同居と介護が同時に始まった。そのきっかけは,夫の兄弟からの連絡だった。

「お袋が動かなくなった」

⑨  様子を見に行った私は,一目見て,ひとりでは生活はできないとその場で判断。その日のうちに家に連れてきたのだ。

⑩  義母もしきりに言っていた。「ここがいい。友達もいるから」と。だから,我が家に来ても,二,三日で帰るつもりでいたようだ。

⑪  久しく入浴していないために義母の体全体が汚れていた。それでも,入浴を拒んだ。

⑫  そこで私は「おばあちゃん,お風呂って,自分のために入るのではないのよ。年を取るといつ病気になるかわからないの。そうなるとお医者さまに診てもらうことになる。垢だらけの体ではお医者さま,気の毒でしょ。だからお風呂に入るの」。

⑬  私のこの言葉に,義母はどう納得したのか「わかった」と言って,風呂場に足を向けたのだ。

⑭  湯船に日の差す昼風呂。背中を洗う。すると,突然,義母が私に言ったのだ。「あんたは,私を閻魔(えんま)さまのところから救い出してくれた」。義母にとつての閻魔さまとは,心細いひとり暮らしのことだったのである。

⑮  この経験から,「ここがいい,ここが好きだ。友達がいるから」の言葉の裏には,子ども達に迷惑をかけたくないという親の心と同時に「助けて」という気持ちもあるということを知ったのである。

⑯  時には,親の言葉に動じず,子ども側の判断も必要だ。老いは甘くはない。戸締り,火の始末が危うくなったら,問題は大きくなる。

⑰  先ずは,とりあえずの同居から始め,その後の対処は改めて考える。今、一番何が大事か。その優先順位を考え,それを行動に移す。動けば,方法はいろいろ見つかるものだ。

⑱  介護というと大変さだけが強調されるが,工夫次第で,新たな絆も生まれる。

  自分の子どもに祖父母の老いを見せることは,やがてくる自分の老いを理解させることにもなる。表面的な思いやりとしっかり相手を意識しての思いやりとでは,意味が違う。本物の思いやりを示すのは命懸けでもあるのだ。

⑳  私は,義母が同居時,子ども達に,「おばあちゃんにやさしくしなさい」とは一言も言わなかった。やさしさの第一歩は疎ましさだ。「ああ,嫌だなあ」という気持ちから始まって,やがてそれが当たり前にならなかったら一緒になど住めない。介護する人,される人。さらには,共に生活する家族ひとりひとりの潔さが要求されるのが介護なのである。

21  介護の現場では常に誤解が渦巻いている。言った,言わない,言われた,言われない。理解などという領域は霞のようで,相手をわかったように思っても,すぐに,誤解の海に投げ出される。言葉に傷つき,言葉に踊らされ,疲れ果てていく。

22  でも,一日は始まる。昨日のことを忘れて今日を生きる。私は夜寝る時「さあ,寝るか」ではなく「さあ,死ぬか」と言って床についていた。そして次の日,生まれ変わった自分になる。介護される側の義母も生まれ変わったと思い,今日一日を何とか元気に過ごそうと考えたのだ。私の命は今日限り。そう思うことで,誤解や不条理さを毎日,消し潰したのだ。

23  心は揺れる。自分の心も,相手の心も。だが,傷つくことで強くもなれる。分かり合えることも増える。もしかして,言葉のない世界にこそ,真実が多くあるのかもしれない。言葉の裏を読まなくてもいい世界。それを手に入れるには,誤解を重ねながらでも向き合うことを諦めず,小さな信頼を日々積み重ねていく以外に方法はないだろう。

(羽成幸子『男も出番! 介護が変わる』2012年より)

 

設問1 日本の世帯構造にはどのような傾向がみられるかを記述しなさい。また,そのような傾向が認められる要因について考察し,論じなさい(400字以内)。

設問2 AとBの二つの文章を踏まえながら,これから日本の高齢者介護に求められることを,理由を含めて論じなさい(500字以内)。

 (2)考え方


設問1 

グラフの読み取りをする。

読み取った事柄は箇条書きでメモする。

●増え続ける単身世帯率

・単身世帯数が増加し、単身世帯率は1980年の19.8%から2035年の37.2%と約2倍に増えることが予測されている。

・ひとり親と子供からなる世帯が増加している。

・夫婦のみの世帯も20%前後あり、比較的多い。

●単身世帯比率の高い国

先進国でも単身世帯比率が上昇していて、日本は8位である。

●日本の生涯未婚率の推移

・1985年にかけて日本の生涯未婚率は急激に上昇を続け、1935年にかけて今後も上昇すると予測される。

・生涯未婚率の推移は男性の方が女性より高く、2035年にはその差が約20ポイント開くと予測される。

●日本の離婚件数(率)の推計
・1970年以降離婚件数(率)は増加・上昇し、2000年以降には離婚率は33%を超えて高止まりを続け、夫婦の約3組に1組が離婚している。

設問2

高齢者の単身世帯の増加から、在宅介護について考察したことを述べる。


(3)解答例


設問1

 日本の世帯構造の傾向として、ひとり親と子供からなる世帯が増加しているのに加え、単身世帯数が増加し、単身世帯率は1 9 8 0年の1 9 . 8%から2 0 3 5年の3 7 . 2%と約2倍に増えることが予測されている。先進国でも日本の単身世帯比率が先進国でも高い。

 単身世帯数が増えている要因として、近年年日本の生涯未婚率は急上昇していることが挙げられる。さらに近年、日本の離婚件数は増加し、2 0 0 0年以降には高止まりを続け、夫婦の約3組に1組が離婚している状況も要因として指摘できる。また、ひとり親と子供からなる世帯も単身世帯の増加の背景と考えられる。この世帯では、子供が独立して家を出ると、すぐに単身世帯となる。最後にて高齢化の進展が挙げられる。未婚や離婚に加え、高齢者の夫婦のみの世帯で、どちらかが亡くなると、たちまち単身世帯となる。このような高齢者の一人暮らしが増えていることが単身世帯数増加の最大の要因と考える。(396字)

 

設問2 

 高齢者の一人暮らしが増えている。なかには病気や障害を持っておられる方も多くいる。これからは高齢者単身世帯の在宅介護が増えてくると予測される。在宅介護で重要と思われることを以下に考える。

 一人暮らしの高齢者は依存と自立の矛盾する気持ちが同居している。在宅介護では、このような高齢者の両方の気持ちに寄り添うことが求められる。他人の介護や介助を恥ずかしい、情けないと思う高齢者の方もおられる。しかし心身が自由にならないことで人に頼るのは本人の責任ではない。老いを迎えれば多くの人が辿る道である。体の自由が利かない高齢者が他者に依存することは当然の権利である。介護者はこうした考えを言葉や態度で示すことで、被介護者の安心感を引き出す。一方で高齢者の自立心や自尊心を損なうことがあってはならない。軽度の障害では、自分のことはなるべく自分でこなすことがリハビリにつながり自尊感情の維持にも重要となる。

 このような依存と自立の線引きは介護の現場で最も難しい問題である。この困難な課題を解決するには、何より介護者と高齢者との円滑なコミュニケーションを図り信頼関係を構築することをもって他にない。(494字)

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