humorist #10

3月のユーモリストです。

時々、私たちは考え過ぎてしまうような気がするのです。
挑戦に理由なんかなくてもいい気がします。
好きに理由なんかなくてもいい気がします。
原始的とも思える、
「やりたいからやる」「好きに理由はない」という言葉に救われたり、そんな動機で物事を推し進めてもいい時もあったりするんじゃないかなと思ったりもします。いつもそればかりではあまりにも現代を生きる我々としては良くないような気もしますが...。

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「あなたの「幸せ」に「形」や「名前」は必要かしら?」

例えば、誰かを愛するとき、「お金を持っているから」「格好いいから」という具体的な理由が1000個挙げられるときと、「もう本当に、ただなんとなく、大好き」と、1つも具体的な理由もなく愛しているとき、どちらが幸せでしょうか?
文明社会で育った私たちは、「客観的な理由」で説明できることの重要性を幼い頃から教えられます。しかし、本当の「幸福感」や、人が生きるのにすがる「希望」は本来理由も何もないものなのです。

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昨年、偶然 ユキさんという方のブログを読んで思わず
自分の手帳に書き込んだ言葉です。
とても心に響いた言葉でした。

引用:むぎのタロット
タロット意味:17 星(逆位置)http://vinyl.ciao.jp/17-star-r


ブログで書かれている、

「あなたの「幸せ」に「形」や「名前」は必要かしら?」

という問いと

「やりたいこと・好きなことを行い幸福を得ることに真の理由はあるのか?」

「好きというパワーを元に動き、喜びを得ることに理由はあるのか?」

という問いの、根っこの部分は同じなのではないかと私は思うのです。



Bun Suzuki

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