見出し画像

求めるのは“密”か? 令和に“スナ女”急増の背景を探る | オンライン戦略と求められる普遍の価値 

2023年9月の3連休、大阪駅直結の商業ビル「ルクア大阪」で開催された「仮想スナック体験イベント」に20~30代の女性が詰めかけた。
カウンター越しに着物姿のママに水割りをオーダーし、マニュアル片手に常連とぎこちなく会話。カラオケにも挑戦する……。45分入れ替え制、150枚のチケットはすぐに売り切れた。
今、“スナ女”(スナックに通う女性)が急増している。きっかけは、新型コロナ蔓延で危機を迎えたスナック支援のために誕生したオンラインスナックだ。バーチャルでスナックを体験して魅力を知り、リアルでも出向く女性が増えているのだ。
だが、スナックと言えばこれまでは男性客が多かった場所。令和の今、なぜ彼女たちはスナックを選ぶのだろうか。(取材:2023年10月)

コロナ禍に60万円売り上げたママも

“スナ女”急増を語るうえで、オンラインスナックの存在は外せない。オンラインスナックとはビデオ通話でママとつながり、スナックに訪れたように会話ができるサービスだ。基本はマンツーマンで話ができて、料金は1時間2,000~3,000円のチケット制。別料金を払えばママに酒や花を贈ったり、時間延長もできる。

「一時期流行った“オンライン飲み”とは全く違います。相手は接客のプロ。楽しくて、みなさん1時間はあっという間だとおっしゃいます」。そう話すのは、オンラインスナックの考案者である五十嵐真由子さんだ。その言葉を裏付けるように、1~2時間の延長が入ることが多く、リピーター率は53%に及ぶ。

五十嵐さんは、趣味で600軒以上のスナックを訪れた元祖“スナ女”で、スナックの普及活動にも取り組む女性だ。一方で、ストーリーブランディングを得意とするPRプランナーでもある。過去には、楽天トラベルでPR組織を立ち上げた経験を持っており、その業務で地方を飛び回るうちに、スナックに魅了されたのだ。

2020年5月、そんな彼女の元に、緊急事態宣言で休業を余儀なくされたママから「このままでは倒産する」とSOSが入った。そこでオープンしたのが、オンラインで好みのスナックを選んで入店できるWEBメディア『オンラインスナック横丁』(以下、横丁)である。

スタート時の登録店舗は8軒だったが、全国、海外からも参画があり、現在は90店舗が軒を連ねる。開店日は店によって異なり、客は営業カレンダーを確認して予約するか、営業ランプが付いている店に飛び込みもできる。売上もまちまちだが、コロナ禍には、月に60万円売り上げたママもいるという。サイト側は、売上の数%を手数料として徴収するのみ。実店舗の売上が無かった当時は、救いの神だったに違いない。

スナックを知らないZ世代が常連に

横丁のサイトを見ると、各店に合計1,500もの利用者レビューが付いており、そのほとんどは、「ママに感謝している」「話を聞いてくれてありがとう」といったポジティブな内容だ。しかも、利用者の半分は女性、6割はスナック初心者だというから驚く。

「初めて訪れる時は、『実際のスナックの扉を開けるのは怖いけれど、オンラインだったら』という方が、友達と参加する形が多いですね」と五十嵐さん。通常、スナックの価格設定や雰囲気は常連以外に見えにくいが、オンラインスナックは明朗会計で、ママの人柄や趣味まで解説されているのもポイントだ。

リピーターには、スナックの存在さえ知らなかったZ世代も多い。五十嵐さんは彼女たちから、「学生時代はコロナ禍で友達と飲みにいく機会がほぼなかった。そのまま社会人になり、会社でも同僚との飲み会はほとんどないし、あっても面倒。だったら、初対面でも親身に話を聞いてくれるオンラインスナックにいくほうが気が楽だ」という声を聞いている。

奄美大島からオンラインスナックを出店する『スナックティファニー』の美和ママは彼女たちについて、「休日はあまり外に出ず、オンラインで出かけるほうが気軽だとよく言っています。第三者の私だからか、恋愛相談や仕事の悩みを話される方が多いですね」と微笑む。“タイパ”がよく、傷つかない距離感。マッチングアプリで恋人を探す感覚と、どこか近いのかもしれない。

30~40代女性の利用も多く、朝や昼間に開いている店もあるため、子育て中のママや夜勤明けの看護師が利用することもある。これもオンラインならではだ。

画面を飛び出して奄美大島まで

そんな “スナ女”たちのリアル店舗への流入は、新型コロナが5類に引き下げられた昨年5月から徐々に始まった。オンラインで出会ったスナックに足を運ぶ常連が現れたのだ。前述の美和ママに会いに、東京や大阪から何度も奄美大島に訪れる猛者もいる。

一方、横丁で「興味があるけど入れなかった」というニーズを聞いていた五十嵐さんは今年4月、初心者向けに「スナック入門ツアー」をスタートした。週に2~3回開催しており、参加者はZ世代を中心に増加中だ。ツアーでは、信頼を置く新橋のスナック2軒にガイドが付き添い、入店前に「店主をママと呼ぶ」「ボトルキープの方法」など独自のルールをレクチャー。
ママや常連との橋渡し役も担ってくれるので安心このうえなく、盛り上がって常連になる人もいるそうだ。

加えて、昨今の昭和レトロブームが追い風になり、スナックの経営側に参入するZ世代も登場している。彼女たちは、「知り合い限定の店」「日替わりでママになる店」など、各々にユニークな運営をしており、「ネオスナック」「ニュースナック」などと呼ばれている。

ママと常連が繰り広げる一夜限りの戯曲

だが改めて、コロナ禍が明け他の飲食店や娯楽も選べる今、なぜ女性はスナックへと足を運ぶのか。五十嵐さんにスナックの魅力を問うと、
「一軒一軒で全く予期せぬことが起こるエンターテインメント性だと思います。『方言が強いママの通訳を常連さんが見事にこなす』とか、『説教するママに常連さんがこっぴどく叱られる』など、一夜限りのお芝居が繰り広げられる劇場なんです。私は扉を開くたび、そんな人間模様が見られるのが面白くて通っています」との答えが帰ってきた。

他方、多い時で月2回スナックに通う神奈川県のT.Tさんは、
「ママの振る舞いや人柄が一人の女性として尊敬できて、お手本にしたいから通っています。みなさん“give”の精神が強くて、心を込めて握ったおにぎりでもてなしてくれるママもいます。私を含め、一人ひとりを大切に扱ってくれるので、気持ちよく過ごせるんです」と語る。

またT.Tさんには、「他の客とのコミュニケーションを楽しむ」目的で通うスナックもある。「その店では、知らない業界、知らない職種の方との出会いが必ずあり、話を聞いたり、一緒にカラオケを歌うのが楽しく刺激になっています」と話した。

筆者は約20年前に北新地のスナックでアルバイトをした経験があるが、話を聞いて、スナック自体の魅力、そして人々がスナックを求める理由は大きく変わっていないと感じた。ただ、新型コロナの蔓延までは、“ブラックボックス”になりがちなスナックと“スナ女”をつなぐ存在が稀だったのではないか。その役割を果たしたのは、五十嵐さんにほかならない。

スナックは“隠れた宝石”

もうひとつ、取材を通して知ったスナックの新たな顧客がいる。インバウンドだ。実は、2022年10月頃から横丁への海外からのアクセスが増加しており、「来日時にスナックに行ってみたい」という問い合わせも複数あったそうだ。

そこで五十嵐さんは2022年12月、「スナック入門ツアー」とほぼ同様の内容を英語でガイドする「外国人向けスナックツアー」をスタート。アメリカ、オーストラリア、ドバイ、インドなど各国から参加者が集まっている。レトロな内装や密なコミュニケーション、ママの手料理、カラオケなどが喜ばれており、スタート時期と比べると、参加者は3倍に成長。「穴場スポット」を意味する「hidden gems(隠れた宝石)」と評されることもあるそうだ。

ゲストはほとんどがInstagramで興味を持って申し込みをするそうで、実際、約5,000人のフォロワーの大半が外国人だ。ゲストには富裕層が多く、ツアー参加が来日目的のひとつだが、滞在期間は数週間と長い。だから、東京でスナックツアーに参加後に様々な場所を旅し、別の地域でスナックを再体験する人も少なくないという。

かつてバブル期には10万軒以上あったスナック。しかし、リーマン・ショックやママの高齢化で徐々に衰退、新型コロナ蔓延の打撃で6万軒に激減した。“スナ女”とインバウンドによる巻き返しは数値としてはまだ見えないが、ひと筋の朝日が差し込んだのは間違いないだろう。

【取材協力】
スナ女友の会/五十嵐 真由子(いがらし まゆこ)

国立音楽大学卒。CM音楽制作会社で数多くのCMソングを手掛けたのち、楽天に入社。「楽天トラベル」にてPR組織をゼロから立ち上げる。
イベント企画や、データ分析を生かしたプロモーションにより、多くの取材獲得成功。二〇一五年独立、Make.合同会社 の代表として多くの企業や、人、街の発信力を強化する。新しいストーリーブランディング手法を提案・提供している。
プライベートでは全国のスナックを巡り歩く女として、連載記事執筆やテレビ、ラジオ などメディアを通したスナック普及活動に取り組んでいる 。


この記事が参加している募集

一度は行きたいあの場所

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?